4話
ザワッ。
私を囲うようにしてふくれ上がった殺気に、目を開けると、白く照らされていたはずの草木は、オレンジに染まっていた。
生身でとびおりれば、骨折間違いなしの地面を見下ろし、私はハッと息をのんだ。
「危険です! 上級の中でもAランクに入る、イートウィップをこんなにたくさん相手にするなんて、いくら剣帝でも死にますよ!」
「だったらなんだ! あの子を見捨てろっていうのか!?」
「そうではないですけど⋯⋯でも⋯⋯!」
「あんな子どもが、魔の森にいるわけがないんだ。きっと迷いこんだんだろう。人を助けられなくて、何が剣帝だ!」
「無茶ですって!」
人間だ。
師匠と師匠の弟子以外なんて、初めて見た⋯⋯!
燃えるような赤髪に気の強そうな灰色の瞳。
スラリと背の高い青年は、両側が刃になっている長い剣を持っている。
彼の裾を引っぱって、必死で止めようとしている女性の手には、等身大の太い杖が握られている。
透けるような新緑色の長い髪を、ハーフアップにまとめ、色素の薄い青色の瞳は、おびえているようにも見えた。
剣帝⋯⋯って、たしか剣士の中で二番目に高い位だって言ってたような⋯⋯?
というか、見捨てる? 助ける?
まるで私がピンチみたいな言い方⋯⋯ああ、このツタのせいか。
さっき地面にはっていたツタが、グルグルと巻きつきあって、人間の胴くらいの太さになってる。
それが、私の足元くらいまで頭をもたげて殺気を向けてるんだから、私が襲われてるって思われても自然な流れ⋯⋯かな?
魔の森だし、余計に?
たぶん、私が目を覚ましたのは、ツタの殺気だ。
とはいえ、何があったのか、私には向けられていない。
あの人たちに向けられていて、信じられないけど、私を守っているみたいだ。
「中級僧侶だろ!? だったら俺が死ぬ前に回復魔法をかけるのも、造作ないはずだ」
「でも、絶対はないです。最初から無理だって分かってるんですから、手を引くべきです!」
「だからって⋯⋯! あ、気がついたみたいだ。おーい! 今助けてやるからなぁ! 頑張ってくれよぉ!」
「ちょっと⋯⋯! もうっ、死んだら呪います」
「僧侶が一番言わない言葉だろ。でもな、任せろ! 俺は、サシャより先には死なないからな!」
ニッと爽やかな笑みを向けられ、僧侶はボッと顔を赤くしてうつむく。
⋯⋯なんだ、そーいうカンケーか。
これは、大丈夫だって伝えるべきか、空気を読む能力が試されるなぁ。
私は彼らを生あたたかく見つめ、そっとため息をついた。
結論――ツタになんとかひいてもらおう。
聞いてる感じだと、剣士と僧侶よりもだいぶ強いみたいだし。
私を助けてくれようとしてる人に、思い違いで傷ついてほしくない。
ツタにも、だ。
理由は分からないにせよ、私を守ってくれようとしてる。
つまり、どっちかが戦闘不能になるまで、絶対に終わらないわけだ。
ほぼ同じ思いだろうに。
だから剣士さん。その、決死の覚悟みたいな顔、やめてください。
「アインスさん。何か困ってるの?」
フワフワとした幼い声に、ハッと顔を横に向けると、片手サイズの小さな男の子が座っていた。
濃い緑色の髪は短く切りそろえられ、大きなまんまるの瞳は、金色にうるんでいる。
フードつきのローブをまとった小柄な背中には、透明なとがった羽があった。
「僕はルア。妖精だよ。アインスは何を困ってるの?」
「妖精⋯⋯って、今じゃほとんどいないって⋯⋯」