2話
質素な木の扉をバンッと開けてとび出し、後ろ手で閉める。
フゥと一息ついて前を見やり、ゲェッと顔をしかめた。
背の低い木々が家を囲うように奥まで続き、根本には、通った者をからめとって捕食するツタが、びっしりとはっている。
訓練場のスペースには、円状に柔らかい芝生が広がっていて、周囲の木々と同じ高さくらいの空には、シャボン玉みたいな膜が張ってある。
その真ん中で、一人の少年が、剣を構えて目を閉じている。
淡い、溶けそうな金色の髪が、そよ風に揺れた。
彼はスッと滑らかに上半身を傾け、横なぎに振った。
流れるような動きで身体をひねり、上から斬りつける。
その反動を利用して後ろにとぶと、再び何もない空間に剣を振る。
まるで、相手がいるような動きだ。
しかも、一つ一つの動作に無駄がなく、軽やかに舞を舞っているようにも見える。
悔しいけど、実力の差は歴然だ。
私は一度だって、彼に勝ったことがない。
しばらく彼の剣を見ていると、ふいにギクリと身体をこわばらせ、大きく弧を描いてバク転した。
トッと身軽に着地した彼は、剣を鞘にさし、ゆっくりと目を開けた。
「⋯⋯アインス」
「何」
「こっちのセリフだ。なんでお前がここにいる」
「魔法の練習だけど」
「だったら、俺が剣を振ってても、やってればいいだろ。そこにいる理由は?」
「別に。私が訓練場で休んでたらいけないの?」
「休んでるって、お前⋯⋯。疲れることしてないだろ、怠け者」
「ハァ? 怠けてなんかないし。朝からこんな時間まで訓練って、レイドは優等生だよね」
「だから?」
「師匠の前ではいい子ぶっちゃってさぁ、性格ねじ曲がり野郎だって知ったら、師匠はどう思うかな?」
「ア?」
私がクスリと馬鹿にするように笑ってみせると、レイドの姿がフッとかき消えた。
ダンッと私の顔の横に手をついたレイドは、剣の背をグッと首におし当ててくる。
「⋯⋯誰がいい子ぶってるって? 調子のんなよ、最底辺」
「ニャンニャン猫かぶりには言われたくない」
顔がぶつかりそうな近さで、レイドが殺気を放つ。
バチバチッと、剣から青い線がほとばしり、首を貫いた鋭い痛みに、顔をゆがめた。
「ゲホッゴホ、」
「今回は喉に麻痺の効果だ。うまくかかったみたいだな」
「お、ま、ゲホゲホッ!」
「こりたらもう、俺に減らず口たたくなよ」
レイドは赤茶の瞳で冷たく見下ろし、私の肩をおして、扉の中へと入っていった。
くっそぉ、またやられた!
毎回同じ結果だ。
レイドの青い雷撃で、状態異常になる。
レイドは雷術の使い手で、発生する効果によって色が変わる。
青色の雷は状態異常の付与。
赤色の雷は攻撃特化。
黄色の雷は身体強化。
などなどなど。
私が知ってるのはこれだけだけど、たぶん他にも種類があるんだろう。
雷術は速すぎて扱いが難しく、使い手が少ないんだそうだ。
それだけでも十分スゴイのに、レイドは努力家で、どんどん強くなっていってる。
バディを組んだときは、私のほうが魔法の扱いがうまかったのに⋯⋯。
なんて、うらやんでもしょうがないけどね。
私は、嫌なことはやりたくない。
できないことは、ほめられなくてやりたくない。
それに比べて、レイドはできないことを片っ端から潰して、完璧に近づいてる。逃げることなんてしない。
ただ⋯⋯その違いなんだから。
『最底辺』
レイドの、地の底から響くような声が、耳によみがえる。
あんなこと言ったけど、そのとおりなんだよね。
師匠に地獄のような日々から救い出してもらっておいて、このザマだ。
昔の私みたいな子はたくさんいるのに、私みたいなデキナイ子が救われちゃったんだから、私は恨まれても当然だなぁ。
努力をしない。やりたくないって逃げる。
それって、なんて贅沢なことなんだろう。
かわってくれって思う子は、きっとたくさんいる。
いっそ、あの日買われたのが私じゃなかったら。
もっと頑張れる他の子だったら。
師匠は、『いてくれてよかった』って思えただろうか。
少なくとも⋯⋯デキソコナイの私は思われていない。
「アインスってさあ」
壁ごしに聞こえた私の名前に、へたりこんだ私の背筋がピンと伸びる。
わざとらしく間のびした話し方だ。
私にとって、嫌な話なんだろうな。
それでも、分かっていても、もしかしたらという期待で耳を立ててしまった。
「僕たちの家壊すし、ろくに魔法も使えないし、そのくせ偉そうだし。役立たずで恩知らずなのに、師匠にすりよっちゃってさ。ホント、図々しいよなー!」
⋯⋯あぁ、知ってたのに。
私は人に好かれるような性格をしていない。
当然、他の弟子たちにだって、好意を持たれてないのは⋯⋯知ってたのにな⋯⋯。
「なぁ知ってる? アインスのあだ名、怠惰の劣等生なんだよ。ピッタリだよな。どう思う、優等生のレイド様?」
「やめろよ、壁を感じるだろ」
レイド?
さっき家に入っていったのに、なんでまた戻って⋯⋯。
「でもまぁ、そーだな。アインスは俺のバディのくせに、ろくに努力をしない。訓練場にいるのだって、今日久しぶりに見たくらいだ。なのに、俺を見下す態度ばっかとりやがって、何様のつもりだって感じだな」
⋯⋯嫌だ。もう聞きたくない。
なんでだろ。聞き慣れてるはずなのに、今日はダメだ。
胸の奥がえぐられ、かき混ぜられるような不快感に襲われる。
私は、衝動につき動かされるように地面をけって走り出した。
虹色の膜にぶつかるのも構わず、スピードを上げる。
師匠の作った結界は、どんな鉱石よりも頑丈で、外からも内からも、ホコリ一つすら出入りを許さない。師匠の許可があれば、別だけど。
もちろん私は一度も通れたことなんて⋯⋯あれ、なんの抵抗もない?
こんなの、初めてだ。レイドでもムリだったのに。
⋯⋯っていっても、正直もうどうでもいい。
結局、私の居場所なんてどこにもなかった。
あの日、何もない私に手をさしのべてくれた師匠だって、私に『いてくれてよかった』とは思ってないんだ。
私が、役立たずだから。
私が、努力をしようとしないから。
私が、好きになれるような性格じゃないから。
私が⋯⋯。
私が⋯⋯。
私が⋯⋯。
⋯⋯⋯⋯。
あーあ、何個でも出てくるなあ、私が受け入れられない原因。
自分だって、分かってる。
たぶん、私のここが嫌なんだろうなって。
でもさ、じゃあどうしたらいい?
私は、どう改善したらいい?
⋯⋯分からないよ。