天体観測部の誘惑
短編小説第四作目です。
高校に入学して3日目の放課後、俺は部活動見学をする部活を決めるため、校内をさまよっていた。
俺の入学した高校は部活に入ることを強制されているため、何かしらの部活に入らなければならない。そして入学してからの一週間は自由に部活動を見学することができる。
────めんどくせぇ。
俺はとにかくめんどくさい事が嫌いだ。勉強も部活も友人関係も。面倒な事が嫌い、そんなの誰でもそうだろと思うかもしれないが、その中でも俺は異常だと自覚している。
めんどくさい事は何もやらず、趣味のゲームしかやっていないクソしょうもない人生を送っている、それが今の俺である。
さて、ほんとにどうしたものか、マジでやりたい部活動が無い。ワンチャン先生説得したらどうにかならないかな……
「センセー部活やんの面倒なので無部でいいですかねー?」
「おう月影、何なめたこと言ってんだあ?こら?殺すぞ?」
……まぁこんな感じになりそうだから先生に言うのはやめておこう、あ、俺の名前は月影悠です。よろしくお願いします。
そもそもろくに学校の構造も覚えていない。どこに何部があるのかも分からんし、マジめんどくせー。
何となく三階の廊下から外を眺めるとグラウンドがよく見渡すことが出来た。その近くには何本か桜の木が満開に咲いている。
俺は無意識に立ち止まり、これからどうするか考えつつ窓の外を眺める。
そんなことをしていると、先輩だろうか、女子生徒2人が歩いてくる。
身長の高い方はパッと見陽キャ1軍みたいな見た目で、俺の嫌いな部類の人間に見えた。陽キャ女子、怖いもん。だがもう1人、身長の低い方は逆に俺と同じ部類に見える。
「今日こそ一年生入部させないと!本当にヤバい!」
「まぁまぁ、大丈夫だよ、一人くらいは見学に来るよ〜」
ほー、どこの部活かは分からんが、色々と苦労してる部活もあるんだな。
それから数分ボーっとしてから、俺はまた部活を探しに歩き始めた。
三階の廊下を歩き続け、一番奥まで来てしまった。
さて、この部屋はなん……
────【天体観測部】
その教室のクラスが書かれているところには天体観測部と書かれていた。
何に惹かれているんだ、なぜか、この部活は無視できないかった。
一目惚れに近い感覚だ。別に星は好きじゃないし、全く面白そうに思えない部活名のはずなのになぁ。まぁいい、そんなに惹かれたならとりあえず入ってみよう。迷うより動けだ。
俺は自分の心拍が少し早くなったのを感じながら扉を開けた。
■
「…………」
部屋は何に使われていたのか分からないが、普通の教室の3分の1程の広さで、部屋の中は自由に使っているのか、明らかに学業に必要のないものも多々ある。しかしさすがに天体観測部という名前をしているだけあって、数万はしそうな天体望遠鏡も置いてあった。
と、部屋の中を解説した訳だが、何故だろう。部屋の中にいた2人から驚いた表情で見られている。てかよく見たらさっき通り過ぎた女子2人じゃねぇか。
「…………」
あれこの部活ってもしかして部活動見学やってないの?だったら超恥ずかしいんですけど!
「1年生きたぁぁぁぁぁ!」
と思っていたらいきなり一人の女子生徒が椅子から立ち上がって叫び始める。
よかった、部活動見学やってたんだ、にしてもその反応は大げさ過ぎるだろ。
「き、君!もしかしてこの部入部希望なの!?」
女子生徒は長い髪をゆらゆら揺らしながらズンズン歩いて俺の目の前まで来る。顔近い近い!そんな荒い息遣いでこられたらこっちも動揺するからやめて頂きたい。
「あ、いや、希望という訳では、無いです」
俺がそう言うとあからさまにテンションが落ちた反応をする。情緒不安定だなぁ。
「あ、あぁそうだよね!今部活動見学期間だから色んな部活見てるだけだよね……」
あ、部活動見学来たのここが初めてです。
にしても、チラッと奥を見るともう1人女子生徒がいるが、全く気にせずに何かのゲームをやっている。この差はなんなんだ、俺が入ってきてめっちゃテンション上がってる人と、俺の事を全く気に止めていない人がいる。
「えっと!この部活は名前の通り天体観測をする部だよ!」
女子生徒は手を広げながらそう言う。おぉ、いきなり部活の説明が始まった。
「まぁこの部活ができたのは2年前で私のお姉ちゃんが創ったんだけど、今は部員私ともう1人の二人しかいなからあれだけど、去年までは四人いたんだよ!」
いや部員の数とかどうでもいいしあと四人でも多いとは言えないだろ。
「は、はぁ」
俺は適当な返事をする。しかしこれは、見学する部活ミスったか。
「ところでっ!」
俺に迫ってきた先輩は人差し指を俺の前に立てながら真面目な口調になって言う。
「君は星が好きかな?」
「まぁ、星はそんな好きでは無いですね……月は少し好きですけど」
月はいいぞぉ、なーんか悩みとか月見てる時は消えるし夜の暗い部屋から一生見てられる。
「ふむふむ、そんな君に!私が星を好きになるお話を聞かせてあげよう!」
女子生徒は目をキラキラ輝かせてそんなことを言う。すみませーん、ここって何する場所なんですかー?
そんないきなりお話聞かせようと言われましても、俺は一応部活動見学をしに来たんですが、何?それとも星について話すのがこの部活なの?
「ちょっと姫……熱くなりすぎ」
ずっとゲームをしていたもう1人の生徒はジト目で俺の目の前にいる、姫?と呼ばれた人物を見る。あだ名か?
「はっ!ごめん!ほんとにこの部活の見学に来てくれたのが嬉しくてつい……まぁとりあえず座って!」
そう言うと生徒は俺から離れ、長机の前に置かれていたパイプ椅子を引いて、座ることを勧めてくる。
はぁ、やっと本題に入れるのか、なんかもう疲れだぞ。
俺はよっこらしょと心の中で言いながら椅子に座る。そして俺の前にある椅子に先程姫と呼ばれた女子生徒が座る。ずっとゲームをしている人は俺から見て左側の、窓側に座っている。
「それじゃあ気を取り直して、今から部活動紹介をしていくんだけど、まぁ活動内容はさっき言った通り星の観測くらいなんだけどね〜」
俺はそれから色々と説明してくれた話を流し聞きする。なぜならそもそも入部する気がないからだ。さっきはなぜ惹かれたのだろう……
「あ、そういえば紹介が遅れたね、私は天体観測部部長、『織宮 姫』、3年1組で、こっちは副部長の『黒野 光』ちゃん3年4組ね」
姫と言うのは本名だったのか……小学生の時は普通にクラスメイトの名前無意識でも覚えれていたのに、なぜか中学、高校くらいになってくると覚えれなくなったから覚えやすい名前はありがたい。
一応名くらい教えておくか。
「えー、俺は月影悠です、1年2組です」
「月影君だね、名前に月が入ってるなんて、いい名前だねー」
織宮さんはそう言いながらうんうん頷く。そんないい名前ですかね……
それにしても、自分の名前が言われたと言うのに、未だにゲームをやっている黒野先輩は一体なんのゲームをやっているだ?
俺は何をやっているのか確認するため黒野先輩の手元を見る。
えっ、おいおい、黒野先輩の持っているゲーム機って……
「もしかして3DS、ですか?」
俺の言ったことを聞いて、黒野先輩はピクっと揺れ初めて反応を示した。
「ん、そうだよ、君の年代は小学生の時よくやってたでしょ?」
いやーやってましたねー。でも今となっては妖怪ウォッチを馬鹿みたいにやってた記憶しか残っていない。
俺はめんどくさいと思うことは絶対にやらないが、逆にハマったものには本気になるからな。あれは神ゲーだった……
だがしかし、未だに3DSをやっている人なんて、もうほとんどいないだろう。ならば、黒野先輩はなんのゲームをやっているんだ。
「あ〜やっぱ気になっちゃうよねー、光ちゃんずーっとゲームやってるからね」
織宮先輩はやれやれと言わんばかりに黒野先輩のことを見る。
「そんなに、なんのゲームやってるんですか?」
「うごメモだよ」
…………まさか高校でその単語を聞くことがあるとは、夢にも思わなかった。
うごメモってあのうごメモか!?てんてけてんてんてん ケロ、のあれか?いやぁ俺もよくやっていたが、未だにやってるなんて、まさかとんでもない人なのでは?
「……先輩はなんでまだ3DSをやっているんですか?」
「ふっそんなの、面白いからに決まってるじゃん」
黒野先輩はニヤリと笑いながらそう言った。
面白いからずっとやっている、少し俺と似ているのかもなと思った。
「君は、ゲームが好きなの?」
黒野先輩は俺の目を見ながら言った。俺か、ゲームは好きかと言われれば普通が答えだ。
いや、確かに先程趣味のゲームしかやっていないと言ったが、それは色んな“ゲーム“という意味ではなく一つのゲームの事だ。
そのゲーム以外のゲームを俺はやらない。だから普通という答えになった。
だが、ここで普通と言ってもいいのだろうか、黒野先輩は明らかにゲーム好きだ、それも相当の。さっきの黒野先輩の言葉に俺は少し感動した、だからここはあえてこう言っておこう。
「まぁそうですね、好きですよ」
「ふーん、なら君とは是非ともゲームの話をしたいな」
「ダメだよ黒野ちゃん!ここはゲーム部じゃないんだよ!?そういう話はゲーム部でやるべきだよ!」
いやゲーム部あるなら黒野先輩なんでこの部活いるの?
「いやいや、あんなのは名前だけのただのお遊び部、ゲームをただの娯楽としか見ていない」
おぉ、半分同意見だ。俺のやってるゲームは趣味とは言いたくない。
「ゴホン、じゃあ改めて月影君に言いたいんだけど……」
織宮先輩は手を膝の上に置き俺の事を真剣な眼差しで見る。黒野先輩は3DSを机に置き、急に改まって織宮先輩のことを見る。
ゴクリ、俺は唾を飲む。嫌な予感がする……
「この部活に入部してください!」
……あぁ、これが付き合ってくださいならどれほどマシだったか、告白なら速攻断って終わりだったのに。入部してください、か。どうやらこの部活の部員は今3年生二人だけで、二人が卒業したらこの部は廃部になるらしい。
だから絶対に部員が必要なため、俺のことを何としても入部させたいようだ。
俺だって助けれるなら助けたい、だが、これは簡単に決断できるものでは無い。
理由はいくつかある、だがいちばん大きい理由は、仮に俺が入部したら恐らく俺がこの部活の部長になるということだ。
どうやら一年生の確保に苦労しているらしく、今後この部活の部活動見学に来る一年生はいないかもしれない。もし俺が入部して他に誰も一年生がいなかったら、必然的に俺が部長になる。
そんなめんどくさい事やってられるか。
「えー、大変もうしわ─────」
「ちょっと待って!月影君、それ以上は言わないで……」
丁寧に断ろうとしたが、残念ながら阻止されてしまった。そんな泣きそうな声で言われても、ちょっとは考え直そうかななんて思ってしまうでは無いか。
「もちろん君の気持ちも分かるよ、正直入りたくないと思っている部活に無理やり入れられるのは嫌だよね」
織宮先輩はテーブルに置かれているコップを見ながら言う。なんだ、分かってるじゃないですか、その通りですよ。なんで入りたくない部活に入らないといけないんですか。俺はそんなにお人好しじゃないんですよ。
「でも、入るか、入らないかはこの部活動見学が終わってから答えを聞かせて欲しい。部活が終わる17時まで、君がこの部活に入りたくなるような条件を言うから」
ほう、そこまでして俺を入部させたいですが、でも多分どんな条件でも俺の意思は変わらないと思いますよ。17時まで……あと30分くらいか。
「分かりました、じゃあその条件とやらを聞かせてください」
30分くらい聞いてやるか、俺がそう言うと、それすら断られると思っていたのか、織宮先輩は少しほっとしたような顔をする。
「うん!じゃあまずは……あっそうだ!“教えてあげる“」
…………え?
織宮先輩は満面の笑みで俺の顔を見る。
■
「教えてあげる?それマジですか?」
教えてあげるってつまり、えっな事を教えてあげるってことだよな!?
そう考える月影だが、もちろんそんな訳が無い。
「うん、別にそれくらいするよ?」
(まぁ学力にはそんなに自信ないけど、さすがに一年生の範囲くらいは教えれるはず……)
そう考えるのは織宮。
もちろん織宮もまさか月影が勘違いをしているなんて思いもせず。
「こう見えて私教えるのは上手いんだよ?」
織宮は勉強はできないが何かを教えることは得意なのである。
「お、教えるって!?どうやって!?」
動揺してついタメ口になる月影。なぜか手が震えていた。
「どうやって?え、えーっと」
(どうやってって、勉強の教え方ってことかな?)
「まぁ普通に口でだけど」
ビリィ!月影に電流走る。
月影はばっと織宮のことを顔を見る。それはマジですか、そう月影は顔で訴える。それに織宮は何事かと思いながら、薄く微笑む。
口って!?まさかいきなりそんなことを、もしかしていやもしかしなくても織宮先輩って、相当のヤリてなのか!?
ムフフな想像を膨らます哀れな月影。だがその勘違いのせいで月影の心の中では少しだけ部活の入部を考えようかと思う気持ちも芽生えていた。
…………
一方で、終始無言でまたゲームをやっている黒野は、
〔もしかして一年生、何か勘違いをしている?〕
「いやでも、さすがにそれはアウトなんじゃないですかね……」
そうだ、これは漫画やアニメじゃない、そんなこと許されない。ふぅ、危うく自分を見失うところだったぜ。
そう冷静を保とうとするも、
「え?別にいいよ?どうせヤるんだから」
授業はすぐ始まる、そういう意味で言った織宮だったが、
「えええええぇ!?」
月影は椅子から立ち上がり驚きと表情を見せる。
嘘だろ?まさかこの高校、保険の実技をやるのか!?そんな高校、この世に存在してたなんて……だが実技するなんてそんなことパンフに書いて無かったぞ!よかったぁこの高校に入って!まさか強制的に童貞を卒業できるなんて!
舞い上がる月影に、織宮はただただ困惑してきた。
(そんなに勉強が好きなのかな……もしかして月影君って頭良い?私が教えなくても大丈夫なんじゃ……)
勘違いをしている月影をよそに、織宮はやっぱり勉強を教えるのはやめておこうかなと思い始める。
「あーでも、やっぱ私教えるのは上手いけど頭は悪いから〜やめておこうかな〜」
はぁ!?なんでそれでやめるってことになるんですか!?頭悪いのは別に関係な────
……待てよ、頭が悪い?教える?
あぁ、そういうこと。
「あ、はい、僕も勉強は自分で頑張るので、お気遣いなく」
やっと自分がどれだけ愚かな勘違いをしていたのか自覚した月影。
はは、俺は何考えてんだ、まさかあんな思い違いをしていたなんて、死んでも言えないな。
だが、それを許さない人もいた。
「一年、君……」
黒野の声に、月影はピクっと体を震わせる。
黒野、先輩?何を言おうとしていらっしゃるのですか?その先の言葉を言ったら私はこの部活、どころか入学して一日で不登校になってしまいます。
月影は目で必死に訴える。黙っていろと。
「あ、あの月影君?目が殺人鬼みたいだよ?光ちゃんはどうしたの?」
織宮はおどおどしながら二人を交互に見る。
「……いや、なんでもない」
黒野に月影の訴えが通じたのか、黒野は何も言わずゲームに戻った。
よかった、俺の高校生活が守られた。
月影は安心したような顔で深い息をついた。
「なんだかよく分からないけど、結局勉強を教えるという
条件は無しってことか〜」
まぁそういうことだ。てかそもそも勉強を教えると言われても入部しませんけどね。だって勉強はめんどくさいから。
■
さて、17時まで残り20分程か、次はいったいどんな条件を出してくるのやら。
「そうだなーえーっと、あ!入部してくれたら部長にしてあげるよ!」
…………あの何を言っておられるのですか?部長にしてあげる?それは俺を退部させたい時に言ってください、そうしたら速攻退部するんで。
「却下です」
俺は手のひらを織宮先輩に見せながら答えた。
織宮先輩はだよね〜とか言いながらあははと笑う。
俺が拒否するの分かってて言ったんですか。そういう余裕はあるんですね。
「じゃあ……」
なぜが織宮先輩は顔を赤くして小さな声で言う。
「バレンタインチョコ、作ってあげる」
ば、バレンタインチョコ?ふむ。バレンタインチョコ?思わず2回言ってしまった。
いやだがしかし、何故だろう、あんまり嬉しくない。
今まで女子の先輩からバレンタインチョコなんて貰ったことないしそもそも女子からもないし、男子もないし、なんならバレンタインチョコとか貰った事ない。
ほんで、いきなり女子の先輩、しかもめっさ可愛い先輩から作ってあげると言われたというのに、過程を飛ばしすぎたか、もしくはなんの関係性もない人からのチョコは嬉しくないと言うことなのか。
「さらに!今なら光ちゃんのも付けるよ!」
織宮先輩が黒野先輩を引っ張りながらさながらセールスマンのような口調になる。
「いや私はそういうの遠慮しとく」
黒野は速攻で拒否る。
「というかそもそもバレンタインチョコもちょっと……」
俺も遠慮しておきます。
「つ、月影君、もしかして私の事、嫌い?」
織宮先輩は涙目でそんなことを俺に聞いてくる。
ははは、ノーコメントで。
「いえ、僕チョコアレルギーなんですよ」
あぁこれは本当だ、決してこの場を誤魔化すための嘘ではない。本当だ!だから俺はバレンタインチョコを貰ったことないのだ!ははは!俺が陰キャだから貰ったことがないとでも思っていたのか?
「あ、そうだったんだ、じゃあしょうがないか……」
「そもそも初対面の人にバレンタインチョコ作るのもどうかと思うけどね」
黒野先輩は淡々とそう口にし織宮先輩は残念に顔を下げる。
……そんな残念そうにされても、こっちだって少しは心が痛みますよ。なんで諦めないんですかね、そろそろ俺の意思がどれほど強いか分かってもらえないだろうか……はぁ、めんどくさい。
■
季節は春。冬に比べてだいぶ日が暮れるのは遅くなった。
時刻は16時50分くらい。まだ外は明るい。
昨日の今頃は、家でゲームやってたんだけどなぁ、今の俺は何やってんだ。なんてことをふとした時に考える。
……もしも、仮に俺がこの部活に入ったら、俺の日常はどれくらい変わるのだろうか。
さっきの部活についての説明では、この部活は日暮れが遅い夏場は星を見るには遅い時間になるため部活は週一で、逆に冬場はすぐ日が沈むため週四でやっているらしい。
部活が終わるのは季節によって変わるが遅くても18時、そんで夏場はお泊まり会と言う名の合宿があるらしい。あとは文化祭でなんかやるとかやらないとか。
まぁこの部活でやることはこんなところだ。もちろん入部すれば俺の日常は確実に変わる。だから入らない。めんどくさいから入部しない。そう言っていたら、俺の日常は死ぬまで変わらないんだよな……
今まで考えたことも疑ったことも無かったが、果たしてそれでいいのだろうか?俺はどうやって俺の事を入部させようか真剣に考えている先輩の顔を見ながらそう考えていた。
■
「ねぇ光ちゃんは何か無いー?」
織宮先輩は万策尽きたのか、黒野先輩に助けを求める。
「いやそもそも本人が入りたくないなら無理に入れなくてもいいんじゃない?」
「それを言われたら言い返せないけど、ここで入部させられなかったら廃部になっちゃうかもしれないんだよ、私はそんなの嫌だから……」
その声色は、儚く、決意を含み嫌だと訴えていた。
そこまでして廃部にしたくない理由とは、姉が創部したからか?でもそこまで本気になれるのかは分からない。俺に織宮先輩の気持ちは分からない。
だが黒野先輩はどうだろう、織宮先輩との付き合いがどれくらいかは分からないが、気持ちが分からなくもないのではないか。
月影は黒野を見る。
やはり、月影の予想は正しかったのか、さっきはああ発言した黒野だったが、今は何か考えているように見えた。
なにか思いついたのか、黒野は月影の顔を真剣な眼差しで見ながらこう言った。
「分かった、もしも、入部してくれるなら、“触らせてあげる“」
…………え?触らせてあげるって、まさか?
月影の心拍はまた速く、大きくなる。
いや、これはもう、そういうことだよな?触っていいなんて、“胸“しかねぇよな!?
月影は長年謎に包まれていた問いをついに解いたかのように、脳内で大はしゃぎする。
まさかそんな卑猥な手を使ってくるとは、どうやら相当の覚悟の元で俺を入部させたいようだな、ふむふむ胸を触らせると、黒野先輩、見かけによらず裏表あってそういう事するんですねにヒヒ。
「光ちゃん、本当にいいの?大切なものでしょ?」
織宮は心配そうな口調で、黒野の見つめる。大切?
「まぁそうだけど、私は君を信じてるから」
そう言いながら黒野は月影を指差す。
た、大切なものって笑黒野先輩ぺったんこじゃないですか笑、って茶化したら殺されるのかな。
それにしても、信じてるって、僕、黒野先輩に信頼されるような事何かしましたっけ?
「いや、でも、さすがにそれは、まずいんじゃないんですか……」
……うん、冷静になって考えれば、触っていいって言われて触ったら、多分通報されるだろ、普通に入学早々退学もありうる。黒野先輩は裏表のない素敵な人です、とでも言っておいた方がいいのかな?
「そんなにビビらなくても大丈夫だよ、“壊さなければ“別にいいから」
表情は至って普通でなんでもないような口ぶりで言う。
壊さなければって!?黒野先輩、どんだけ激しいプレイを望んでいるんですかァ!?
やっぱりそうだー!これは確定だ!黒野先輩は間違いなく“変態“だー!
ドクンドクン月影の心拍は速くなる。何もせずとも汗もかいてきた。
「……ところで、どうして君はさっきから顔を赤くしているのかな?」
黒野先輩はニヤつきながら俺を試すような言い方でそんなことを言う。
いや、そりゃ顔も赤くなりますよ、僕こう見えて女子の胸触ったことないんですよ、何言ってんの。
「もしかして君、何か勘違いしてない?」
…………最初から分かっていて、話していたのだろう。
「私はただ3DSを触らせてあげるって言ってるだけだけど」
「もちろん僕もそう思って話していましたよ」
ははは。当たり前じゃないですか、そんな?胸を触る?そんな変態みたいなこと考えるやついるんですかね?え?お前?お前ってなんでお前って書くんですかねははは。
「え、月影君、もしかして、変なこと考えてたの?」
頭大丈夫?みたいな視線を織宮先輩から送られる。
そんな目で見られたら男子なら誰でも死にますよ!なんですかその破壊的な目は!夜寝る時ずっと目に浮かびそう。いやでもそんな目で見られて当然か、俺、変態なんだから。
「……あの、3DS触るのは別にいいです、家にあるので」
確かに懐かしいゲーム機だが、正直触りたいと思うほどでもないんだよな。
しかし、黒野先輩はショックだったのか、「そう……」とだけ言って顔を逸らしてゲームをし始めた。なんか、ごめんなさい。
「はぁ、光ちゃんでもダメかー、もうどうすればいいんだろう……」
織宮先輩は溜息をつきながら困り顔で天井を見つめる。
俺も織宮先輩を見るのは少し気まずく、ただ壁を見つめた。
その時目に入った時計の針は、55分を差していた。
────あぁ、終わる、終わってしまう。
さっき一瞬考えた、俺の今後の人生、つまり、このまま何もしない人生でいいのかということ。
それを変える起点となるのはこれが最初で最後になるかもしれない。
もはやこれはただの部活動見学では無い。俺の人生に関わる、重要な選択をする時だ。
■
この部活動見学を通して俺は初めて自分の人生はこのままでいいのか、考えることができた。
その自問自答に、俺は即答することが出来なかった、つまり悩んでいるのだ。今まで通りを選ぶか、今までしてこなかった事をするか。
しかし、俺はめんどくさい事は嫌いだ、この悩みも、ここで答えを出せないのならもう考えることは無いだろう。そして部活も、これだけ話を聞いて今入部しますと言わないのなら、俺はこの部活には入部しないだろう。
あともう一歩、俺の背中を押す何かが起きてほしい、そう願っていた。
はぁ、もう時間も無いし、最後に聞きたいこと聞くか。
必死に考えるが案が浮かばないのか、諦めムードになっている織宮先輩に俺は問う。
「なぜそこまで本気になれるんですか?」
いきなりの質問に少し驚いた顔をしてから、織宮先輩は今の言葉で察してくれたのか、ただ『姉が創った部活だから』という答えは言わなかった。
「月影君の気持ちもよく分かるよ、私も中学の時は月影君と同じだったから」
織宮先輩は昔の自分を思い出すような懐かしい表情をしながら語り始めた。
「中学の時の私は何もやりたいことがなくて、ただ生きていただけでね、それに対して姉は、昔から星の事ばっかり話してウザイほど楽しく話してて、正直あんまり好きじゃなかったの。
でもね、そんな嫌いな姉にこの高校に入学した時、無理矢理天体観測部に入らされて、私も星が好きになっちゃったの。それから、私の人生は大きく変わったんだ」
夕暮れになった空を見ながら、織宮先輩は言葉を続ける。隣に座っている黒野先輩も今は真剣に織宮先輩の話を聞いていた。
そのまま俺も窓の外を見ると、空に夕暮れの中小さく光る星が浮かんでいた。あれだけ光っている一等星なのだからきっと名前が着いているのだろうが、生憎星に詳しくない俺はその星の名前を知らない。
「空っぽだった私は、星が好きになってからはそれが生きがいになった。そして気づいた。人生は、なんて楽しいんだって。
姉が何故あんなに楽しそうだったのかも分かって、自分を変えてくれた姉を今は尊敬している」
最後に、織宮先輩は俺を見て、優しい微笑みを見せながら、俺の求めていた言葉を言ってくれた。
「ボーッと生きる生き方もいい思う、でも、何かに本気になることも悪いことじゃないよ」
……まさか織宮先輩が昔俺みたいな奴だったとは、想像がつかない。それほど変わったということなのだろう。
「……姫にとってこの天体観測部は、自分の人生を変えてくれたものでさ、無くしたくないんだよ、お姉さんが創った、この部活を」
黒野の先輩は織宮先輩の話を補うように口を開いた。黒野先輩も穏やかな笑みを浮かべていた。
なるほど、自分の人生を変えてくれた、それが部活の存続のため、こんなに本気出で新入部員を確保しようとする原動力となっていたわけか。
姉が創部した天体観測部、この部活のおかげで織宮先輩は人生の楽しさに気づいた。全く、いい話だな。
「って!ごめんね、なんか急に真面目な話して、もう時間も過ぎてるし月影君は────」
「多分、このままだと俺は多分しょうもない人生を送ると思います。だから、これは自分を変える第一歩です」
織宮が話している中、月影は二人を見ながら言う。
「部活に入ります。それにずるいですよ、そんな話聞いて、入部しないなんて言えないじゃないですか」
この部室に入って良かった、おかげで俺の人生は変わり始める。まぁ果たしてそれがいい選択となるかは分からないが、きっと良くなるはずだ、実際この部活に入部して人生が変わった人がいるのだから。
「ほんとに!?ほんとにいいの!?」
織宮は疑いと嬉しさの混じった声で身を乗り出し月影の手を掴みながら言う。
ちょ近い近い!先輩の匂いがめっちゃします!なに言ってんた。
黒野はなぜかふっ、と、初めから月影が入部するのをわかっていたかのような反応をする。
「はい、この部活のことは任せてください、絶対廃部になんてさせないので」
フッ、決まったぜ。これは織宮先輩、俺に惚れてしまったかな。
なんて馬鹿なことを考えていると、
「月影君!ありがとう!」
そう言いながら俺にハグをしてきた。きゃァァ!俺が惚れちゃうー!
「これで2人目だね、この部活で人生変わったの」
黒野先輩はニコリと穏やかな笑みを浮かべる。そう言うことになるのか、織宮先輩と俺。2人の人生を変えるなんて、織宮姉恐るべし。
「じゃあ私も必ず君以外にも新入部員を入部させれるようにもっと頑張るよ、君1人じゃ荷が重そうだからね」
もう俺の事を分かるのか、確かに正直俺一人となるとなかなか大変そうだとは思っていたが……
「じゃあ、指切りしよっか」
そう言うと織宮先輩は小指を俺の前へと出してくる。
指切りなんて、最後にしたのがいつかも覚えていない。もしかしてやったことないかもしれない。
ここは素直にやっておこう。
「はい」
「光ちゃんも!」
織宮先輩は隣に座っている黒野先輩の腕を無理やり持ってくる。
「なんで私まで……」
「光ちゃんだってここの部員でしょ?だからやるんだよ」
3人は両手の小指を出し、円を作るように指切りをする。
「指切りげんまん嘘ついたら針千本飲ーます、指切った!」
言い終わるのと同時に織宮先輩は手を上へあげた。
「月影君、本当にありがと!」
織宮先輩は性別問わず見た人誰もが惚れてしまいそうな、まるでここが現実では無いと疑ってしまうような、満面の笑みを俺に見せた。
────────こうして俺の人生は大きく変わった。
■
二年後
「先輩、今日こそ新入部員入れましょうね!」
俺の前で後輩ちゃんは元気に腕を出す。季節は春。部室の窓から外を覗くと、桜の木が満開で咲き乱れている。
「そうだな」
俺がそう言うのと同時に、部室の扉が開いた。
「あ、あのー、部活動見学やってます?」
扉の前にはまるで二年前の俺のように、人生何もやってなさそうな男子が立ちすくんでいた。なんか言い方酷いなこれ。
まぁだが、だったら俺が変えてあげよう、二年前の織宮先輩のように。月影は昔の思い出を頭に思い出しながら席を立つ。
この部活で誰かの人生がより豊かになればいい、それを部活の目標にして月影は今日までやってきている。
「天体観測部へようこそ、一年生」
天体観測部の部長となった月影は、新入生に向かって声をかけた。