乙女ゲーム症候群の被害者
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「おい、レイク。どうしてあんな夜会でレティーア嬢を断罪したのだ。あの子はお前の婚約者として尽くしてくれたじゃないか」
「…………もう、限界だったんです」
「? 何がだ」
「父上は、俺達が物語の中にいるって言ったら信じますか?」
「いや、なんだそれは。そんな物、夢物語だろ」
「ですよね。僕も、そう思います」
「はぁ、それで一体お前は何を言いたいのだ」
「レティーアは、10年前、俺が8歳の頃から言い続けてきたんです。『私は乙女ゲームの世界に転生しちゃったんです』と」
「ん? 『おとめげえむ』とはなんだ?」
「レティーアによると、それはこことは違う世界にあり、自分で言葉を選択して物語を進めていく、恋愛話だそうです」
「そんな物が存在するのか。それで、話というからには、『役』があるのだろう? お前とレティーア嬢は何なのだ?」
「レティーアは、ヒロインと呼ばれる女主人公に嫉妬し虐める『悪役令嬢』らしいです。――そして、俺は婚約者であるレティーアを裏切りヒロインと恋愛をする『男主人公』の一人なのだとか」
「一人、という事は他にもいるのか、その男主人公とやらが」
「はい、宰相のユリウス、騎士団に所属しているランス。それから魔法使いのリーンハルトも、ヒロインと恋に落ちる可能性がある人物だそうです」
「おい、その3人には既に婚約者がいるじゃないか!?」
「はい、俺も再三レティーアに『アイツラにはもう婚約者がいるからヒロインと恋に落ちたりしない』と言ったんですが、聞く耳を持ってくれず『ヒロインに会った途端皆恋に落ちるの!』と言ってくるだけでした」
「まさかレティーア嬢がそんなに妄想に耽っていたとは……。だが、断罪する必要はなかっただろう。それこそレティーア嬢の思う壺なのではないか?」
「……俺もレティーアを愛し、いつしかレティーアも『ここは乙女ゲームと似た世界なだけで違う』と気づいてくれる事を祈っていました。
だから、男爵令嬢だというヒロインとは勿論、他の女性とも親密と見て取れる行動はしない様に気をつけていたんです。プレゼントも欠かさずしたし、夜会のエスコートだって怠ることはなかった。
それに、レティーアに事あるごとに『愛している』と言ったんです。
――だけど、レティーアは俺が何をしたって、『レイク様はいつかヒロインと恋に落ちるんです』と言うばかりだった!
父上は耐えられますか? 何をしても否定され、有りもしない幻想を真実だと決めつけ、俺の事を見もしない婚約者を! 俺が何をしたって言うんですか? 俺が一度でもレティーアに不誠実な態度を取りましたか!?
なんでレティーアは、俺の誠実であろうとした態度に報いてくれないんだ……」
「レイク……。あぁ、知っているぞ、お前がレティーア嬢を大切に思い慈しんでいたことを」
「そう言われると、少しだけ救われます。それに、ヒロインだという令嬢も、乙女ゲームの記憶があるようでした。なにかと俺に引っ付いてきては、レティーアに虐められただのなんだのと、自分と俺は恋に落ちるだの言ってきたんですから。仮に彼女がヒロインだとしても、王太子である俺に引っ付いてくるのは非常識極まりないですし、レティーアに虐められただという嘘の証言も公爵令嬢を貶めようとしたのだから、最悪極刑が下されるような事です。
ここは乙女ゲームの世界だからと好き勝手やる彼女には心底寒気がしました。俺の他の男主人公もそう思ったようでしたね。彼らも、男爵令嬢の行いには腹を立てているようでした」
「レイク」
「そんな時に、侯爵令嬢であるアルマに会いました。彼女とは穏やかな日々を送れました。何より、彼女は『乙女ゲーム』等は言う事はなく、アルマとの会話は楽しかったんです」
「まさか、レティーア嬢と婚約破棄して、アルマ嬢と一緒になりたかったのか?」
「……はい。王位を破棄しても、彼女なら付いてきてくれると思いました。だから彼女にプロポーズしてから正式な手続きを経て婚約破棄するつもりでした。
だけど、王位を破棄しても、付いてきてくれるかと聞いてみたくて会いに行った時に、アルマが呟いているのを聞いてしまったんです。
彼女は、『王太子殿下のルートはいい感じね。そうよ、せっかく乙女ゲームの世界に転生したんだもん。モブなんかで終わらないわ!』と言っていたんです。
モブと言うものは分かりませんでしたが、あぁ、結局彼女も乙女ゲームだけを見ていたんだと絶望しました。だから、もう一人になりたくて、あの公的な場で婚約破棄を衝動的に宣言してしまったんです」
「……息子がそうやって悩んでいたのに何も気づかなかったのが本当に情けない。レイク、お前のやりたいようにやらせてやる。お前はどうしたい?」
「俺みたいな奴を、もう一人だって出したくない。乙女ゲームの世界だと言っていた三人を何らかの形でもう表舞台に立てないようにしてください。
それから、これからもそういう事を言う人が出た時、困らないようにして欲しいです」
「分かった。必ずやり遂げよう。……しかし、お前はこれからどうしたいのだ。新しく婚約者を作っても、領地でゆっくり暮らしてもいいんだぞ」
「俺は……。俺は、」
「? レイク?」
「父上、俺は断罪した時のレティーアの泣きそうに唇を歪ませた顔が忘れられないんです。
どうして自分のせいで招かれた事なのにそんなに被害者ヅラするのだろうと。本当に泣きたいのは俺だと。
もう、全部が嫌になったんです」
「 っ、おい! そっちは窓だぞ!? そこから落ちたら死んでしまうぞ、早く戻ってこい!」
「さようなら父上」
「まて、レイク!」
王太子は、宙を舞って、そして地面に叩きつけられた。その次の日のニュースには、紙面いっぱいにこう書かれていた。
『王太子死亡』と。
◇◇◇
それから、乙女ゲームの世界だと言っていた少女たちは精神を病んでいるとして病院で一生を過ごすことになった。
それについて反発が無かったかといえば嘘ではないが、彼女達が『ここは乙女ゲームの世界だ』と周りに吹聴し疑問の念を持たれていたことや、彼女達の両親もなにか可笑しいと感じていたのと、少女たちが取り敢えず数日だけ、と病院に連れて行かれる際、
『私はヒロインなのよ!? 手を離しなさいよ』、『やっぱり、私は悪役令嬢だから不幸になっちゃうんだぁ』、『なんでモブの私がこんな目に遭わなくちゃいけないのよ!』と喚き散らし、それは多くの貴族の知る事となり、彼女達は駄目だという事で正式に病院で一生を過ごす事が決まった。
そして、陛下は、彼女達の様な精神異常者は一定の時間を置いて生まれ続ける事だろうと言い、物語の世界に転生したと思っている者を『乙女ゲーム症候群』という病気にかかっているのだと定義づけた。
その病気への対抗として『早期に、ここは乙女ゲームの世界ではない』という事を教える事を絶対とする事で、50年経った今では、前世、乙女ゲームをしていた少女たちも、ここは乙女ゲームとは違うと割り切り、幸福に暮らしているという。
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