前編
私は少女漫画が好きだし、乙女ゲームも大好き。
特に好きな設定は一途に愛を伝えてくれるタイプのヒーロー。
好きすぎてヤンデレちっくになっちゃう重めな愛も、好きすぎてツンツンしちゃうツンデレな愛も、最初から最後までヒロインを献身的に好きでいてくれる王道な愛も全部ぜーんぶ大好き。
これを友達とかに言うと夢見すぎとか言われちゃうけど、好きなものは好きなんだから仕方ないよね。
だって現実じゃこんな一途で好き好き言ってくれる素敵な人は滅多にいないし、居ても私が出会えなければ意味がない。
それなら2次元に夢を見ている方が私は幸せなのだ。
いつもの日課で寝る前にネットで更新された漫画や小説を読んだり、積みゲーになってる乙女ゲームをプレイしたりなど充実した夜を過ごす。
「うわー、アンセル様めっちゃ格好いい」
最近のお気に入りは『悪役令嬢は逆ハーに気がつかない』という漫画だ。
その中でも悪役令嬢であるヒロイン、ミュゼットの幼なじみアンセルが私の推しだ。
物語は悪役令嬢に転生したミュゼットが原作の知識を使って断罪ルートを回避していくという王道なストーリーなのだ。
アンセルは転生する前のミュゼットへは好意を抱いていなかったのに、転生した後のミュゼットへの違和感から彼女が別人であることに気がつく。だがミュゼット本人がそのことを隠しているためアンセルは彼女のことを陰ながら支える。
それなのに……アンセルはミュゼットとは結ばれないのだ!!!!
ミュゼットはアンセルが優しいなとしか思っておらず、アンセルもまた他の男に心惹かれているミュゼットの心を乱さないように恋心を隠すのだ。
好きな人の幸せを願って恋心を隠すアンセルの献身が切なくて切なくて。何度涙しただろうか。
そして私の推しのバレバレな恋心をただの親切心だと気づかないで無意識に利用しているミュゼットがちょこーっとだけ大嫌いだった。
「推しには幸せになって欲しいっていうか、むしろ幸せすぎて戸惑っていてほしいんよ~」
しかもミュゼットは自己評価が低いタイプで、更には自分への恋心には鈍感という属性が付与されているため逆ハーなのに本命以外の恋心にはほぼ気がつかない。
本命とも両片思いをそこそこの期間続けてからやっとのことでくっつく。
ストーリーが面白いし、ミュゼットのヒロインへのザマァなどが痛快ということもあって大好きな作品ではあるのだが、私は推しであるアンセルを幸せにしたい。
「こんなに一途で、しかも好きな人の幸せのために自分の気持ちを押し殺すなんて……なんていじらしくて可愛くてカッコいいんだぁ。
うう、アンセル様……このあと絶対にめちゃ可愛い女の子と出会えますからね」
せめて私の夢の中では幸せなってくれと、私はスマホを抱き締めながら眠りについた。
……はずだった。
※※※
「お嬢様、朝ですよ」
「んん?」
「本日はお見合いですから急いで支度をなさいませんと」
「……お見合い?」
「寝ぼけてないで早く起きて下さい」
メイドに起こされ、私はすぐにここが夢の中だと気がついた。
きっと夢の中でアンセル様を幸せにしたいと思って眠りについたから『悪役令嬢は逆ハーに気がつかない』の世界観の夢を見ているんだ、と。
「あ、ああ……アンセル様……!」
朝からとても長い支度(夢ならショートカットしてくれればいいのにめちゃくちゃ長かった)を終え、流れに身を任せていたら豪華な馬車で両親(夢だと思ってめちゃくちゃ普通に会話したけど特に怪しまれることがない、なんちゃって敬語でOKな世界観)と一緒にどこかへ向かった。
馬車を降りるとこれまためっちゃ豪華なお城のような屋敷(お城は他にあった)に到着した。
そして屋敷に入り、執事に案内された部屋にいたのがアンセル様だったのだ!!!!!
推しが目の前に!!!
変な顔にならないように顔面にグッと力を入れたら鼻の穴がちょっと膨らんでしまったかもしれない。最悪だ、推しに見られたと思うと泣ける。
だが私の推しは、乙女の恥を笑うような人間ではない。
何事もなかったかのように両家の顔合わせが始まった。
「初めまして、アンセル・ゼファーと申します」
「初めまして、ルルア・ディスティと申します。本日はアンセル様に会えて本当に……う、嬉しいです」
道中の馬車で緊張するからと両親に挨拶の練習をしたいと情報を引き出したおかげで滞りなく挨拶を済ませられた。
流石は私の夢の中というわけか、このお見合いは私のごり押しで実現したらしい。おかげでアンセルの前で顔を赤くしながらどもってもアンセルの両親も私の両親も暖かい目で見守ってくれている。
「アンセル、私たちは話を進めておくからルルア嬢を庭園に案内して差し上げなさい」
「ルルア様、お手を」
「あ、ありがとうございます」
私が手袋をしてるとはいえ推しの体温を感じられるなんて!!!
夢の中だから鼻血はでないわよね?
手汗をかいてキモイと思われないようにしなきゃ。で、でも手汗も脇汗も全身暑すぎて滝のようなんですけど!!!
どうしよう乙女のピンチじゃん。
夢の中ならサラサラいい匂いの女でいさせてよ~!
「少し、緊張してしまいますね。ルルア様はどうですか?」
「とっっっても緊張しております。……あ、アンセル様はわたくしの憧れでしたので」
「そう言って頂けるとは光栄です。少し照れてしまいますね」
にこり、アンセルが私に笑顔を向ける。
2次元に生きていた私には夢の中とはいえ3次元の攻撃は強すぎる。
グサリと胸を貫いた笑顔が眩しすぎて、思わずアンセルと繋いでいた手を持ち上げ両手でアンセルの手を掴む。
「ほほ、本当に、あの、本当にアンセル様はわたくしの憧れで、その、わたくしとのお見合いが嫌でしたら早めに言って下さいね。アンセル様を煩わせたくないので!!」
「嫌だなんてとんでもない。……ただ、自分にそこまでの価値があるとは思えなくて戸惑っています」
アンセルのいう価値とはアンセルが子爵家の三男で、私が公爵家の一人娘だからだろう。
ちなみにミュゼットも公爵令嬢だが、ミュゼットの母とアンセルの母が親友で、両家が昔から交流を持っていたためミュゼットとアンセルは幼なじみなのだ。
「それに、私の噂は知っておられるでしょう?
身分違いの恋をして捨てられた男ですよ。
この縁談に両親は喜んでいますが、正直ルルア様にとって良いものではないと思います」
「ずいぶん正直に仰られるのですね」
「貴女の一存でこの縁談は決まります。それなら後から知って後悔されるよりも、先に知ってもらってから判断される方がお互いのためにも良いでしょう」
「質問をしても?」
「なんでも聞いて下さい」
アンセルは傷心していてほんの少し投げやりになっているようだった。
優しく接しているが、色恋には距離を置きたいと思っているのかもしれない。
今私が持っている情報では今が原作からどのくらい経っているかわからない。
アンセルの気持ちの整理がついていなくても仕方ないだろう。
「わたくしのことは生理的に無理だったりしますか?」
「え?」
「勢いで手を握ってしまいましたが、不快でしたか?」
「な、なにを」
「じょ、女性としての魅力をほんのちょっとでも感じられませんか?」
「ルルア様……?」
「アンセル様が傷心されているタイミングで縁談を申し込んでしまったことは申し訳ないと思っています。
でも、わたくしのことが生理的に無理で視界にも入れたくないほど嫌いというわけでないのなら……」
これはチャンスなのだ。
夢の中で推しが傷心していて、弱っている。
そして私はけっこう美人(支度をしているときに鏡を見てめちゃくちゃビビった)だし、推しを好きな気持ちは誰にも負けない。
それならやることはひとつ。
推しが弱っている隙に入り込み、推しが悲しむ間もないほどに幸せにする!!!
だってこんなチャンス目が覚めたら叶えられない。
この夢は一度きり。
もう一度見られる可能性なんて限りなく低い。
目が覚める前に推しのタキシード姿も見たいし、幸せに戸惑っている姿も見たい。問題は私が推しを幸せに出来るかってところだけど……イケイケドンドン精神でなんとかするしかない!
ラブアンドピースだ。
推しへの愛で乗りきろう!!!
「これから一生わたくしに愛されて生きて下さい!!!!!」
「………………は、はい」
私の勢いに、思わずといった感じでアンセルが頷いた。