逃亡劇
あれから6年が経過した。
両者の戦闘能力も格段に上がった。
施設の構造、突破すべき場所も把握した。
後は深夜、逃亡するだけ、いや、未知への一歩を踏み出すだけだ。
最後の授業が終わろうとしている。
「では質問です。我々のクラスの生徒は、頭をを使って戦闘する事に優れています。優れた頭脳を持つ者との戦闘、圧倒的な身体能力を持つ者との戦闘、アブノーマルスキルを所持する者との戦闘方法を答えて下さい。」
「はい!」
「では、ミスタートレトン」
「我々と同類である優れた知能を持つ者との戦闘は単純な知識量での勝負となります。身体能力が高い者は、己の身体能力を過信し過ぎる傾向がある為、油断させて隙をつきます。最後にアブノーマルスキルを所持する者ですが、炎度を所持する者には、火力を観察して距離を詰めて、氷度を所持する者には冷気に当たらぬよう近づきます。」
「ミスタートレトン、見事です。」
(僕たちは嘘を教え込まれている。炎度を持つフレイとの戦闘では、火力が全てではない事を学んだ。身体能力が高い者は隙ができる仮説も知識の差で決着がつくという仮説も人それぞれに決まっている。あの手紙を読んだ日から、フレイと約束した日から、嘘を教え込まれて信じて疑わない僕では無くなったんだ。)
「それでは授業は終了します。速やかに解散するように。」
トレトンは解散後、速やかに自室へ戻った。フレイが待ち伏せしていたトレトンの自室には何枚にも折り込まれたミクサーズの地図が置かれていた。
「遅かったな。俺はもう荷物も纏めたぜ。」
「このカバンで行くのか⁈小さすぎる!しかも枕しか入ってない!」
「俺はこいつじゃねぇと寝れねぇんだ。悪いがこいつぁ譲れないぜ。」
「かっこいい事言おうとしてるみたいだけど、枕ってこと忘れてないよな。食料だけは詰めておくんだ。この先何があるか分からない。」
計画の最終確認が終了した。
「いよいよだぜ。今夜、あの場所で会おう。」
「ああ!」
遂にこの時がきた。
初めて互いの実力を実感したあの場所からフレイ、トレトンは新たな一歩を踏み出す事になる。
(ミクサーズの突破すべき関門は3つある。1つは監視員の目、もう1つは一定のラインを超えると鳴る警報、そして最後に常人では登る事のできない凹凸のない8メートル程の壁。今の僕たちには問題のない事だ。
これら全て、外部の侵入者から生徒を守るためと教えられてきたが、実態は僕たちをこの中から出さない様にする為なのを知っている。)
「フレイ、成功させるよ!」
「当ったりめぇだ!俺ぁ今心が舞ってるぜ!」
フレイの口角が微かに上がるのが見えた。
(0時から1時の間、交代時間のために監視員の目は薄くなる。僕たちはその時間帯を狙う。監視員がいないタイミングを狙い生徒立ち入り禁止通路を通り、最も外に近い扉を出る。そこから広がる芝生を10メートル程進むと、警報装置が作動する。そこからは力尽くだが、監視員に捕まる前に壁を登り脱走する。外に出た後は僕の思考加速と空間把握を使って逃げ道の最適解を導き出す。)
「おいトレイン、緊張してんのか?楽しもうぜ!」
「君はもっと緊張感をもてよ!行くぞ!」
2人は順調に走り出した。監視員の目を盗んで、生徒立ち入り禁止通路を通る事に成功し、出口を目指す。扉を開ける瞬間、人々の喋り声が聞こえた。
「今日の遅番乗り越えたら俺は2連休だ!全く楽で最高だぜ」
「終わったら一杯やりません?」
「ガハハ!どうせ俺の奢りだろ!良いぜ行こうぜ!」
「まずい、2人いる。」
「俺が眠らせてやるよ!」
バンッ!!!
扉が開く音と同時にフレイが両者に溝落ちキックと溝落ちパンチを同時に喰らわせ、痛みと衝撃で気絶した。
「行けるぜ、トレトン!」
「ああ!」
月の光も照らされない新月の芝生の上を少年たちが走り出す。
ヴィーヴィーヴィー
遂に警報音が鳴り響く。
少年2人は気にせず壁を目指す。
「止まりなさい!!脱走者を確認。至急E館前に応援求む。」
「早急に応援を求む!脱走者2名が壁を直登!」
大勢の監視員が2人を追う。
「施設長!いらっしゃいましたか!!脱走者2名が壁の外を確認しています。」
「無理じゃよ。壁の外には出られんよ。焦らずとも良い。思い知っているんじゃろう」
「壁の外はさらに分厚く高い氷の壁があるんじゃ。氷を登る事など不可能!炎度を所持しようが時間がかかる。さあ!今確保するのじゃ!」
「まずい!監視員が壁を登ってくる!どうする?フレイの炎度でもこの状況を打破出来るか分からない!考えろ、炎度で氷を削りながら上がるか。いやそんな時間はない。何か方法は、何かないか、、、」
「まあそう焦んなよ!トレトン、足止めは出来るか?俺が溶かしてやるよ!」
コンクリートの壁を飛び降り、2つめの氷の壁の前に立った。
「無理だ!フレイでもどれだけ時間がかかるか!」
「………頼むぞ」フレイの口角が上がった。
「はぁ、分かったよ。足止めすれば良いんだろ、、、」
「任せた!」
【灼熱体】
フレイの全身が真紅に光る。眼前には空色の氷だけが広がり、触れた部分は溢れんばかりの水蒸気と焼ける音を発しながら溶けていく。強引に氷塊を歩き進めるフレイはまるで、熱した鉄塊の様である。
壁の中では氷が溶ける音を聞いた人々が目を丸くしていた。
「嘘じゃろ、、ありえん。炎を纏った身ではこれ程の音は出ぬぞ!監視員よ!早よ上にいる奴を捕えろ!其方、脱走者の心当たりは?」
「ご、ございません。新月で顔が影で覆われておりました、、、」
「監視員は何をしておった!!E館担当の監視員は1人残らず無法地帯送りじゃ!!!」
「施設長!監視員が次々と倒れていきます!あっ、あの脱走者1人の力で、、動ける監視員は残り僅かです、、、」
「なんじゃと!!!おい!貴様!そこの脱走者よ!聞け!ここを出ても貴様らの居場所など無い!!忌々しい事件の子孫めが!!!」
(僕に言っているのか?居場所がない?忌々しい事件?一体あいつは何を言っているんだ?)
フレイが分厚い鉄塊を溶かし切るのにおよそ3分。限界まで熱を全身に張り巡らせた。
「トレトン!終わったぞ!!お前も来い!!」
「嘘だろ!すぐ行く!!」
トレトンも壁を下った。
「トレトン、敵は?」
「もう動ける人はいないさ」
「ぶははは!あの数の監視員をか!すげぇよ!!」
「フレイ、施設長がよく分からない事を言っていたんだ。」
「あのじじいが?とりあえず外に出ようぜ!見てくれよ、トレトン!山のてっぺんだったんだぜ!ここは!!」
「何て、、綺麗なんだ、、、星が端まで見える、、、」
「ハッ!とにかく、今は逃げよう!山を下るぞ!水の音が聞こえたら教えてくれ!」
「水の音?なんでた?」
「川を下りたら人が住んでいる場所に辿り着くかもしれない。」
「おう!」
フレイとトレトンは山を下った。ただひたすらに脚を動かし続けた。何時間走り続けただろうか。朝日が登る。2人は下った。ただひたすらに、北へ下った。
日の光に慣れてきた頃、トレトンは水の音を聞いた。川を見つけたのだ。顔を洗い汗を軽く流す。
「フレイ、人里が見つかるかもしれない。さっき、弓矢が数本落ちていたんだ。誰かが狩りをしている証拠だ。」
「それと、施設長の言葉が引っかかったんだ。」
『貴様らの居場所など無い。忌々しい事件の子孫めが』
「忌々しい事件の子孫って俺らのことか?」
「僕はそうだと予想している。つまり、僕たちは収容されていたんだ。」
「事件の事は気になるけどよ、俺たちは一歩を踏み出したんだぜ!」
不安を抱えて僅かに歪んでいたトレトンの顔は、フレイの一言によって綻びを見せた。
「はははっ!そうだよ!踏み出したんだ!後少し、歩こうか!でも念の為顔はフードで隠しておこう。」
「おう!もう少しだぜ!」
再び2人は川に沿って歩き出した。
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