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転生させない…い

作者: 夜霧

別の短編集に投稿していた物を再投稿したものです。

 「ここどこだ?」

 

 辺りを見渡すと上下白一色でなにもなく、何故か雲の様なモコモコの上に立っている。

 

 「どこだ?」

 

 天国みたいだなと頭をよぎった。ドラマやアニメで似た場面があったような。うん、夢だな。こんなだだっ広くて人気がない場所なんてどこだって話だしな。夢なのは決定だとして、こんな何もない所だとアレコレを試せないじゃないか。

 

 

 ふむ。何もないとやる事がないな。夢診断をしようにも詳しくないし、そもそも夢の中でやる事なのかってね。結局、覚めるのを待つしかないのか。

 

 

 

 「聞こえるか、人の子よ」

 

 やる事がないから寝転がっていたら、不意に声がしてきた。風呂場の様な反響した低い声でだ。

 

 「はあ。あなたは誰でしょうか?」

 

 夢の中で会話するというのも変な気分だが、覚めるまでの暇つぶしと思えば。それにしても聞く限りだとオッサンじゃないか。どうせなら美女が良かったよ。

 

 「……悪かったな、女ではなくて」

 

 辺りを見渡しても姿かたちはなく、声だけが響いてくる。それも不機嫌な感じで。夢の中だから心を読む事もできる訳か。それだったら俺もそうしてくれよ。

 

 「夢ではない。ここは黄泉の国じゃ。加えてワシは神じゃ」

 

 そう言うと突然眩い光が辺りを満たした。ややあってゆっくり目を開けてみると、そこにはいかにもな人が立っていた。

 

 「なんとベタな」

 

 「これは分かりやすくお主の想像を真似たのじゃ」

 

 装飾の少ない白の貫頭衣に、ざんばら髪で髭がたっぷりとあり体型は中肉中背で。これぞ神様という姿格好だ。その姿を見た瞬間に目の前にいる方が神様だと自然に信じられる様になり、慌てて正座したのは仕方のない事だろう。

 

 「それで神様がわたくしめに一体何用でございましょうか」

 

 「……無理に言葉遣いを変えんでいい。普通にしなさい」

 

 「……はい」

 

 一瞬の逡巡の後、素直に頷く。断る理由がないからね。

 

 「先ほども言ったがここは黄泉の国じゃ」

 

 「黄泉の国ですか」

 

 何を言われたのか入ってこない。知識通りなら死後の世界って事になる。つまりは死んだ事になるわけで。死ぬ歳でもないし病気もしてなかったし、まして殺されたとも思えないしな。じゃあ、事故死か?

 

 「ある意味事故死じゃな。餅を詰まらせての窒息死じゃよ」

 

 「!?そんな物語みたいな。大体、あれってお年寄りに多い死因ですよね。俺って若いのにそれは無理があるのでは?」

 

 「今の容姿に思考が引っ張られているな。お主は享年83じゃ。寿命でも後10年ってとこじゃろうな」

 

 そう言うと一枚の鏡が目の前に下から出てきた。鏡の中の俺は髪の毛は白く薄く、顔には皺が多く所謂おじいちゃんだった。でも、疲れてるとか身体が痛いとかはなく、何より手が若々しい。

 

 「鏡の中は死んだ当時の姿で、立っている姿は一番気力溢れていた時じゃ」

 

 「……なるほど。それにしても死んだ記憶もですが、老人の頃の記憶もないのですが」

 

 「まあ、それはそうだろう」

 

 神様が言うには死んだ直後である事から、記憶の混濁があり老人の頃だけではなくて一生分の記憶が曖昧な状態らしい。最期の審判の時には記憶が定着するらしい。

 

 「それでお主にある提案をするつもりでここに連れて来たわけじゃが」

 

 「提案ですか?」

 

 神様からの提案なんて実質、命令と同義だと思う。だけど、命令なら問答無用で実行すればいいだけだし。

 

 「お主、異世界に転生せんか?」

 

 「あ、お断りします」

 

 「うむうむ。そうじゃろそうじゃろ。何しろ直々に提案する事なんて滅多にないんじゃからな。それでな」

 

 「お断りします」

 

 ペコリと一礼して辞退を申し出てみた。まだ記憶が戻ってないけど、最期に「いいえ」と言える人生でも良いじゃないか。寧ろ、神様相手に断りを入れるなんて誰にでも出来る事じゃないぞ。後で自慢出来るな。

 

 「えーーーーー。提案とは言ったが実質命令みたいなもんじゃよ。神からの提案を普通断るか? 断らんよね? 聞き間違いじゃよな!? ファンタジーの世界じゃよ?」

 

 顔を挙げると目を見開き、口を間抜けな位にあんぐりと開けていた。そこから捲し立てる様に先ほどの台詞だ。

 

 「いえ、それでもお断り致します」

 

 提案って事は、姿か記憶を持ち越す事になるだろう。そんなの苦労する未来しか見えない。それにファンタジーに惹かれないってのもあるな。

 

 「どうしても駄目か? 命令に変更しても駄目か?」

 

 「命令ならば従うしかないですが、記憶は持ち越さない様にして下さい」

 

 「記憶が重要なんじゃが。理由を聞いても」

 

 

 記憶があるって事は、達観して感情の起伏が少ない枯れた人生になるのはないだろうか。逆上がりが出来ても二度目だから当たり前に感じるだろう。前世の記憶が邪魔をして物覚えが悪くなるだろう。大人になるまでは心と体の不一致で苦労しかなく、大人になったらなったで価値観の上書きが出来なければ苦労しかない。とてもじゃないけど、楽しめる様にはならないだろう。そんなに器用ではないと思うから。

 

 ざっと思いつく事を羅列していったら、意思が固いと感じ取ったのか重い重い溜息を吐いて項垂れてしまった。神様のイメージが一気に崩れてしまった。まあ、良いほうにだけどね。親近感湧くなあ。

 

 「分かった。無理強いするつもりはないから転生はなしじゃ。……本当に駄目?」

 

 「おじいさんの恰好で上目遣いに言われても嬉しくもなんともないですよ。このまま今生を終わらせて下さい」

 

 「……分かった。では審判の場に送るとするか」

 

 そう言いながら手をかざすと光に包まれて意識が遠のいた。悪い事したかな。

 

 

 「……はあ。普通断るか!? 皆が憧れるファンタジーじゃぞ。ワシ、ショック」


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