貴様ら我を侮辱するか
とある建国祭で賑わう城内中央裁判所にて現聖女に対する不信任案に対する公開裁判が行われていた。
この国には魔力測定を一定年齢ごとに行いいちばん高い数値を出した乙女に聖女の役割が与えられる。
現聖女は歴代の中でも魔力が高くその高い魔力で空をかけ山をかけ海を乗り越えどこへでも声をあげれば来てくれるフットワークの軽さと多くの人を助けたいと薬学、地学、民族学など幅広く学んでおり病院や学校、銀行の運営改革など行いその功績に驕らず常に謙信と慈悲を体現したような乙女であった。
国民からの支持も厚くまた彼女も国民を心から愛していた。
発端は数年前に遡る
長きに渡る親愛国でもあった魔皇帝国がこの国の女性を誘拐し薬漬けにした状態で無惨に殺され帰ってこないという噂から始まり輸入品に粗悪品が混ざっていたり危険爆薬の表記なく輸送され事故を起こし出した何より武装した下級魔族が村を襲い続けたのだ。
数回にわたる首脳会議で魔皇帝はそれぞれ否定し戦争へと発展した。
しかし話を聞き駆けつけた我が国の平和の象徴である現聖女が魔皇帝と勝負し戦闘期間中及び勝敗が決した後の話し合いまで互いに手を出さないということで話がまとまった。
ところがその聖女は行方不明。
聖女への公的資金の嵩増しされた報告書や輸送爆発事故への以上な対応の速さや下級魔族出現時に現場付近に続けて向かっていたことから聖女の自作自演、更には違法薬物実験への関与が疑われているのだ。
声高々とことの詳細を歌うようにスラスラと読み上げるフェルナンダ侯爵は煌びやかな宝石と金糸の刺繍を散りばめられた水色のコートに幾重にも施されたレースを長々と垂らしている。
元々大きな商家であり派手な方ではあったが近年ますます高額なことがひと目でわかるような服を身につけている。
「現聖女の監督先である教会の長である教皇、主の意見を聞きたい。」
中央の裁判長が口を開く前に声を上げたのはこの国の王太子であり現聖女の婚約者である彼は公式の場であるにも関わらず足を組み肘置きに手を付き頬杖を聞いている。
「はい。恐れ多くも現聖女は教会内部の経理についても改ざんをしていたという疑惑が出ております。」
教皇の手には金・銀様々な指輪が嵌められており胸元に輝くロザリオは貴重な宝石が大小さまざまに飾り立てられ鎖は粒ぞろいの真珠が連なっている。
3人が目配せしあいニヤリとした笑みをそれぞれに隠す。
中央の裁判長は木筒を大きく鳴らす。
「では此度の不信任案はこれらの証言を持って可ー・・・」
「貴様ら我を侮辱するか」
バリンとけたたましい音と共に城内中央裁判長の天井スタンドグラスがいっせいに割れ人々の元へと降り注ぐ。
「おやめ下さいっ!!聖女の慈悲!!」
降り注ぐガラスから人々を守るように光の粒子が大きな傘のように広がりそれに触れたガラスは光の傘の外へ転がり落ちていく。
「せっ聖女様だ」
傍観席にいた民衆の声に一斉に視線が注がれるその先には血を流し両目を伏せたまま肩で息をするボロボロの聖女がいた。
そしてその傍らには黒い羽を広げた魔皇帝は長い髪をなびかせ力尽きて落ちそうになる聖女の腰を掴みその身に収めた。
魔皇帝は聖女の顔を覗き込み安堵したような顔をすると眉間に深いシワを刻み般若のような顔で審議台に座るそれぞれを睨みつける。
「貴様らはそんなに力も弱いくせに良くもまぁこんな茶番を企むものよ。」
地の底から湧き出るような怒りに満ちた声にその場にいた全員がヒュっと息を飲む。
「我は聖女を嫁にくれと言っただけなのになぜたたかうことになっておるのだ。しかも我の元に来た時にはこの通り虫の息であったぞ。」
腰に抱いていた聖女の顔をよく見えるようグイッと持ち上げるとその顔色は土色をしており目を伏せているように見えていたが何度まぶたを縫い付けられていたのだ。
胸元には深い切傷が幾重にもあり法衣がボロボロになった隙間から焼印や槍傷なども見える。
魔族は魔法で攻撃するため負ける時は無傷に眠るような死に顔をするものだというのはこの国の常識だがこれではまるで人間にやられた傷だ。
「ダークリワインド」
魔皇帝が唱えると聖女の体を黒い炎が包み綺麗な状態の彼女特有の青く光る目が開かれた聖女が現れた。
魔力保有者の瞳はその強さにより光ることもあるが現聖女の魔力は桁違いに強いため強く光り輝くのだ。
そしてその光で空間に魔法陣を描くことがあるため魔封じに目を縫い付けられていたのだろう。
「我の時戻しの術がなければ死んでいたぞ。」
「あなたが我が愛する国民へガラスの雨を注ぐからです。」
見つめ合い頬を染めながら親しげに会話するふたりを傍観席に集まった聴衆は驚き裁判台の3人は震えながらみていた。
「裁判官。なぜ被告人への徴収無くして裁判が行われたのかしら。これは建国憲章違反ではありませんか。」
いつもの優しく慈愛に満ちた声に怒気を孕む声に裁判官はたじろぎながら答える
「聖女様は魔皇帝討伐の前日から行方不明になったと教皇から届出が出ておりましたので。」
「ほう。おかしいなぁ我が麗しの聖女を我の元に送ったのは間違いなく教皇の発動させた術式であったが。」
魔皇帝が裁判台中央の真実の水晶に手を当てる。
真実の水晶はいつ如何なる者でも嘘を言えば赤く光る裁判所に必ず置いてある魔道具だ。
この国の裁判では被告人が生きている場合は必ずこの水晶に触れながら裁判が行われるのだ。
「この水晶が赤く光るまで証言を続けてやろう。我が麗しの聖女の罪を晴らすためだ。」
「私もその水晶に触れましょう。すこしでもごまかそうとすればわたしの魔力は澱み反応するでしょう。」
「我が聖女の迎えに国境付近で待っていた時そこな教皇の纏う魔力の巨大魔法陣が出現し先程の状態の聖女が出てきたのだ。不可侵を約束していたため心苦しかったが国境付近まで這って向かってもらい先程と同じく時戻しの術で聖女の体を癒し栄養失調で弱っていた体を今まで癒しておったのだ。」
「向かう前日に教皇と上皇に呼ばれ私の体に爆薬を埋め込もうと痛め付けられたのです。私の魔力は人に攻撃魔法はできないので切り刻まれ槍で腹部を切り開かれてしまいましたの。爆薬を積まれた場所には再生魔法が効かないよう焼印も押されましたわね。」
聴衆がヒィと息を飲む。
現聖女はその力の大きさから愛する国民が恐れを抱かないようにと皆の前で契約魔法を自身に施したのだ。
自分たちのためにしてくれたことのためにそのような無惨なことになったとすすり泣き出す人々もいた。
「これがその爆薬であるがなぁ。なぜか輸入品爆破事故の爆薬と同じ配合なのだよ。皆も知るとおり爆薬は1度に大量な作らなければその配合に誤差が生じるが全く同じなのだ。我の国の爆薬だと言われたものを何故か教皇が持っておったのだ。」
裁判官が教皇のそばに控える役員に合図を出し教皇の手に水晶が押し当てられると真っ赤に発光した。
「真実は明かされた。拘束せよ。」
裁判長が言い終わると役人は教皇をがんじがらめに拘束し地面に取り押さえた。水晶を手に押し付けるように固定し何かあればすぐ発光が分かるようにされる。
「私が下級魔族出現時に現場近くにいたと言われましたがそれはフェルナンダ侯爵からの要請で結界と祝詞を上げるためでした。」
フェルナンダ侯爵のそばの役人が素早く彼の手に水晶を押さえつけると発光し始めた。
「下級魔族へヒールをかけると行方不明になっていた女性だったのです。」
聴衆はいっきにざわめいた。中には膝から倒れ込む人もいた。
「我も独自に下級魔族と呼ばれるものに時戻しの術をかけたが同じだった。彼女らは国へ帰れば家族諸共殺されると怯えきっていたので手厚く保護させていただいている。」
「療養中にお会いしましたが行方不明リストに入っている方々で間違いないです。」
聖女が確認した女性たちの名前を声高に言い始めた。その数76名。行方不明リストにはあと16名いたが行方不明になった人の半分以上は保護されている。
その事実に聴衆は沸き立つ。
「そして残り16名。あなたの屋敷の地下で発見されましたわ。フェルナンダ侯爵。」
魔皇帝が漆黒の幕を天井に貼り聖女が光魔法で投影する。
そこには魔皇帝の側近達が彼女たちに水や毛布を配っている姿が移される。
聖女様特有の髪の毛が画面の端に見えるので聖女の見たものそのものを写しているのだ。
その中の1人に焦点が移る。
薬のようなものを貪り食べる一人の女性だ。
やせ細り目はせりでており深いクマに痩せこけたほほに爪の剥がれた手で首を必死に引っ掻くと下級魔族特有の黒い樹木のような肌が迫り出し金切り声とともに残りの皮膚を剥がすように変身した。
側近が4人がかりで押さえつけ時戻しの術をかけると痩せてはいるが無傷の女性に戻るとそこで映像は切れた。
「先程の薬は非常に強い中毒性があり表向きは禁止薬物として存在すらも秘匿されたものです。私は聖女ですので国家機密レベルの毒薬にも精通しておりましたので分析することが出来ました。」
そこで一呼吸おいて王太子をきっと睨みつける。
「あの薬は王家しか持ち得ないものです。どういうことでしょうか。」
裁判官が合図を送り王太子の席に役員が突入しその手に水晶を押し当てる。
「行方不明になった子の中にあなたの寵愛を受けた方々が揃っておいででしたの。どういうことでしょうかね。」
「私が薬を流すわけなかろう!私が愛するのはお前だけだ!」
聖女に詰められた王太子は吠えるが少しの陰りもなく真っ赤に光る水晶は全て嘘だと物語る。
瞬間国民から怒号の声や避難の声が響き建物が揺れるほどだった。
未婚の男女が婚約者以外に気持ちを渡すだけでも非常識なのに何人もの女性の心を弄び薬漬けにし魔族にてしまったのだ。
国民に愛される聖女と婚約していたのにも関わらず、だ。
喧騒を一掃するように魔皇帝がバサりと羽をはためかせるとし・・・んと静まり返った。
「聖女が嵩増ししたなど言うておるがな。彼女は法衣しか身につけずその法衣も先代方のお古ぞ。」
「聖女は慎ましく祈りを捧げ我が愛する国民へ祝詞を捧げよと教会の教えですわ。」
「聖女は傷を受ける前から栄養失調で弱りきっていたがその魔力は絶大だった。まさに奇跡の力だな。」
人々は聖女に捧げものをした際必ず飢えている人に代わりに与えていいか聞かれといたし実際に与えていたことを思い出した。
それに宝石などをつけていることなどどんな式典であろうとも見たことがなかった。
歴代聖女は飾り立てられ華やかな化粧をまとっていたのにむしろ近台の聖女は地味だと言われていたのだ。
「ここに聖女の無実と真の悪が証明なされた。王族が絡んだ事件であるため調査は騎士団と裁判員の合同調査で行い捌くものとする。異論あるものは拍手を」
しんと静まり聴衆が王族へどれほどの不信感を抱いてるかあらわになった。
「今宵の裁判はこれにて閉廷する。魔皇帝並びに聖女へ協力への感謝を送る」
異例の言葉に一瞬静まり返った聴衆は次々に帽子を脱ぎ膝をおり頭を下げる。
「改めて言うが我は聖女を我妻として迎え入れる。故に我妻が愛する者達は我の愛する者達だ。それを害することなどしない。我をぶじょくするな。」
声高に宣言し聖女が彼に抱かれたまま祝詞を唱えると国全体に光の粒が降り注いだ。
笑顔になった聴衆を見てにっこりと微笑み魔皇帝と共にするりと消えた。
宣言通り第三者の手で一斉捜査が行われ王家と教皇並びに貴族の癒着と不正が明らかになった。
王家は解散し民主に政権が渡った。
貴族の中で支持の声が高かった辺境伯に政治的代表を務めてもらい投票や議論会など民が参加しやすい政治へと変わっていった。
そして魔皇帝の元に嫁いだ聖女は国境関係なく戦や飢餓が起こればはせ参じ土地や人々を癒しその豊富な知識を授け続けた。魔皇帝はそんな彼女の手となり足となり支え続けた。
2人は子宝に恵まれその力が尽きるまで共に世界を周り最後は寄り添うように隠居生活を楽しんだ。