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第9話 邂逅 その8

 三人はローザの両親とジーンに手を振って町にくり出した。ローザの家から少し先に雑貨屋や菓子屋が並んでいる。新しい雑貨屋には聞いていた通り可愛いものばかり並んでいて夢中で見て回るうち、花をかたどった小さな髪飾りに目がとまった。


「うーん、これもこっちもほしいなあ。ああ、でもお小遣いが足りないわ」

リュシェンヌが悩まし気にうなっているので、マリが笑いながら言う。

「急いで買うことはないわよ。お小遣いがたまったらまた来ればいいし」

「そうそう、他の店も見てみましょうよ」


 三人は商店街をゆっくり歩いてそれぞれの店の窓越しに中をのぞいたり、菓子を買って立ち食いしたり、たくさんおしゃべりをして笑いあった。通りのはずれまで来た時、マリがため息をついてこう言った。

「いつまでもこうしていたいけれど、そろそろ帰る時間だわね。家の手伝いをしなくちゃ」

「そうね、私も」

リュシェンヌもアンナが心配しているだろうと考えて同意した。


「アンナ、帰りの道はわかるかしら?わかりやすい所まで送るわ」

「ほら、こっちへまっすぐ進むと塾の脇の道に出るのよ。そこまで行けば大丈夫ね?」

「大丈夫よ。今日は本当にありがとう。ジーンによろしくね。また来週」

 家に戻る二人と手を振って別れ、リュシェンヌは帰り道を急いだ。今までにないほど楽しくてしかたがない。

(本当にすばらしい日だったわ。私きっと忘れないわ。近いうちにまた行けるといいな)


 もう少しで塾の近くだと思ったその時、脇道からいきなり大きな黒い犬が現れたので、リュシェンヌはびっくりして立ち止まってしまった。野良犬で腹を空かせているのか、リュシェンヌに向かって牙をむきだしてうなってくる。彼女が持っているものが食べ物だと匂いでわかったらしい。


「ど、どうしよう。どうしたらいいの」

リュシェンヌは犬から目が離せず、おろおろとパンの包みを胸に抱え込んでしまう。犬に向かって投げてやることも思い浮かばなかった。

犬のうなり声はますます大きくなり、とうとう大きく吠えて飛びかかってきそうになった。

「わあっ!」

リュシェンヌはたまらず目をつむってその場にしゃがみこんでしまった。

「ギャン!!」

大きな悲鳴が聞こえ、犬は走り去っていったようだ。震えながらおそるおそる見上げたリュシェンヌの目に飛び込んできたのは、こちらに背を向け短い棒を持ったフェリクスの姿だった。


「フェリクス…なんでこんなところに…」

フェリクスは棒を投げ捨てると不機嫌そうな声をあげる。

「そっちこそ、気をつけろ。犬をなぐってしまったじゃないか」

リュシェンヌより犬の方が大事だと聞こえる言葉に思わずむかついたが、懸命に気持ちを抑えて立ち上がった。


「あの…フェリクス、助けてくれてありがとう。パンを持っていたので狙われたのね」

「パンなんか投げ捨ててしまえばよかったんだ」

「ローザの家のパンなのよ。大事なものなんだから!」

「ローザの?」

これ以上話すと喧嘩になりそうな気がしたので、リュシェンヌはあわててもう一度礼を言う。

「ええ、そう。とにかく今日はありがとう。あなたにも怪我がなくて良かった。私こっちだから行くわね」

リュシェンヌはフェリクスとこんなに長く話したのは初めてだと気が付いて今さらながらびっくりした。


「あの…これ今日のお礼にあげるわ。本当においしいパン屋さんなのよ」

「えっ…」

パンの包みを押し付けられたフェリクスの顔から表情が抜け落ちてしまったようだ。リュシェンヌは無理やりパンをフェリクスに持たせると、アンナの待つ家のほうに走りだした。

あとに残されたフェリクスがどんな顔をしているかなど考えもしなかった。



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