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第6話 邂逅 その5

 私塾はその家からほんの少し先ではあったが、リュシェンヌが一人で道を歩くのは初めてなのでさすがに心細さを感じざるをえなかった。だがすぐに抑えきれない好奇心が彼女の不安を払しょくする。町の家々も路地も物珍しく、店からは食べ物のおいしそうな匂いがして、客を呼び込む威勢のいい声が響く。広い道を馬に乗った兵士が行きすぎ、客を乗せた馬車が通る。子供たちは元気に駆け回り、母親は危ないと声を張り上げる。自分の屋敷の近くでは見られない市民の暮らしぶりと活気にすっかり飲み込まれて、気分が高揚してくるのがわかる。


「なんて素晴らしいの…お父さまに感謝するわ」


 私塾は小ぶりな一軒家で、小さな前庭に様々な草木と花が植えられている。リュシェンヌが夏の暑い時期に連れて行ってもらう田舎の家のようだった。


「おはようございます」

戸を開けて挨拶すると、そこは広い部屋で塾頭と思われる男性が立っていた。早めに出てきたおかげで、幸い他の子供たちはまだ来ていないようだ。

「おや、おはよう。あなたが…リード侯爵家のお嬢様…」

「はい。初めまして、リュシェンヌ・リードでございます。縁あってこちらにお世話になることになりました。これからよろしくお願いいたします。先生、初めてお会いしてすぐに図々しいお願いではありますが、私はここではアンナと呼んでほしいのです」

リュシェンヌは誰も来ないうちにと一気にしゃべった。


「ほう、それはどうして」

「私は他のみんなと対等でありたいのです。そのために付き添いも途中で置いてきました。せっかくの機会ですから、他の人たちにはありのままの私を見てもらいたいのです。学園に入るまでの短い間を大切に過ごしたいのです」


 バルトは何も言わずにリュシェンヌをじっと見つめる。

「お嬢様なんて呼ばれたら距離をおかれてしまいます。勝手な言い分だということはわかっていますが、できれば友達と喧嘩をしたり、笑いあったりして過ごしたい。私には今だけなのです。お願いします、先生」


 リュシェンヌは荷物を胸に抱えて頭を下げた。なんとしてもここではアンナでいたかった。


「わかった。顔を上げなさい、アンナ」

「ありがとうございます!」

バルトの口元が楽しそうにゆがむ。


「特別扱いはしないし、話し方も他の子たちと同じようにする。彼らが何か君に失礼なことをしても一切かばうこともしない。いいね」

「はい!」

「ではアンナ、ここが君の席だ。今日からあなたの父親に終わりと言われるまで使う机だ。大切にしなさい」

「わかりました」


 リュシェンヌが席に着いたところへ、賑やかに少年たちが現れた。

「おはよう!バルト先生」

「おはようございまあす」

「あれ!この子だれだ?初めて見る顔だな」

「アンナという。ここではお前たちが先輩なのだからいろいろと教えてあげるように」


 大柄でそばかすがいっぱいの元気な少年がうれしそうに笑って言う。

「おお!女の子は少ないからうれしいな。俺ハンス。よろしく!」

「俺はトマス、14歳だよ。君はいくつ?」

トマスは少し太り気味のおとなしそうな少年だ。

「よろしく。私は10歳になったところよ」

「へえ~妹と同じか。でも君のほうがずっとしっかりしていそうだ」

「ちょっと生意気な感じだけど悪い子ではなさそうだな」


 3人目の小柄な少年は、ルキという名前だと恥ずかしそうに名乗った。

彼らががやがやとしゃべったり、リュシェンヌに話しかけたりしている間に、もう一人少年が部屋に入ってきてボソッと挨拶する。


「おはよう」

「おお、フェリクス、新入りだぜ。アンナだって」

「はじめまして。よろしくね」


 彼に顔を向けてにこやかに挨拶したリュシェンヌに対し、彼はほとんど無表情だった。赤みがかった髪の整った顔立ちの少年で、瞳は青灰色。何も言わずに軽く頷いただけで挨拶をすませる。

リュシェンヌはちょっとむかついた。


「あ~、アンナ、フェリクスは人見知りなんだよ。気にするな」

ハンスがなだめるように言った。

「ふーん」


 そのうちリュシェンヌより少し年上らしい少女たちがふたり入って来たので、リュシェンヌの気持ちはすっかりそちらに移ってフェリクスのことも眼中になくなった。女の子同士あっという間に仲良くなり、リュシェンヌを含め全部で7人の子供たちがそろい、授業が始まった。



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