外伝 海賊男爵の独り言
アーチボルトに引き続き、男爵のお話です。
親父は貴族とは名ばかりのろくでなしだったよ。片田舎の貧乏男爵家の長男に生まれた親父は俺が物心ついたころには大酒飲みで、少しでも金があるとすぐに酒につぎこむような奴だった。だから母親はしなくてもいい苦労ばかりで、俺と妹を産んだあとすぐに死んじまった。妹はまだ小さかったから、それでなくても酒飲みの親父に育てられるわけがない。俺と妹を育ててくれたのは母方の爺さんだ。
マクラレン家の領地はほんの小さなもので残念ながら耕作地には向いていない。その代わり海に面していた。もちろん首都ハマーショルドのような良港があるわけではなく、切り立った崖の間にほんの少しの浜がある船乗り泣かせの港だ。だが、それが大昔からこの辺りの男たちを海へと向かわせる理由でもあった。痩せた土地柄で農作物には期待できない。勢い海に頼って生活せざるを得ない。
沖合には小島が点々とあって、小さな舟が隠れるには絶好の場所になっていた。男たちは巧みに舟を操って、漁はもちろんのこと、時代が進むと他領との戦いにも舟を利用するようになった。山地を行くよりすばやく敵を襲ってすぐに撤退できるからな。大きな声では言えないがその頃は他領の商船を襲って金品を奪うような稼ぎも珍しくなかったらしい。
そんな土地で力をつけて領地持ちになったのが、マクラレンの先祖だったというわけだ。昔は羽振りがよかったらしい。ただなあ、海の男っていうのは気は荒いし移り気でな。それに上に立つ者がよほどの腕を持っていないと言う事なんぞ聞きはしない。せっかく舟という最高の手段を持ちながら、ジリ貧になったのはそういうことなんだろうな。
爺さんは船乗りたちの頭領だった。ろくでなしの親父も若いころは爺さんの腕に惚れ込んでいたらしい。平民であることは百も承知でその娘を嫁にしたくらいだからな。まあ、貧乏男爵家に嫁に来てくれるような貴族の令嬢もいないってことかもしれないが。だがもともと気が小さい親父は酒の力を借りているうちに、どんどん酒に溺れるようになっていったという訳だ。
爺さんは無口で愛想もなかったが、俺には船乗りとして一人前になれるようすべてを叩きこんでくれた。おかげで10代半ばのころにはそこらの船乗りたちに侮られることもなくなっていた。ちょうどその頃、親父がころっと死んじまった。酔っぱらって道端で寝込んでそのままという、親父らしいろくでもない死に方だったよ。俺も妹も何の感情も起きなかった。俺は男爵家を継ぐ気は全くなくて、こんな家つぶれてしまえばいいと思っていたんだが、爺さんが継げと言ったんだ。嫌がった俺に妹を嫁に出すまでは男爵でいろと言いやがった。吹けば飛ぶような家名でも一応貴族の端くれだ。何も残さなかった親父からのただ一つの遺産なんだから、せいぜい利用してやれと。爺さんにとっては可愛い娘に苦労だけをかけて早死にさせた親父だ。いろいろと思うところも言いたいこともあっただろうが、俺たちには何も愚痴をこぼさなかった。
妹のことを言われたら仕方ない。俺はできる限りの借金をして高速で航海のできる船を造った。かなり無茶もしたが、あちこちから荷を運んで働き続けた。最初は爺さんの伝手で船乗りたちを集めたが、そのうち俺の名前が売れて腕のいい船乗りたちが集まるようになると、さらにいい稼ぎになった。
俺も妹も貴族としての教育など受けていなかったが、幸い妹は明るくて気立てのいい娘に育った。隣の領主で男爵家の息子が妹に求婚してくれて、その家族にも気に入られて嫁に行った。こちらも一応男爵だし、船乗り稼業で稼いでいたから嫁入り支度もしてやれた。爺さんの言う通りだったさ。妹は嫁いでからあちらの義母にいろいろと教わって、3人も子を産んで今ではりっぱな男爵夫人だ。爺さんも安心したのか、妹が嫁いで3年後に大往生を遂げた。
俺は船から降りなかった。船は妹を嫁に出すまでの稼ぐ手段だったはずが、その必要がなくなってからも降りられなかった。領地経営は優秀な家来に任せると、何度か船を造り変え、他の大陸まで行ってもまだ何かを探している。周りは俺の女性遍歴を取りざたしてくるが、それだけでは満たされない何かを俺は探していたんだ。そしてやっと俺の探していたもの、海よりも魂を揺さぶられるものが見つかった。
俺はリュシェンヌ嬢に惹かれた。これは認めざるを得ない。だがそれ以上にカイル殿下を気に入った。殿下がリュシェンヌ嬢を思っているのはすぐにわかったから、俺の出る幕などない。俺は今まで通り船を操って商売と同時に色々な話のタネを仕入れてくれば、彼らの役にも立つというものだ。それだけの話だった。
まさか王家の三男坊が船乗りになりたがるとは。確かに小さなころからどこが気に入ったのか、しょっちゅう俺の船に遊びに来ていた。少し大きくなると航海に連れて行けと言う。親の許しを得てこいと言えば、本当に交渉して親(つまり国王!)からのよろしく頼むと言う手紙まで持ってくる。こんな破天荒な王子ではお付きの連中は大変だったろう。
さらにまさかが続く。なんと俺の養子になると、男爵になって船乗りになると言い出した。さすがによく考えろと言ったさ。変わり者だが王子は王子だ。領地もろくにない男爵家で我慢できるわけがない。だが両親を説得しやがった。俺の息子になると、あっという間に俺に追い付き追い越していった。
吹けば飛ぶようなマクラレン男爵の家が俺の後も続くとは思っていなかった。ましてあの二人の間に生まれた子が、俺の息子になるなんて。ああ、夢のようだ。独り身をつらぬいてそのまま死んでいくと思っていた俺が、こんな幸せでいいのか。俺は絶対言わないけどな。そう思っていることはあの二人にはお見通しらしい。たまに会うと、あいつら何もかもわかっているような顔つきでしれっと言うのさ。
「男爵、何かおもしろい話はありませんか」ってな。
このお話をもってガイヤード王国物語は完結いたします。
これは夢で見た一場面から前後を想像して書き進めたものです。
サブタイトルの「一隅の光」は「一隅を照らす、これ即ち国宝なり」という天台宗の開祖、最澄の言葉からいただきました。登場人物がそれぞれの居場所で精いっぱい生きていく、そんな物語にしたかったので。
初めて書いた小説で拙いものではありますが、思い入れは強かったので書き直して再投稿しました。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。




