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第54話 栄光 その8

本編最終話です。

 翌日、王宮での舞踏会が一連の儀式の最後に控えていた。舞踏会の開かれる城の大広間には、揃いの衣装を身につけた楽団員が準備をしており、数多くの着飾った招待客たちが会場に溢れて笑いさざめいていた。次々に到着する客の名前が呼ばれ、さらに皆の気分が明るく華やかさを増してくる。その中には諸国の使節たちもいて、お互いに挨拶したり情報の交換をしたり忙しい。彼らは一様に煌びやかな衣装をまとった若い令嬢を同伴していて、彼女たちはそれとなく意識しあい、牽制しあっているようだった。アーチボルトはその様子を壇上の幕の後ろから眺めていたが、表情に何の変化も見られなかった。


 客が揃ったところで侍従が壇上に現れ、ざわめいていた会場がぴたりと静まり返る。

「両陛下のお出ましでございます」


 カイルがリュシェンヌと共に奥から現れ、出席者の視線が吸い寄せられる。カイルは将校としての漆黒に金の縁取りの晩餐服を着用していた。飾りの釦には深い緑色の宝石が用いられている。リュシェンヌの優美な正装の襟元や裾には曲線や草木を象る金色の刺繍が施されていた。そしてその胸元には青灰色の宝石が輝いている。二人がお互いの瞳の色を身につけていることがはっきりとわかる装いで、これほど彼らの気持ちを表したものはなかった。そこにいる全員が揃って二人に最上級の礼をする。


 広間中央までカイルとリュシェンヌが進み、そこで向かい合う。優雅に礼をしたところで、楽団が音楽の演奏を始めた。新しい国王夫妻のダンスが始まると、そこここからため息が聞こえてきた。カイルもリュシェンヌも社交界にはほとんど姿を見せなかったため、二人のダンスを見るのは皆今日が初めてだった。何事かを話しながら、見つめあって笑顔を交わす二人は、他の者などいないかのように迷いのない足取りだった。最初の曲を踊り終わると一斉に大きな拍手が送られる。二人は主だった客のいるところへ進み、他の客にも踊るように促した。客たちがようやく夢からさめたように踊りの輪に入る。


 アーチボルトが部屋の隅からその様子を眺めていると、隣に立った年配の紳士が話しかけてきた。

「アーチボルト・ダガード、君も今回は色々と大変だったね」

「これは…!内務大臣閣下。気がつきませんで、失礼いたしました」

「元…だよ。気にするな。今日はお互い遠慮なく話せる機会だと思おう」

「はい…恐れ入ります」

しばらく黙ってアーチボルトの顔を眺めたあと、彼は苦笑いして尋ねてきた。

「戴冠式は以前から決まっていたが、そこに結婚式をねじ込んできたのは陛下御自身か?またずいぶんと急いだものだな」

アーチボルトも思わず困ったような顔つきになる。

「まあ…閣下もご存知のとおり、陛下には降るような縁談が持ち込まれておりましたので。今もご覧の通り、各国のご令嬢が何人もいらっしゃいます。皆さまあわよくばと着飾っておられますが、陛下の目には入っておりませんでしょう。ただ女性に囲まれて王妃様に嫌な思いをさせたくないというお考えで、立場をはっきりさせたかったのだと思いますよ」


 彼は目を丸くしてカイルたちの方を見ていたが、こちらを振り返ると顔をくしゃくしゃにして笑い出した。

「ハッ!…国を救った英雄が…ただ一人の令嬢のためにか!そのためにこんな、くそ忙しい思いを皆にさせたのか!」

これほどの高い身分があり、謹厳実直で知られる彼が大声で大変愉快そうに笑いだしたので、周りの客らが驚いていた。アーチボルトも心から笑えることに大層幸せを感じたのだった。


 カイルの治世下でガイヤードは更に発展した。彼が目指したのは、国民が自分の心の闇に負けない不屈の精神、克己の精神を養うことだった。さらに各国との関係性を深め、交易と産業に力を入れた。アガーラと西ヴストラントの王子たちを受け入れたのを始めとして、各国からの留学生を受け入れ、更にガイヤードからも他国に学ぶ者を増やしていった。


 リュシェンヌもただお飾りの王妃ではなく、自分が名誉総裁を務める福祉、教育、医療の分野に特に力を入れた。特に教育に関しては、歴史ある「学園」の更なる改革を進め、また市民が学ぶ学校制度もより学びやすくするために学費を軽減し、国民が皆教育を受けることができるようにした。それらの財源を得るために、なお一層産業の発展にも力が入る。ただ、その過程で二人はかなりの頻度で激しい議論を繰り広げるので、周りはその都度ハラハラさせられた。しかし方針が決定すれば何事もなかったかのように、穏やかな夫婦に戻るのがわかってからは、誰も心配しなくなった。


 カイルとリュシェンヌは三男一女に恵まれた。長男はもちろん王太子としての教育を受けて育ち、次男はその補佐として特に外交に力を入れる。二人とも若いころから他国からの学生たちと切磋琢磨し、また他国を訪問して視野を広げてきた。


 長子である王女は学園に留学していたアガーラの王太子と幼馴染のように育った。彼が卒業して帰国した後はずっと文通を続け、お互いにゆっくりと愛情を育んできた。彼が国王となった際、縁談が申し込まれたのだ。多少年の差があり、相手の国もさほど豊かではないことから反対する者も多かったが、彼女は無理に押し切らずに根気よく説得にあたっている。18歳になった時、彼女は皆から祝福されてアガーラへ嫁いでいった。結婚後は王妃として夫を助け、アガーラの教育、殖産興業に力を入れ、ガイヤードから技術者を招いて農産物の増産にも取り組んだ。鉱物資源だけに頼らない、しっかりとした国づくりを目指したのだ。特に高地で栽培される茶が有名になり、後には国の名産品として輸出されるまでになる。鎖国状態だったアガーラは徐々に他国との関係性を強めていくようになった。


 そして末っ子の三男は、子供のころから王家の枠にはまり切れない王子だった。両親の友として長年付き合いのあるマクラレン男爵と一緒に他の国へと何度も船で海を渡った。ついに両親に懇願して臣籍降下し、男爵の養子となって二代目海賊男爵とまで呼ばれるようになる。


 カイルは50歳を過ぎたとき、長男である王太子に位を譲り大公となった。これはかなり以前からリュシェンヌと話し合って決めたことであった。自分は若いころから否応なく国事に巻き込まれ、自身の自由な時間など持つこともできなかった。余生はリュシェンヌと共に自由にゆっくりと過ごしたいと願っていたのだ。末息子である男爵の操る船に二人は乗って、若いころに夢見た他の大陸へと渡り、全くの私的な旅行を楽しんだ。首都近郊の静かな田舎町に小さな離宮を建て、庭で薬草を育て、古い友人を招いてのんびりとお茶を楽しむ。そんな時話題になるのは決まってあの小さな塾のことだった。何度語り合っても思い出に限りはない。


 60代半ばでカイルが亡くなった時も、最後まで病床でリュシェンヌと昔話をしていた。葬儀は大げさにするなとの遺言ではあったが、英雄の死に国中が喪に服し、悲しみに沈む。


 リュシェンヌは激動の半生を共にしたカイルの死から5年後、彼のもとへと静かに旅立った。


 二人は教会の墓地に並んで眠っている。永遠の恋人として。





これにて本編は完結、番外編を続いてお送りする予定です。

お付き合いくださりありがとうございました。

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