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第53話 栄光 その7

二人の結婚式のお話です。

 結婚式が始まるまであまり時間がない。リュシェンヌは慌ただしく城内に戻り、また着せ替え人形の気分を味わうことになった。

「リュシェンヌ様、今のうちに少し召し上がっておいてください。お式の後はお披露目が控えておりますから、お腹がすいて倒れてしまいますよ」

ノアが女官たちの隙をついて小さく切ったパンやお菓子を口に入れてくれた。

「んん…ありがとう、ノア」

口をモグモグ動かすと、女官長が呆れて苦情を言う。

「化粧がとれてしまいますから、そのくらいになさってください。それにあまり召し上ってはせっかくの御召し物の優美な線が崩れてしまいます」

「はい…ごめんなさい」


 若い女官や侍女たちがこらえ切れずにクスクス笑っているのが聞こえて、自分の緊張感が足りないのかしらと妙なことを考えていた時、扉の向こうからアーチボルトの声が聞こえた。


「国王陛下がお見えになります」

女官たちが壁際に下がり、ノアら護衛の女兵士も少し離れた位置に立つ。女官長が扉を開けるとカイルとアーチボルトが入ってきた。カイルは純白の衣装に身をつつみ、それが彼の黒髪によく似合っている。立ち止まってリュシェンヌの、こちらも純白のドレス姿をじっと見つめてきた。何か恥ずかしくなって、どうかしらと尋ねようとした時、カイルがリュシェンヌの前に跪いた。そしてその瞳を真っすぐこちらに向けて言う。


「リュシェンヌ・リード侯爵令嬢、この結婚によってあなたに苦難の道を歩ませることになるかもしれない。それでもあなた以外に私の生涯の伴侶はいない。私と結婚してくださいますか」

初めての正式な求婚の申し出だった。あの頃と変わらない青灰色の瞳に自分の姿が映っている。リュシェンヌは手を差し伸べて答える。

「私は常にあなたと共にあります」

カイルはその手に唇を落とすと、立ち上がって口づけをしようとする。その時後ろに立っていたアーチボルトがわざとらしく咳払いをしてきた。


「陛下、まだ早いですよ」

「相変わらず無粋な奴だな。目をつぶっていろ」

「これだけ周りに人が多くては、それも無理でしょう」

気づくと若い女官や侍女たちは顔を真っ赤にして足元や斜め上を見たりしていた。リュシェンヌもさすがに恥ずかしくなって、また後でとカイルに言い、カイルはアーチボルトに追い立てられるように出て行った。リュシェンヌも女官長に促され教会へ向かう。


 つい先ほど戴冠式が行われた教会は短い時間で結婚式の準備が完了していた。明るい日差しがさし込む祭壇には数多くの花が飾られ、美しい織物がそこここに結ばれて柔らかい雰囲気になっている。リュシェンヌは父に腕を預け、入り口に立った。父がポンポンと腕を叩いて緊張をほぐそうとしてくれるのがわかる。

「今になって嫁に出すのが惜しくなってきたな」

「まだそんなことを」


 二人は顔を見合わせて笑い、大きく開かれた扉から中へと進んでいった。正面にカイルと付き添いのアーチボルトがこちらを向いて立っている。父とリュシェンヌは列席者が見守る中ゆっくりと進み、父がリュシェンヌの腕をカイルに託した。二人は揃って祭壇の前に進み、神官長の前に跪く。


 神官長が、二人に問いかける。

「ガイヤードの王、カイル・ガイヤード。リュシェンヌ・リード侯爵令嬢と結婚することを神に誓いますか」

「誓います」

「リュシェンヌ・リード侯爵令嬢、あなたはガイヤード王カイルと結婚することを神に誓いますか」

「誓います」

「神の祝福のもと、ふたりの結婚はここに成立しました。永遠の幸せが訪れんことを」

二人は立ち上がり口づけを交わす。列席者が祝福の言葉をかけてくる中、二人は王宮に移動した。


 王宮の前庭は西ヴストラントとの戦いに赴く兵士たちが集まった場所だったが、今日は二人を祝うために集まった市民たちでいっぱいだった。あの時とは全く違う笑顔が皆の顔いっぱいに広がり、今か今かと二人が現れるのを待っている。期待がこれ以上ないほど高まった時、露台に二人の姿が現れた。


 一気にものすごい歓声が上がり、ちぎれるほどに手が振られる。万歳という声、おめでとうという叫び声に二人は圧倒された。これほど皆が待ち望んで期待してくれていたとは。


 彼らに手を振るとまた更にわあっと歓声が大きくなる。リュシェンヌは自然に笑顔を浮かべていたが、隣にいるカイルは硬い表情のままだ。リュシェンヌは彼に尋ねる。

「ねえ、子供のころから私のこと好きだったと言ってくれたけれど、正確にはいつから?」

「…うーん、そうだな…最後に手合わせをした時か…パンを押し付けられた時…」

「ひどいわね、そんな印象しかないの」

リュシェンヌが笑いながらわざと苦情を言うと、ようやくカイルの表情がほぐれてきた。

「いや、やはり初めてあの教室で君を見た時からだな」

「それは光栄だわ、私の国王陛下」

二人は微笑んで見つめあい、自然に唇を重ねた。市民からの歓声が一段と高くなり、いつまでも止まなかった。



あと1話で本編は完結予定。その後外伝を掲載予定です。

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