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第52話 栄光 その6

 リュシェンヌを乗せた馬車は次の目的地に向かった。何年かぶりに学園の前に立ち、リュシェンヌはまたあの頃を懐かしく思い出す。学園長に許可をとり、大げさにはしたくないので他には知られないようにしてもらった。ノアを連れて教師たちの部屋が並ぶ廊下を進む。扉の横の名前を確かめて軽くその扉を叩く。中から女性の声が聞こえた。リュシェンヌは部屋の中へ入り、静かにそこに立った。


 その女性は机に向かって何かを書いており、学生が質問にでも来たのかと思っていたようだった。ゆっくりと顔を上げリュシェンヌに気づいて驚いて立ち上がる。さすがに立場上リュシェンヌのことは知っていたのだろう。すぐにこちらに歩み寄ると少し離れた場所できちんとした礼をしてきた。頭を上げようとしない彼女にリュシェンヌが呼び掛ける。

「マリ」

マリはためらっていたが、もう一度名前を呼ばれて顔を上げ、泣き顔になってリュシェンヌを抱きしめてきた。


「マリ、マリ。久しぶり。あなたが元気で嬉しいわ」

「アンナ…と呼んでいいのかしら」

「当たり前よ。私は何も変わっていない、わかるでしょう」

「そうね、あなたの瞳は変わらないわ。真っすぐで迷いのない目よ。あの頃からそうだった」

「先生に褒められてうれしいわ」

二人は笑い出した。マリが椅子を勧め向かい合って座るとお互いの顔を見て胸がいっぱいになる。


 マリは私塾が閉められたあと、バルトの紹介で地域の学校へ進んだ。奨学金をとって苦労しながら卒業すると、その優秀さを認められて特別に院に編入することができた。平民の女性が院に入ることはかつてないことであったが、そこでも彼女は国から学費を免除されるほどの成績をあげたのだ。そしてこれも異例のことだが学園の教師として迎えられた。


「あなたのおかげよ」

「私は何も…」

「あの頃休みがちだったあなたに前の日のことを説明していたでしょう。そのおかげで子供に教えることの楽しさに気づいたのよ。もう一度あの頃のように、バルト先生のように子供たちを教えたいと、その気持ちだけでここまで来たの。あなたのおかげで私は生涯をかけることのできる仕事に出会えた」

マリはじっとリュシェンヌの目を見て自分の計画を打ち明ける。


「あのね、アンナ。私の次の目標はここの学園長になることなの。今まで女性の学園長はいなかったし、まして平民出身の人なんていない。でもそれが目標なの」


 リュシェンヌにはわかった。ガイヤードの王妃は公的に様々な福祉、教育関係の事業の名誉総裁を務めている。それはつまり、新しく任命された学園長の胸にその印である勲章をつけるのはリュシェンヌの役目ということだ。

「待っているわ、おばあちゃんになってしまう前にお願いね」

「ふふ…ええ、必ずなってみせるわ」

その約束は20年後に果たされるが、王妃の親友でもある新しい学園長だけが王妃を違う名前で呼ぶのはなぜなのか、誰も知らない謎が残されることになる。


 翌日は朝から快晴で、きれいな青空も今日という日に祝福を与えているようだ。まだ暗い時間からリュシェンヌ達は準備に取り掛かる。長い一日の始まりだった。リュシェンヌは入浴を済ませ、女官たちに囲まれて髪を整え化粧を施される。侯爵令嬢であり新国王の婚約者として相応しい装いに着替えた。純白を基調として金色と濃い青の刺繍が襟周りと裾を縁取っている。婚約者であることを示す小さな宝冠を飾り、両親と共に戴冠式の会場の最前列へと進んだ。


 教会全体に優美な飾りつけが施されていた。荘厳な祭壇前の中央に神官長が立ち、その両側に全ての神官たちが威儀を正して整列している。その中に回復したルースの姿もあって、リュシェンヌと目が合うと柔らかく微笑んでくれる。数えきれない程の貴族とその夫人たち、各国からの要人が彼の登場を待っていて、皆の期待と緊張が痛いほどに室内に満ちている。

予定の時間を少し過ぎたころ、入り口がざわめいて、先導の騎士に続き彼が入場してきた。


 カイルは深く濃い青の正装に、金色の縁取りのある白い外套をまとって現れた。絵に描いたようなその姿に参列者から思わずため息と声があがり、皆の気分が高揚する。リュシェンヌの前を通るとき、カイルはほんの少し照れたような顔をしていたが、すぐに壇上の神官長に真っすぐ向かい合い、段をゆっくりと登っていった。神官長がカイルを迎え、カイルはその前に跪いて祝福を受ける。ルースが王冠を捧げ持って中央に進んできた。神官長がその王冠をカイルの頭上に掲げて祈りを捧げてから、しっかりとその頭に載せ、新しい王が誕生した。


 カイルが壇上から会場全体を見渡す位置に立つと、居並ぶ騎士たちがザっと音を立てて剣を捧げ、一斉に叫ぶ。

「国王陛下、万歳!」

参列者全員が同じ言葉を続けた。

「国王陛下、万歳!」

カイルは身じろぎもせず、その言葉を聞いている。リュシェンヌも同じ言葉を上げながら彼の姿を見つめていた。




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