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第5話 邂逅 その4

 ある日夕食の席で父が学園への入学について話し始めた。

「アルフォンス達はもっと幼いうちから通わせていたが、貴族家の娘たちはあまり早く入学しないからな。様子を見ていたのだ。少し早いかとも思うが、お前はどうやら勉学に向いているらしい。そろそろ入学することを考えてみようか」

確かにリュシェンヌは知識を吸収することに熱心であったし、家以外の世界を知りたいとも熱望していた。とはいえ以前王宮で出会った貴族令嬢たちの様子を思い出すと、あの仲間に入りたいとは思わない。学園が国の教育機関として最高峰であることはわかるが、貴族社会の縮図ではないかと思われて気が進まなかった。


「お父さま、我儘かもしれませんが学園ではなく、もっと違う場所でいろいろな体験をしてみたいのです」

 そう希望する彼女に父はしばらく考え込んでいたが、ふと良いことを思いついたような顔つきでこう言った。

「それでは私塾はどうだ?信頼できる者が教えているところがある。貴族の決まり事として学園に通う前に私塾で学ぶことは、今後はあまり味わえない自由と世間というものを知るいい機会かもしれん」


 リュシェンヌにとっては願ってもない提案だったので、父のこの言葉に飛びついた。

「私塾に通わせていただけるなんて本当ですか?嬉しいです、お父さま!」

「ただし2年間だけだ。12歳になったら学園に入りなさい」

「はい!ありがとうございます!」

 生来活発な彼女ではあるが、今まで箱入り娘だった自覚があるので外の世界を経験するまたとない機会を逃したくはなかった。そこへ心配そうな母の声が割り込んできた。


「でもあなた、リュシーはアルフォンス達の影響で今でも充分自由にふるまっていると思いますけれど。それにそんな場所で何かあったら…」

母の頭の中には王宮でのお茶会で勝手に席をはずしていた失態が残っているようだ。

「なに私塾には年かさの少年たちもいるが、兄たちのように甘やかすことはあるまい。いっぱしの大人ぶっているリュシーの少しばかり高くなった鼻をへし折られることもあろうよ」

「まあ、喧嘩や怪我は困ります。これでも女の子なのですから」

「バルトがいるから大丈夫だ。あれのことは私がよく知っているからね。絶対子供たちに悪いようにはしない」

「それならよろしいのですが」

母はまだ心配そうではあったが、父には何か思うところがあると納得したようでリュシェンヌに厳しい顔を向けてこう言った。

「リュシー、どのような場所であっても、リード家の娘として家の名を常に心に刻んでそれに恥じない行いを心掛けなさい」

「わかりました。ありがとうございます。お父さま、お母さま」


 だが、もともとの素質もある彼女にこの私塾での経験は、ほんの2年とは言えないほどの影響を与えることとなった。いみじくも母が心配したとおりに。


 初めて私塾に通う日、アンナという侍女が荷物を持って付き添う。侯爵家の一番目立たない馬車に乗って私塾のある下町へ向かう途中、リュシェンヌがおもむろに口を開いた。


「アンナ、頼みがあるの」

「何でしょうか、お嬢様」

「あなたの名前を貸してちょうだい。私はリュシェンヌではなくてアンナとして私塾に通いたいのよ。明日からは送り迎えもいらないわ。平民として、そう、他の子たちと変わらない子供として過ごしたいの」

「そんな!お嬢様!おひとりで通うなんて危ないです。確かに兵士の見回りもありますが、私塾のある辺りは平民の家ばかりですもの。何があるかわかりませんし、そんなことをしたら私が奥様に叱られます」

「アンナ、私の今日の格好を見て。そう言われると思ったからあなたの小さい時の服を借りたのよ。令嬢ではなく普通の娘に見えるでしょ。これなら目立たないから何も悪さはされないと思うの」

「運動で汚すかもしれないからとおっしゃったのは口実だったのですね。でもダメです。絶対におひとりでは行かせません」


 アンナはリュシェンヌの乳母の娘で、彼女がほんの幼いころから仕えているので遠慮がない。だがリュシェンヌも引かなかった。

「そうね、あなたが母さまに叱られるのは私も困るし。明日から家を出る時にはあなたも一緒に出なさい。でも私塾の少し手前で離れて。そして私の勉強が終わるまでどこかで時間をつぶしてちょうだい。どこかあなたがいられる所があるといいのだけれど」

「私の叔母にあたるものの家が近くにあります。叔母の連れ合いは以前お屋敷の庭師をしておりました」

「ああ!小さいころ私に小鳥の巣を見せてくれた人ね。それなら何も心配ないわ。あなたは叔母さんの手伝いでもして半日過ごせるでしょう」

「叔母は最近体をこわしたので、半日でも私が手伝えれば大変喜ぶとは思いますが…でも本当でしたらお嬢様の付き添いで私塾の控室にでもいなければならないのに、やはり勝手なことはできません」

「あなたが控えていたら私は特別扱いになってしまう。せっかくいろいろな人と友達になりたいと思っているのに、お嬢様とは呼ばれたくないのよ」

「お嬢様…」

「先生にも私から説明する。そして一人でいる時には本当に気をつける。約束するからお願いよ、アンナ」


 なんだかんだと言ってもアンナにはわかっていた。自分がこのお嬢様にはかなわないということと、この2年間がどれほど貴重なものであるかということが。

「わかりました、お嬢様。叔母にも口止めしておきます。本当に気をつけてくださいませ」

「ありがとう!大好きよ、アンナ」

「はいはい、とっくに知っておりますよ。何かあると大好きの大安売りですから」

「へへ…」

 アンナはため息をつく。

「またお嬢様、そんな男の子のような笑い方を」


 少し離れた場所に馬車を止めさせてから騎馬で従ってきた護衛にも目立たないようにと注意する。アンナの叔母の家について挨拶すると彼女はびっくりしていたが、くれぐれも秘密にしてほしいと念をおしてから自分の荷物を持って私塾に向かった。




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