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第45話 勝利 その5

 ガイヤードの国境には迎えの馬車と国軍の一隊が煌びやかに待っていた。進み出たアルフォンスが皆の疲れを労い、それから小声でカイルに伝える。

「バドの生き残りを二人捕縛してあります」

「そうか、詳しく聞きたいから一緒に馬車に乗るように」

「はっ!」


 馬車にカイルとアーチボルト、そしてアルフォンスが乗り込み一行は王宮に向けて出発する。揺れる馬車の中でアルフォンスが現状を説明した。

「殿下がおっしゃられた通り、町の長達が不審者の捜索に大変尽力してくれました。二人の男が人目を避けて国境を抜けようとしていたところを町の者が見つけ、軍に伝えてくれたので間に合うことができたのです。彼らはかなり疲れきっていて抵抗も少なかったと聞いております。大まかな聴取はしておりますが、今ご報告申し上げても?」

アルフォンスが気遣うそぶりを見せる。

「ああ、続けてくれ」


「王太子殿下とミルヴァート神官の暗殺、そして放火に関してはほぼこちらの推測通りでした。二人とも王太子殿下の暗殺に加わっていたことを認めております。さらに一人が放火の指図をしていた模様です。それから長の呪縛が解けたのか、彼らは少しずつ事の経緯を供述し始めています。それによりますとバドの一族はそのほとんどが野心も力も持たず、皆バラバラに市井の庶民として暮らしていたとのこと。15年ほど前に長と呼ばれる人物が古の力を復活させたと称して、伝手をたどって各国に住んでいたバドの生き残りを集め始めた。もちろんそれに従わない者も多かったようですが、彼らの話ではどうやら粛清があったらしく、それで仕方なく一味に加わった者もあったようです。確か…殿下のご友人も含まれていたかと」

「そうだ、ルキはやはり脅されていたのか」

カイルの顔につらい思いが走った。


「はい、二人の話では、ルキという青年は長の甥にあたるそうです。確か父親が突然死亡したと聞いてらっしゃったのですよね。それもおそらく拒まれたことを怒った長の仕業かと思われ、さらに母や妹たちとは引き離されていたようです。今彼女らの行方を捜しておりますが、手がかりが少なくまだ見つかっておりません」

「そうか、どんなに時間がかかってもいい。必ず見つけ出してくれ」

それがルキの命を奪った自分に課せられた責務だとカイルは考えていた。

「彼らは少人数でそれぞれが異なる場所にいたらしく、殿下の恩師の方については知らないと述べています。これについてはおいおい聴取していこうと」

「よくわかった。ご苦労だった」


 首都に向かって街道を進むにつれ、一行を歓迎する人の多さが目立ってきた。道の端にぎっしりと並び、馬車が近づくと歓声があがり、手が振られる。あまりの多さにアルフォンスは途中の駐留軍から兵を出して護衛を増やすようにしなければならなかった。そうでなければ無事の帰還を喜ぶ人々に馬車がもみくちゃにされかねない。カイルは外に顔を見せることもなく、馬車の中で一人ずっと黙っている。


 大陸をほぼ一周してカイルはようやく王宮に戻ってきた。主だった重臣たちと教会から神官長以下数名が城の前で彼を迎え入れ、口々に祝いを述べる。挨拶も早々にカイルは自分の部屋に向かうと、出迎えた宰相に父と兄の様子を尋ねた。

「ルース様はまだ床からは離れられない状態ですが、徐々に元気を取り戻していらっしゃいます。国王陛下は…残念ながら未だ意識を回復されておりません。王妃様が側についていらっしゃいますので、ご挨拶に向かわれますか」

「そう伝えてくれ」


 父の臥せっている部屋に向かうと母が出迎えてくれた。母は静かにカイルを労うと一緒に父の寝台へと近づく。父はすっかり頬がこけ、鼻筋が鋭くなってしまって何歳も年を取ったようにみえた。呼吸は安定している様子だが、カイルが側に立つ間も目を開けることはなかった。カイルは母に挨拶してから王宮の最奥に一人向かう。あの部屋に入ると手にしていた剣を元の場所へと置いた。何事もなかったかのようにひと筋の光が剣を照らすのを見つめて、カイルはようやく全てが終わったと思い、そして二度と剣を手にすることがないようにと願っていた。


 医師から呼ばれて王妃とカイルがその枕元に立ち、ザッハード神官長らが最後の祈りを捧げる。カイルの帰還を待っていたかのように、その十日後国王は静かに息をひきとり、カイルは新しい国王となった。


 未だ戴冠式も行っていないが、カイルの毎日はあっという間に以前の通り忙しくなった。放火で焼失した建物の再建や、被害を受けた市民の救済、兵士たちへの報償そして外交問題など仕事に終わりはない。城で久しぶりに会ったリュシェンヌも、何事もなかったかのように秘書として当たり前に仕事をしている。掌の傷は完治しているが多少跡が残るようだ。しかし機能に影響はないと彼女は笑った。

「嘘だと思うなら久しぶりに勝負してみる?」

そんな軽口までたたいて笑いながら、えげつない量の書類を寄こして確認を、と強要してくる。

「お前…これじゃアーチ―が二人に増えただけじゃないか!」

「あら、光栄ですが、アーチボルト様と肩を並べられるなどとは思っておりませんわ」

そんな捨て台詞を残してすぐに出て行ってしまう。気のせいではない。カイルには最近のリュシェンヌが二人きりになることを避けているように思えるのだ。まだルキのことが心に残っているのだろうかと思い、忙しさのせいもあって、カイルは苛ついていた。


 そんな気分のまま自室から出た彼の目に、廊下で立ち話をするアーチボルトとリュシェンヌの姿が映った。アーチボルトが書類を見せながらリュシェンヌに何か説明していて、彼女は真剣な顔で聞き入っている。二人の距離が近すぎるのではないかと、これも不機嫌を倍増させる。その時、アーチボルトが何か冗談を言ったらしく、リュシェンヌの顔がぱっと花が咲いたような明るい笑顔になった。なんだかおもしろくなくて、カイルは彼らに気づかれないうちに部屋に戻ってしまった。




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