第41話 勝利 その1
禁域を抜けると、そこはアガーラと西ヴストラントそしてガイヤード三国の国境が接する地域だった。戦場は近いがこのまま向かうのは危ういと誰もが思った時、こちらに向かう騎馬兵の一隊が目に入った。彼らはガイヤードの兵であり、カイル達一行の姿を認めて慌てて下馬すると、その場に膝をついた。隊長が感極まった様子で、カイル達を見上げた。
「殿下!よくご無事で!」
「ミヘルス少尉、よく来てくれた。アルフォンス達になんとか連絡がついたようだな」
「は!この数日禁域周辺を探索しておりました。お疲れではありましょうが、このまま前線まで同行いたします」
隊長の命により前線の指揮本部に伝令が飛ばされた。カイル達一行も用意された馬にまたがると、すぐに出発する。
伝令からの知らせを受けた国軍は喜びに沸いていた。カイルが合流すると、その存在に苦戦していた兵士たちは勢いづく。指揮本部の幕屋に入りアルフォンスの顔を見るなり、カイルはすぐに女性兵士を呼ぶように命じた。カイルは呼ばれてきた女性兵士にリュシェンヌの護衛として同行し、首都に連れ帰るようにと言う。ずっと側について来たリュシェンヌを振り返り、はっきりと告げる。
「リュシェンヌ・リード、この先は戦場だ。お前のいる場所ではない。ダンケルの港に男爵が待っているから、船でハマーショルドに帰り、お前の仕事をしろ」
リュシェンヌにもこの先自分は足手まといにしかならないとわかっていたので、黙って従う。女性兵士一人を含む三名の護衛が同行することになった。カイルや兄と言葉を交わす暇もなく、彼らは馬に乗りすぐに出発したが、時間が遅かったためすぐに暗くなってしまった。その晩は近くの町に宿をとった。女性兵士はノアと名乗った。細かい所に気が利いて、いろいろとリュシェンヌの世話をやいてくれ、傷の手当ても慣れた様子ですませてくれた。小さな宿なので、二人は同室で休むことになった。
「リュシェンヌ様、お疲れでしょう。私は起きておりますから、ゆっくりお休みください」
リュシェンヌは粗末な寝台に腰かけたが、不思議とまだ眠くはなかった。
「ありがとう。体は疲れているけれど大丈夫よ。ねえノア、眠くなるまで少しお話してもいいかしら」
「もちろんです」
「ノアは…どうして兵士になろうと思ったの?理由を聞いても構わなければ教えてちょうだい」
「私の家は父が早くに亡くなり、母が私たちを一人で育ててくれたのです。大変苦労をかけたので早く自立して母を助けたいと思っておりました。ご覧のとおり私は体格もいいし、力もそこそこありましたから、お針子や女中をするより兵士が向いていたのですよ。おかげで母や弟妹たちに金を送ることができます」
「自分に向いている…それが見つけられたのね。女であることで大変なこともあったでしょうに」
ノアにとって兵士であることを否定されなかったのは初めてだった。何と言っても男性中心の軍隊の中ではいろいろと苦労も重ねてきた。男より実績を上げなければ認められてこなかったので、これまで必死にもがいてきてようやく気のおけない仲間もできたのだ。それをこの人はすぐに理解している。ノアと同じ兵士の恰好をした貴族令嬢が。ノアが不思議に思っていると、リュシェンヌはさらに驚くようなことを聞いてきた。
「ノア、剣は誰に習ったの?私には長剣は重くて駄目だったわ」
リュシェンヌの目はノアが壁に立てかけた長剣を真剣に見つめていた。
「はい?リュシェンヌ様は剣の練習をしたことがあるのですか?」
改めてリュシェンヌの全身を眺めると、確かに姿勢が良い。そういえば馬にも慣れていた。そして何より腰には短剣をさしている。飾りではなく軍で使用するような実用一辺倒の短剣だ。ノアは呆れかえってしまった。こんな令嬢は見たことがない。こんな人がいるとは。
「今の隊長が女だからと馬鹿にしない方だったので、いろいろと教えてもらいました。私の剣は少し工夫がしてあるので他のものよりは軽いです。鋭さは変わりないですが。リュシェンヌ様も、失礼ですがかなりの腕前かと…」
「私が手ほどきを受けたのは子供の頃なの。そのあとは自分一人で練習していたから我流のようなものだわ。もう一度教わりたかったのだけれど…」
そこでリュシェンヌはバルトとルキのことを思い出し黙ってしまった。心配そうにのぞき込むノアに、リュシェンヌは少し無理をして微笑んだ。
「眠くなったみたい。おしゃべりに付き合わせてごめんなさいね。明日も早いし、もう休みましょう」
しかしノアにはリュシェンヌが何事かを考えて眠れないでいるのがわかった




