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第33話 禁域 その2

 王宮の広い前庭に騎士たちと軍の大部隊が集められた。最前列にカイルと同行する少数の護衛が並ぶ。兵士達が身につける甲冑がぶつかり合い鋭い音を立て、興奮した馬のいななきと蹄が地面を掻く音が聞こえる。誰もがその身の内に静かでありながら熱く強く燃え上がるものを抱えて無言で前方を見つめている。


 アーチボルトを伴って軍装のカイルが速足で出てきた。前方中央に立ち、皆の視線を一身に集めて鋭い声を発する。

「今、国は危難の時を迎えている。悪意ある者の手によって我らの民が害されることが続いている。剣をとれ。その手に、心に、闇に囚われない強い剣を。それが我らの国と民を救うことになる!ガイヤードの誇り高き戦士である証を見せろ!」


 皆の視線はカイルのみに向けられている。一気にその眼に火が灯されるのが見えるようだった。全員が一斉に歓声を上げ、カイルに忠誠を誓い北へ向かって出発した。


「これ以上好き勝手はさせない」

カイルはそう言い切ると少数の護衛と共に港に向かう。その中に女兵士の恰好をしたリュシェンヌの姿を見つけ、カイルは一瞬息を止めてそれから怒り出した。


「いい加減にしろ!この前の火事の時とはわけが違う。誰がついて来いと言った。帰れ!」

「私はあなたの秘書でしょう、女だからと容赦しないと言ったのはあなたです。お忘れですか」

リュシェンヌは一歩も引かない。こうなった時の彼女の強情さはよくわかっていた。カイルは時間を惜しんで不機嫌ながらも先へ進む。港に着いた一行をマクラレン男爵が迎えた。

「殿下、お待ちしておりました」

「男爵、頼んだぞ」

「は!どうぞこちらへ…」

その時男爵がリュシェンヌに気づいて大声を上げた。

「まさか…リード侯爵令嬢が?その格好は…一緒に船に乗るのか?」

「男爵、前におっしゃった男爵の船に乗せてくださるというお約束、お忘れではないでしょうね。思ったより少し早くなっただけです」

男爵は大きく口を開けてまじまじとリュシェンヌの顔を見つめると、大声で笑い出した。


「忘れていないとも!魅力的な女性との約束は絶対にね!さあ、野郎ども!これ以上ないほど麗しい女性が我らの船に乗ってくださるんだ。われらには女神がついている。心して進むぞ!」

船乗りたちがその言葉を聞いて歓声を上げた。カイルがいつの間に男爵と知り合いになったのだという顔をしているが、リュシェンヌは知らん顔をしていた。


 一行が乗り込むとすぐに船は港を出る。男爵がこれから進む航路について説明を始めた。

「ご承知のとおり、『魔』の禁域が海に接する場所はとんでもない断崖絶壁だ。『魔』の沖合は大変潮の流れが速く岸壁近くには大きな渦も発生するので船乗りたちは近づかない。北へ向かう船は遠回りでも大陸の東側を回ることがほとんどだ。もしくはうんと外洋を通る。これくらいの船が入れる港はあるが、目的地よりかなり南寄りだ。そこに最後の大きな町がある。『魔』には近くなるが、その北にはアガーラから鉱石などを運ぶ街道があるからな。街道沿いに小さな町や村が点在している。バエド山脈の途切れるところからガイヤードに入ってくるんだ」

「もう少し北側には港はないのか」

カイルが尋ねると男爵は渋い顔で言った。

「あるにはあるが、地元の漁師が持つ小さな舟のためのもので、天然の港だから浅くて整備もされていない。沖に停泊して小舟で渡るしかないんだが、潮の流れが問題だな。地元の奴らは潮が弱くなる時間帯を知っているはずだが…」

「なんとか調べてくれ。できるだけ近くまで行きたい」


 男爵は頷いて仲間の船員たちにも聞いてみると部屋を出て行った。

部屋にカイルとアーチボルト、そしてリュシェンヌが残された。アーチボルトがため息をついて言う。

「リュシェンヌ殿…今ならまだ戻れるでしょう。考え直す気はありませんか」

「何を今さら。それより出発の直前に兄からお二人に伝言を預かりました。私にも関係のあることなので、今話してもよろしいですか」

カイルがあきらめたように頷いた。


「兄がいろいろな情報を精査した結果、今回の事案の始まりだと考えていることは、おそらく20年近く前にあったそうです。もちろんその時は誰も気づかなかった…いえ一人だけ何かおかしいと思った人はいたけれど、言い切れるほどの証拠もなかったし、信じられなかったと」

「その人物は誰だ?」

「カイル、私たちのよく知る人よ」

「まさか…バルト先生が?」

「そう、私も兄から聞いて本当に驚いた。もちろん実際にその件を詳しく知っているのは私の父よ。バルト先生は当時国軍の准将だった。その時の将軍は大変勇猛な方で、バルト先生も尊敬して忠実に仕えたそうだけれど…その将軍が最後に『魔』に囚われて亡くなったらしいの」


 話を聞く二人の顔がこわばった。



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