表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/57

第31話 予兆 その10

残酷な表現があります。ご注意ください。

 教会から持ち帰った王史を読んだ者たちの表情も重苦しかった。『魔』の存在はこの大陸に住む者、いやこの大陸を含む世界に住む者ならば誰もが知っている。王史によると、サーヴ王は当時混乱の極みにあった国内を隅々まで巡るうち『魔』の領域に到達し、天変地異に乗じてガイヤードに内乱を引き起こし、混乱を助長する者こそがその力を利用する者だと知ったのだ。


 サーヴ王はかつてない国の危機にあたってその剣をふるい『魔』に対峙した。幸いにも一時はその力を抑えることはできたが、またいつか『魔』を利用し、国を危難に陥れる者が現れる。その時の王は必ず彼の剣を持ち、国を救うのだとサーヴ王は言い残した。神官たちもそれを保証したのだ。裏を返せば、その力が王家にあるからこそガイヤード王家は続いてきたと言える。だがいみじくもルースの言った通り、今その剣を持てるのはおそらく王ではない。年若い王子に全ての期待と責任がかかっている。


 国境付近で賊の行方を追っている国軍から知らせがいくつか入って来た。その中のひとつに東ヴストラントとの国境付近で怪しい人物を二人見つけ捕えようとしたが、その男たちは兵士に囲まれた時毒を飲んで自害したということだった。それでも初めて敵の姿を捉えたのだ。剣以外何も持っていなかったが、遺体を調べた報告書を読んだ限り、細身であることと顔つきなどの身体的特徴は、王史にわずかに残されたバド一族のものに類似していた。この報告は前進ではあったが、カイルの周りにいる者たちには苦々しい報告でもあった。


 その頃、西ヴストラント国境に近い町で、リュシェンヌの長兄アルフォンスも賊の捜索を続けていた。その日もなかなか手がかりがみつからず、疲れて野営地の幕屋に戻った彼に年若い従卒が飲み物を差し出す。その兵士の大変明るくてくじけない性格と、気配りができるところをアルフォンスが気に入って従卒にしたのだった。


「ご苦労、ハンス。ここはもういいからお前も休め。明日も捜索は続くのだから」

「いえ、俺がいなくてはアルフォンス様は靴一つ脱げないと思いますよ」

そうハンスは言いながら、アルフォンスの服と靴などをてきぱきと脱がせ、汚れを落として片付けていく。アルフォンスも苦笑いしながら顔と手を洗ったが、また地図を取り出してながめてしまう。

「明日のご心配ですか」

「そうだ、東のほうで死んだとはいえ二人見つかったのだ。絶対こちら側にも残党がいるはず。国境を超える前に何としても捕えたい。明日も朝が早い。いいから休め」

「かしこまりました。失礼いたします」

従卒が下がってからもアルフォンスは考え事をしていた。


 次の朝アルフォンスの率いる隊は昨日捜索し残した谷間の様子をうかがっていた。街道から離れたここは人家も少なく道が険しいが、少人数なら隠れて進むのにちょうどいいだろう。西ヴストラント側の谷の入り口辺りから横に展開して奥へと進む。

「あまりばらけるな。相手は少なくても腕はあなどれない。必ず複数で進め」

そういうアルフォンスの側には必ず従卒のハンスが従っている。深い河と岩場があって大人数では並んで通れない場所に行きついた。部隊はいくつかに分かれる。


 アルフォンスはハンスを連れ狭い岩場の間を進む。その時ハンスが叫んだ。

「アルフォンス様!上に!」

とっさに見上げたアルフォンスの頭上にするどい剣が振り下ろされた。手に持った剣でそれを受け止め、薙ぎ払う。しかしその時、別の影がすぐ後ろにいたハンスを襲った。ハンスはアルフォンスを庇うように敵に向かいあう。気づいた他の兵士たちがこちらに向かおうとするが、岩と河に阻まれてすぐには渡れない。アルフォンスと敵の間が近すぎて矢を射ることもむずかしい。足場が悪くてアルフォンスも敵を食い止めるのが精いっぱいだった。ハンスは後ろで必死に戦って敵をアルフォンスに近づけまいとしている。だが一瞬足をとられた時、敵の剣がハンスを襲った。彼も最後の力で敵の腹に剣を差し込む。ハンスが倒れたと知ったアルフォンスは怒りに燃えて目の前の敵を打ち破った。他の兵士たちがようやく駆けつける。


「ハンス!ハンス!しっかりしろ!」

「アルフォンス様…ご無事でしたか。申し訳ありません、もっと早く…」

「いいからしゃべるな!担架を早く!」

しかしハンスは目を閉じ、二度と開けることはなかった。


 アルフォンス達がふたりの賊を倒したという知らせはすぐに王都にもたらされた。おそらく賊達は残り少なくなっているというのが、多少なりとも前向きな知らせではあった。しかし王太子を襲った手練れはまだ残っているはずだし、『魔』を操る術を持つ者は未だ手の届かない所にいる。


 カイルはその知らせを聞くと立ち上がり、父王に会いに行くと告げた。誰もついてこないようにと言い残す。リュシェンヌもアーチボルトもついて行くことは許されなかった。その顔には何の感情も表していないし、誰かがその心のうちに踏み込むことを完全に拒絶していた。


 カイルは王の私室に向かう。扉の外から声をかけたが、返事はない。王の側仕えに扉の鍵を開けさせ、一人中に入った。王は暗い部屋の中、ただ椅子に腰かけていた。前に立ったカイルに空っぽの目を向けてくる。


「父上、…国王陛下…許しを乞いに参りました」

王は黙っている。

「陛下、どうか私がサーヴ王の剣をとることをお許しください」

「ふふ…」

王は小さく笑い出したようだった。カイルは次の言葉を続けられなくなる。

「サーヴ王の剣…か。お前があれを持つのか。ふふふ…そうか、王である儂ではなくお前が…」

「父上、私は…」


 王はゆらりと立ち上がると、にごった目でこちらを強く睨んできた。

「お前にはわからんだろう!剣を持つことのかなわない者の気持ちなど!王なのだぞ!それなのに剣を持つ力がない!儂には祖父王の気持ちがわかる。いや祖父だけではなく、サーヴ王以後の長く続いた王たちの気持ちが…いつ現れるかもしれぬ救国の王につなぐためだけに存在するガイヤードの王たち。平和と言えば聞こえはいいが、平凡で力のない王と侮る者もいる。何も言われなくとも儂には、これまでの王たちには聞こえるのだ!自分の心の中の声が…」


 王の最後の言葉は小さくつぶやくようになり、その目もうつろなものになっていった。王とても心の「闇」からは逃れられない。

「父上、それでも私は剣をとります。お許しください」

カイルの言葉に王は何も返さない。カイルは一瞬父の姿に目をやると、部屋を出て行った。しばらくして王の側仕えが部屋を覗いた時、王は机につっぷして意識を失っていた。


 カイルは一人王宮の最奥、封じられた剣のある間へ向かう。ここには王以外誰も近づけない。廊下の奥、最後の扉の前に立つと、カイルは決意を胸に扉に手をかけた。中は暗く狭い。高い天井の小さな明り取りからひと筋の光が部屋の中央にさしている。その光の中にあるのが一振りの剣であった。カイルはその前まで歩み寄り、しっかりと見つめると剣の柄を右手で握った。持ち上げようとすると剣は一瞬抵抗するような感触を伝えてきたが、すぐにその力は消える。持ち上げてその鞘をはらうと抜き身の剣は何百年も前のものとは思えないほどの光を保ち、その柄は彼の手に吸い付くようにぴたりとはまった。カイルは間近でその剣をじっくりと眺めた。柄の部分に深い緑色の宝玉が埋め込まれているのが見て取れる。その緑は誰かの瞳の色に似ているとカイルは思った。


 カイルは剣を持ち教会のルースのもとへ向かう。ルースはかろうじて意識を取り戻していたが、まだ予断は許さないと医師が言う。寝台に横たわるルースは青白い顔で目を閉じていた。カイルが枕元に静かに立つと気配を感じたのかルースが目を開けた。


「カイル…か?」

「兄上、これを」

カイルはルースの目に入るように剣を持ちあげる。ルースが大きく目を見張った。

「カイル!…本当にすまない」

「兄上、それ以上あやまると怒りますよ」

あえて軽く言う口調にルースがもう一度目を見開いて小さく笑う。

「そうだな、私のすることはあやまることではないな…カイル、困難な道を進むお前に神の加護があるように祈る。そして…カイル、私からの最後の忠告だ」

「なんでしょう、兄上」

「カイル、大切な人を見つけなさい。圧倒的な負の力を持つ『魔』に囚われず、それを封じるためには確かにその剣が必要だろう。しかし剣をふるうお前の心に力を与えるのは心からの想いだ。人を大切に想うその気持ちだ。いいか、お前は一人ではない。お前が大切に想い、お前を心から想う人が必ずいる。忘れるな」

「わかりました、兄上。参ります」

「うん…」

兄の細い手をしっかりと握ってから、カイルは王宮に戻った。




次回から新しい章にうつります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ