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第27話 予兆 その6

 王太子とそれに続く神官の暗殺に関して何度も重臣たちの会議が行われた。賊の探索と人心の安定を図るために国境の警備を厚くすることとなり、国軍が配備されることが決まると、リュシェンヌの兄アルフォンスも両親に挨拶し北に向かって出発した。次兄のサハドもほとんど王宮に詰めきりの状態だと聞いている。


 父も半ば引退していたはずなのに、毎日王宮に出かけたり、誰かを屋敷に招いたりと忙しくしている。母は不安のあまり、リュシェンヌに院を休んで家にいるように繰り返し説得していた。リュシェンヌも普段あまり母の側にいられなかったので、しばらくは家で過ごそうかと考え始めていた矢先、父に声をかけられた。


「リュシー、王宮に行く。支度をしなさい。簡単なものでいい。すぐに出発する」

「お父さま?私が王宮にとは何があったのです」

父が今までになく硬い視線を向けてくるので、リュシェンヌは眉をひそめた。母の姿をさがすが、見当たらない。


「リュシー…異例のことだが、ダガード伯爵の子息、すなわちカイル殿下の側近から呼ばれたのだ。お前が院で提出した政策案を読んだらしい。若い者でも優秀な人材を登用し、この大変な国難に備えたいとの殿下のご意向だ。他にも文官たちの仕事を補佐するために数名が呼ばれているそうだ」


 リュシェンヌは驚いた。文官を目指してはいるものの、あまりに突然の出来事にそれだけ今が大変な時期なのだと思い知らされる。同時に未熟な院生であってもその力を信じようとする父たちに応えなければと決心する。


 父と共に王宮に入る。最後に来たのは王太子を祝う舞踏会だった。あの華やかな舞踏会からほんの少ししか経っていないのに、王宮は緊張につつまれ、殺伐としている。会議に向かう父と別れ、リュシェンヌは王宮奥にある文官たちの執務室に案内された。兄と言葉を交わす暇もなく、仕事に忙殺されることになった。リュシェンヌ達院生は、はじめのうち言われたことをこなすのに精いっぱいで、自分が果たして役に立てているのかもわからずに走りまわされた。毎日自分たちに与えられた小部屋に戻ると意識を失うように眠りにつく。断片的に王太子と神官の暗殺についての情報が入ってくる。ある日教会から第二王子で神官となったルース王子がひそかに訪れた。宰相と兄サハドの姿が見当たらないことにリュシェンヌは気づいたが、何も言わなかった。


 追われるように10日ほど過ぎたころ、リュシェンヌはアーチボルトに呼び出され、城の奥に案内される。今まで足を踏み入れたこともない最奥の区域に入っていくので彼女は足がすくみそうになる。


「リュシェンヌ嬢、申し訳ないがあなたには別の仕事をお願いしたい」

「私でお役に立つのでしょうか」

「大丈夫です。どうぞこちらへ」


 アーチボルトが彼女を連れて行ったのは廊下の最も奥にある大きな扉の前で、両脇には兵士たちが立っている。リュシェンヌはますます緊張する。アーチボルトが扉を叩き、入室を許可する声がする。アーチボルトに続いて部屋に足を踏み入れたリュシェンヌの目に入って来たのは、壁一面を埋め尽くす本と広い机に広がった大量の書類、そしてその机に向かう一人の人物だった。


「カイル、連れてきたぞ」

その声に顔を上げたのは他でもない第三王子のカイルだった。リュシェンヌはあまりに遠慮のないアーチボルトの言葉に驚きながらも王子に対して礼をとった。


「ああ、リュシェンヌ・リード、来たな。礼などよい、顔をあげろ」

カイルが立ち上がり机を回ってリュシェンヌの前に立つ。以前に会った時よりも更に鋭くなった瞳に射抜かれるようで、リュシェンヌは負けまいと思っても体がこわばってしまう。

「他でもない、君には今日から私の秘書として働いてもらう」

突然のことにリュシェンヌの背中に冷や汗が流れる。

「私のような若輩者には荷が重いことです。どうかお許しを…」

何とか声を振り絞った時、カイルが不機嫌そうに手を振って止めた。

「君の施策案を読んだ。優れていると思ったから王宮に呼んだのだ」

アーチボルトも横から言う。

「あの提案を書いた人が荷が重いなどと…それにこの10日間の仕事ぶりを見ましたよ。あなたは一を聞いて十も二十も知る人だとよくわかった。他の院生や文官達も認めている。心配はいらない」

リュシェンヌはまだ信じられなかったが、カイルが続けて話し始めた。


「院から届いた文書は全て無記名だ。何の先入観もなく我々が読んで、一番現状を把握し正確に分析しているのはこれだと選んだのだ。その後提案者の名を聞いたのだからそこに作為はない」

逃げ場を封じられた気分になってリュシェンヌは再度深く礼をしながら答える。

「恐れ入ります…私などお力になれるかどうかわかりませんが、精一杯務めさせていただきます」

「よし、では最初の命令だ。俺の前でその気取った態度と言葉遣いはやめろ」

「は?」

「そうそう、この人はかた苦しいことが嫌いなんだ。私も子供のころからこんな調子だよ」

そうは言われてもカイル王子の側近中の側近であるアーチボルトと同じようにできるわけがない。

「殿下、どうぞお許しくださいませ。私にはそのようなことはできかねますので」


「どうやら本当にわからないようだな」

「仕方ないよ。あなたはあのころとはだいぶ変わったから」

リュシェンヌは二人が何を言っているのかわからず、思わず顔を上げた。

「忘れてしまったのか、俺のことを…アンナ」



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