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第26話 予兆 その5

残酷な描写があります。ご注意ください。

 ルースと神官長が書庫にこもって2日後、膨大な資料の中からなんとか手がかりをと二人が没頭していた時、書庫の厚く重い扉を叩く音が響いた。


「神官長様!申し訳ございません、大変なことが起きました。どうか扉をお開けください」

呼ばわる神官の声を確かめて神官長が扉を開き、すばやく外に出て行った。

「どうしたのだ、そのように慌てて…神官にもあるまじき行為だぞ」

窘める神官長に、神官はなんとか震えを抑えるように声をひそめて伝える。

「神官長様!ミルヴァート様が…亡くなられています!」

「何!今なんと言った?ミルヴァートがどうしたのだ」

「会議があるのにミルヴァート様がおいでにならないので、お部屋までお迎えにあがったのです。そうしたら…中で倒れていらして」


 神官長は急いで中にいるルースを呼び出した。彼が出てくると扉にしっかりと鍵をかけ、その鍵をルースに預ける。異例のことではあるが、今は小事に構っている場合ではない。

「王宮へは知らせたのか?」

神官長が鋭く問うと、迎えに来た神官は青い顔をしながらもしっかりと頷いた。

「私の一存ではありますが、簡単に経緯を書いて知らせを…宰相閣下のもとへ使いを走らせました。内密にと念を押してあります」

「それでよい、部屋に行こう」


 彼らが急いでミルヴァートの私室へ向かうと、彼の部屋の窓は大きく開かれ、その下の床にミルヴァートの体が妙な形で横たわっていた。床には赤黒い血の塊が見えた。

「ミルヴァート様!」

ルースが叫んで思わず駆け寄ろうとするが、神官長はそれを止めた。

「今は近寄らない方がいい。いいか、お前たちはこの部屋の扉を閉めて誰も入れるな。ミルヴァートの身に起こったことはまだ皆に知らせるでない。よいな、私は王宮の方を迎え入れるために入り口で待たねばならん。頼んだぞ」


 神官長が慌ただしく去って行くとルースともう一人の神官は青ざめた顔を見合わせた。ルースは最後に会った時のミルヴァートが妙に動揺していたことを思い出したが、それがこのことの前兆だったのか…


 すぐに王宮の使いを伴って神官長が戻ってくる。その後ろに続く人物を見てルースは思わず声を上げた。

「カイル!」

「兄上、神官長から聞きました。いったい何が起きたのですか」

カイルは神官からの伝言を聞いて、アーチボルトを伴い自身で現れた。

「まだ何もわかっていない。ミルヴァート様のご遺体に触れてもいないのだ」

ルースの顔をちらりと見ると、カイルはアーチボルトと共に部屋の中に入る。神官たちは入り口近くにとどまって、遺体の近くに膝をつき調べ始めたカイルたちを見ていた。


「アーチ―、この傷は剣で切られたものに間違いないな」

「はい、殿下。しかし賊の腕はさほどでもないと思われます。致命傷となったのはこの首近くの傷ですが、その他に腕や肩に傷がいくつか見られます」

「そうだな、聞いていた手練れの仕業ではなさそうだ。神官長、大変なことだった。教会としてはこのような穢れを置いておくことはできないだろう。今から兵士たちを寄こすので、この遺体は王宮に運ぶ。神官長は皆の動揺を抑えてくれ」


 そう言うとカイルはその部屋の中で何かを探し始める。アーチボルトもいくつかの書付を取り出しているようだ。しばらくして数名の兵士たちが荷車を裏口につけ、布で覆ったミルヴァートの遺体を運び去った。カイルたちもいくつかの書類を持って引き上げて行った。


 事件を聞いた神官たちの間に動揺が広がる。このような不祥事は前代未聞で教会の尊厳にも関わることであった。神官の一人が、しかも神官長補佐が教会の中で殺害されるとは、誰もが信じられなかった。アーメド教は国の根幹をなす重要な宗教であり、その中心となって国民を導く立場にある神官を害する者などあってはならない。神官長は他の補佐達と共に皆を落ち着かせ、常の状態に戻すために時間をとられるようになった。合間には王宮に向かい、探索の状況を伺う。または王宮の使者が訪れ、真剣な顔で話し合うのだった。


 教会は王宮と隣り合うためこの事件は王宮そのものに何者かが忍び込んだも同然とみなされ、警備が一層強化された。


 リュシェンヌの学ぶ院にもその知らせがすぐにもたらされ、教師も院生も大変な衝撃を受けた。王太子が暗殺され、その犯人もわからないうちに、神官が殺された。このような凶事はこの数十年なかった。何か禍々しいものがちかづいてくるようで、皆の口数が少なくなりあるいはひそひそと不安げな声があちらこちらで聞こえる毎日だった。中には早々に研究を取りやめて実家に帰る者も少なくない。


 高位の者も市民たちも漠然とした不安を感じていた。この国は世界最大の大国なのだという安心した思いはあるものの、相手がわからないだけに何をすればいいのかわからないというのが多くの者の気持ちだった。



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