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第24話 予兆 その3

 王都は混乱と深い悲しみにつつまれた。これはあまりにも理不尽極まりない出来事だった。大国ガイヤードの王太子が暗殺されたのだ。国を挙げての捜索が始まるが、覆面の集団の行方や正体のてがかりは一向につかめない。そんな中ひっそりと王太子の遺体が乗せられた馬車が城に入っていった。ほんの少し前に華々しく見送られて出ていったばかりなのに、若い王太子は無言で帰って来た。


 葬儀が行われ国中が喪に服す中、城の奥にある小さな部屋に集まった人々がいる。灯りが極力絞られた室内は、お互いの顔もはっきりとはわからない程だった。王子と数名の貴族が腰を下ろし、その周りに宰相を始めとする文官と数名の武官が立つ。彼らの多くはあの晩リード侯爵家に集まった者たちだった。


 武官の一人、リュシェンヌの長兄であるアルフォンスが沈痛な面持ちで報告していた。


「残念ながら王太子様ご一行を襲った賊の正体はいまだわかっておりません。生存者に聞き取りをいたしましたが、奴らは一言も声を出さなかったので、どこの国の者か見当もつかないといいます。ただ皆が口々に訴えたのが、賊の中に凄まじい剣の使い手がいたということです。その男は小柄ではあるが、ただ一刀のもとに犠牲者を切り伏せていったと。確かに遺体を改めたところ、傷には歴然とした違いがありました。大層な手練れであると思われます。その他に襲ってきた兵士たちですが、こちらも身元のわかるようなものは持っておりません。そこで彼らの剣を国軍の刀匠に改めさせたところ、西ヴストラントのものと明言いたしました」


 その報告にわずかに部屋の空気が揺れる。

「しかし西は四方を他国に囲まれ中立の立場だろう」

「西で造られた武器を所有していても西の者であるとは限りません。ご存じのとおり西はアガーラから買い入れた鉱石で剣や馬具などを大量に生産し、他国に売りさばいております。我が国にも入ってきていますから、よほど珍しいものでもない限り出所を特定するのは難しいかと…それからこれは不可解なことなのですが、護衛たちの中にはその兵士たちが何者かに操られているようだったと訴える者がおります」


「不意を突かれてうろたえて見誤ったのではないか?」

「奴らはかなりの深手を負っても気にすることなく無表情に立ち向かってきたそうです。もうひとつ私どもが重視しているのは、王太子様ご一行の進む道筋がどうして賊に知られたのかということです。いくつかの行程を考え、状況によっては現場で変更したこともあるのに、奴らは明らかに待ち伏せしておりました。もちろん、王宮に連絡はありましたが、その情報に接することのできる人間は限られます。さらに言えば私は今回現場と王宮を往復しておりますが、あの場所ほど襲撃しやすい場所はございません。言いづらいことではありますが、内通を疑うべきかと」


 皆苦い顔で同意した。

「探るしかあるまい。しかし細心の注意をはらってくれ。―卿、頼むぞ」

「かしこまりました」

年若い子爵が静かに答えた。

「引き続き探索を進めてくれ。宰相…あなたのほうからは」

「サハド、そなたから報告を」


 リュシェンヌの次兄であるサハドが進み出る。

「殿下、皆様方、王太子殿下の暗殺にはやはりアガーラと西ヴストラントの影が見えます。そしてその後ろにはさらに『魔』の存在が」

 

 そこにいた全員が無言でその報告を受け取った。みな予想はしていたが、そうであってほしくなかったという顔をしている。


「目からの報告では、アガーラの国王とその弟に数年前から近づいている者たちがあるようです。閉鎖的な国なので難しいのですが、こうして知られるようになる前からその者たちは国王の弟に取り入っていたようです。どうやら彼らは『魔』の力をある程度利用できるらしい…とても信じられないことなのですが、信頼できる情報なのです」

それを聞いて低く答える声があった。

「西ヴストラントは昔から鉱石の取引を通じて大陸内では唯一アガーラと近しくしている国だ。何より今の国王は野心家でもある。何らかの事情を知って利用しているとしか思えんな」

皆その言葉を聞いて一様に考え込んでいた。


 貴族の一人が思い出したように話し出す。

「『魔』を利用する力に関することは、確か古い王史と教典に何か記述があったのではないか?読める者は限られるから私も耳にしたことがあるという程度だが」

「確かに…私どもも聞き及んではおりますが、定かではありません。急ぎ改めましょう」

宰相がそう言った時、王子の声があがった。

「最も古い王史は読んだ。ある民族がその力を持っていたというが、今は廃れたとみなされていたはずだ」

全員がぎょっとして王子の顔を見る。


「確かバド…とか言ったはずだ。『魔』の存在する近く、今はガイヤード領とアガーラの国境となっている辺りに住んでいた。『魔』の力を利用して、人の心を操ったりすることで力を持っていたらしい。私が読んだ部分にはその程度の断片的なものしか載っていなかった。なにせ書かれた量も少ないし古語で書かれているので読みづらいことこの上ない。正史は都合の悪いことは書かないから少ない情報から推測するしかないのだが、彼らはもともと少数の民で、内部でお互いを疑い争いあうことが多くて力を失っていったようだ。もしかしたらサーヴ王の残したものがあるかもしれない。もっと詳しいことを調べてくれ。教典もあたるように。それからあの国の情勢も」


「はい、殿下」

複数の声が上がり、彼らはひっそりと部屋を出ていった。王子とアーチボルトだけが残される。


「カイル、ルース様にはお伝えするつもりか」

「兄上に心配はかけたくない…と言いたいところだが、兄上はとっくに承知なさっているだろう。俺に正史を読めと言ったのは兄上だから。おそらく今頃は教典の山の中に埋もれているはずだ。お体が丈夫ではないからあまり無理をしてほしくないが、今は兄上にも頼らざるを得ない」

「殿下が…いや今は神官でいらっしゃるが、そのようなことを」


「皮肉なものだな。お前も知っているだろう、小さいころ兄上たちとは年が離れていることもあってめったに会うこともなかった。直接話ができるようになったのはほんの数年前だ。先にルース兄上が現れて王史を読めとかあれやこれや言ってきた。マリク兄上はいきなり現れたような俺にも温かく接してくれた。あまり関心もなく深く考えていなかったのかもしれんが、俺は好きだった。ルース兄上は…不思議な方だな。とにかく俺に次々問題を投げかけてくる。ご自分でやればいいものを」

「期待していらっしゃるのでは?」


 カイルはアーチボルトの顔をきっとにらんで叫ぶ。

「俺はマリク兄上の影でよかったのだ!兄上は…施政者としては優しすぎ、物事の良い面ばかりを見ていたが、それが悪いとは言わない。国王として十分責務を果たしていける方だったのだから。その兄上を陰で誰にも知られずに支えていければと願っていたのに…」


「カイル、ほらそんなに難しい顔をするものじゃないよ」

「おまえは本当によく頑張っているな。父上たちもいつかわかってくださるよ」

ほんの短い間の思い出だったが、マリクの笑顔と優しい声が思い浮かんで切なくなる。


 カイルは我慢していたものが一気に噴き出してきたように、そこにあった器をいきなり掴むと壁に投げつけた。鋭く割れる音がした。

「…お前も出ていけ。一人にしてくれ」


アーチボルトは思う。カイルの心の奥底には絶対に誰も入らせない部分があると。カイルが幼いころからの側仕えであり、肉親よりも近しい友であるアーチボルトでさえ踏み込めない、いやカイルが踏み込ませようとしない部分があるのだ。このような事態になっても、いやこのような状態だからこそ、カイルは精神的に他者を遠ざけ、差し伸べられる手を振り払おうとする。心の中でため息をついて、アーチボルトは一礼して部屋を出て行った。残されたカイルの顔は暗く小さくつぶやく。

「俺はそれで十分だったのだ…」



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