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第20話 責務 その7

 いよいよ夜会の晩、客人たちの馬車が次々と集まってくる。リュシェンヌは両親や兄たちと並んで、にこやかに客を迎え入れた。めったに表に出てこない彼女の姿に客人たちはみな驚いたように挨拶していく。中には早速話しかけようとする者もいるが、家族がそばにいるので手出しはしにくいようだ。


 父の話では客人たちは昔の同僚とのことだったが、半分は現役で働いていそうな男性陣とその奥方や、それより若い人たちも複数見かける。リュシェンヌは父に連れまわされて挨拶に追われた。


「侯爵様にお嬢様がいらっしゃることは存じておりましたが、まあなんとお美しいこと」

「侯爵自慢の秘蔵っ子だな。美しいだけではなく大変優秀だと聞いている。今度話を聞かせてもらおうか」

そう言ってきたのは父より少し年上の内務大臣経験者だった。父と同じように実力者として今も厳然たる影響力を持った人物なので、リュシェンヌはぜひと答える。


 少し遅れて1台の馬車が到着したが、入ってきた人物を見てリュシェンヌは驚いた。世間では「海賊男爵」として知られるマクラレン男爵だ。船を操れば腕自慢の船乗りたちも舌を巻くと言われ、国の貿易の立役者でもある。40がらみの大変な男前で、色々と浮名を流していることでも有名だった。なぜ海賊と呼ばれるかと言えば、海賊退治も行うが影では自分が海賊となって儲けていると根強い噂があるのだ。そんな人物まで呼んでいるとは…この夜会はただの遊びではないとリュシェンヌは思う。


 リュシェンヌは父の思惑など知らないふりで、たくさんの人とにこやかに挨拶をし、噂好きな奥方たちの好奇心をある程度満足させるような話題を選び…あちらこちら動き回っているうちに手に持っていたはずの扇子がないことに気づいた。少し息をつこうと廊下に出て女中に扇子を探すように伝えたとき、いきなり暗い所から男性が現れてぶつかりそうになった。思わず小さく声を上げると、その男性も驚いたように立ち止まる。


「これは失礼いたしました、ご令嬢。どなたもいらっしゃらないと思いましたので。お怪我はありませんか」


 そう声をかけてきたのは若い男性で騎士の晩餐服を身につけている。背が高く、黒い髪で顔立ちは整ってはいるが冷たいような印象を与える。落ち着いた口調でありながら少し迷惑そうな響きをリュシェンヌは感じ取ってしまった。


「大丈夫です。こちらこそ失礼いたしました」

全く媚びを含まないリュシェンヌの挨拶に、その青年はちょっと目を見張ると続けて挨拶してきた。


「申し遅れました。私はアーチボルト・ダガードと申します。ダガード伯爵家のものです。ご令嬢のお名前を伺ってもよろしいでしょうか」

リュシェンヌはその名前に驚かされた。学園で学んでいたころ同級生たちがさんざん噂をしていた伯爵家の子息!なぜそんな人がここにいるのかさっぱりわからないが、礼を失することはできない、とりあえず名乗らなければと一瞬のうちにいろいろなことが頭の中をよぎっていく。


「ご丁寧に恐れ入ります。私はリュシェンヌ・リードと申します。本日はようこそお越しくださいました。ごゆっくり楽しんでくださいませ」

「リード侯爵家のご令嬢でしたか…」

彼はじっとリュシェンヌの顔を見つめていた。品定めをされているようでリュシェンヌが不機嫌になる寸前、彼は「ではこれで」と立ち去ろうとする。見送ろうとするその時、リュシェンヌを呼ぶ声が聞こえた。


「お嬢様、扇子がありました。控室の長椅子のところに」

「ああ、ありがとう、アンナ。助かったわ」

その声が聞こえたのか、彼が急に振り返ってもう一度リュシェンヌとアンナの方をじっと見つめてきた。リュシェンヌが不思議に思って見返すと、彼はさっと身をひるがえして広間の方角へ消えていった。


 リュシェンヌが大広間に戻ると、入り口近くに立っていたマクラレン男爵と目が合ってしまった。彼はおもしろそうな顔で近づいてくると、リュシェンヌのすぐ前で立ち止まる。


「これはこれは、リード侯爵家のご令嬢ですな。私はウィンダム・マクラレンと申します。以後お見知りおきを」

彼はそう言いながらさっとリュシェンヌの手を取り、その甲に口づけをしてきた。リュシェンヌはそのあまりの素早さに、「女たらし」の噂は本当だと確信する。


「リュシェンヌ・リードでございます。マクラレン男爵様のご高名は存じ上げておりますわ。本日はようこそいらっしゃいました。楽しんでいただいてますでしょうか?」

リュシェンヌはさりげなく手を戻しながらきっぱりと答えた。それに対して気を悪くしたふうもなく、男爵はにっこり笑いながら話し続ける。


「あなたが仰る私の噂と言うのは女性関係のことでしょうね。ああ、否定しなくて結構ですよ。だが、ひとつだけ誤解していただきたくないのは、私は私の理想の女性、ただ一人の永遠の女性を探しているのだということなのです。探し続けているうちにこんな年になってしまいました。しかし妥協はしたくありませんからね、船に乗って外国に行くのもどこかで巡り合えないかと…それが一番の理由ですよ」


 リュシェンヌはいきなり女性の話をされて呆れたが、なんだかおもしろそうな人物だと思った。あまりにあけすけだが、嫌な感じはしない。これも人柄ということか、他の男性に言われたら腹が立つようなセリフだが、彼のさらっとした口調にいやらしさはなかった。


「男爵様はさぞいろいろな国を巡っていらっしゃるのでしょうね。私はめったにハマーショルドからも出たことがありませんから、興味があります」

「こんな私の話でよければいつでもどうぞ。我が家には珍しい異国のものもたくさんあります。あなたに似合いそうな首飾りもね」

「装飾品はともかく、他の大陸の国々には行ってみたいですわ」

「あなたが?船に乗ってですか?女性でそんなことをおっしゃる方には初めてお目にかかりました。船酔いはつらいですよ」

「つらさより新しいことを知りたいという気持ちの方が大きいです」


 男爵の顔がますます明るく楽しそうになってくる。彼はぐっとくだけた調子になってこう言った。

「では、その時は私の船に乗せて差し上げよう。最新式の船だから揺れも少ないし、長旅で快適に過ごす工夫もあれこれ考えてあるから、女性でも大丈夫だ」

「ありがとうございます。ぜひお願いいたしますわ」

「さてと、いろいろとお話したいのは山々だが、今夜はこれで失礼しますよ。このあとちょっと約束があるのでね」

「まあ、もうお帰りですか」

「あなたのお父上には久しぶりにご挨拶できたし、会いたいと思っていた人にも会えましたからね。まして最後にあなたというすばらしい女性にお目にかかれてこれほど楽しい晩もありませんよ。またぜひ近いうちにお会いしましょう」


 男爵は挨拶すると本当に帰っていった。このあとの約束というのは女性と会うことなのかもしれないとリュシェンヌは考えながら、他の客のほうへと進んでいった



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