第16話 責務 その3
学園の授業はそれぞれ国で一番優れた教師によるものであり、何よりリュシェンヌを惹きつけたのは図書館にある膨大な一級の資料や蔵書だった。彼女はひたすら自分の能力を伸ばし何ができるのか、将来どのような道に進みたいのか考えながら勉強を進めていた。すぐに彼女は学年での首席になり、さらには飛び級も打診される。17歳になると院に進む許可をえることができた。
「女性では珍しいことですよ。よく頑張りましたね、リュシェンヌ嬢」
学生にはめったに直接話しかけない学長から直々に褒められて、リュシェンヌは恐縮しながらも嬉しくて仕方がない。これでまた、自分の進むべき道が見えてきたと思う。
「院ではあなたよりずっと年上の方たちと切磋琢磨しなければなりません。でもあなたならそれができると信じていますよ。体にだけは気をつけなさい」
「はい、ご指導ありがとうございました。精一杯努力します」
教室に戻ると、仲のいい令嬢たちがわっと周りを取り囲んできた。
「おめでとう、リュシェンヌ!その年で院に進むなんて立派だわ」
「あなたならできると思っていたわ。院に進んでも私たちのことは忘れないでね」
「ありがとう、みんな。あなたたちのおかげで学園の生活は忘れられない楽しいものだったわ」
「リュシェンヌったら…あんなに勉強ばかりしていて本当に楽しかったと言うのね。わかってはいたけれど、びっくりだわ」
「だから言ったでしょう?リュシェンヌは並みの令嬢にあらず、だわね」
「並みの令嬢でなければ一体何なのかしら?」
「うーん、変わり者?」
「ええ~っ!ひど~い!」
リュシェンヌの抗議にも明るい笑い声が広がった。リュシェンヌも昔私塾の終わりの日に経験した別れのさみしさを久しぶりに思い出しながら笑っていた。
家に帰り、両親に院に進むことを報告すると、二人とも本当に驚いたようだった。今まであまり進路について相談していなかったので無理もないと思う。特に母の嘆きは大きかった。
「なんてこと…せっかく学園に進みながら社交に目もくれず勉強ばかりで…あなたの年齢なら縁談のお話だってそろそろ来るのよ。これ以上勉強してどうするの。適齢期を過ぎてしまうわ」
「お母さまは侯爵家の名に恥じないように振舞いなさいと幼い私に言ってくださいました。私はその言葉に従って自分の進むべき道をみつけたのです。申し訳ございませんが普通の令嬢のような期待は…」
「それでも女の子なのですから、親として心配するのは当然でしょう。何と言ってもあなたのような立場の娘が一人で生きていくことは大変難しいことなのですよ」
「わかっております。それでも私はやるべきことがあると思うのです。お許しください」
「あなた、何とかおっしゃってください。あなたがリュシーを甘やかすからですわよ」
父はそれでも黙っている。リュシェンヌを見る目がいつもの穏やかで愛情に満ちたものから、国の責任ある仕事を背負ってきた鋭いものになっていった。母もそんな気配を感じてか黙ってしまった。
「リュシェンヌ」
父から愛称ではなく呼ばれるのは久しぶりのことだった。
「はい」
リュシェンヌはまっすぐ父に向かい合った。
「おまえが男の子なら大変喜ばしいことだ。女の子であるお前がこの先進もうとしている道は果てしなく厳しい。前例も大変少ない。いろいろと嫌な思いも、投げ出したいと思うこともあるだろう。それでも続けると誓えるか。中途半端に投げ出されては回りが迷惑する。覚悟があるか問うている」
リュシェンヌは一瞬目をつむり、大きく息を吸って答えた。
「はい、覚悟はできております。絶対に逃げません」
「よし、部屋に戻りなさい」
「お父さま、お母さま…ありがとうございます。私はお二人の娘であることを本当に感謝しております」
リュシェンヌは精一杯令嬢らしく礼儀にかなったお辞儀をして部屋から出ていった。




