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第10話 邂逅 その9

 リュシェンヌはそれからも何度かマリ達と町に出て買い物をしたり、一緒にジーンに会いに行ったりと楽しく過ごした。すっかり仲良くなったジーンは、いつも必ず新しい宝物を見せてくれる。それらはピカピカ光るガラス玉や、ローザが縫ったという犬のぬいぐるみだった。


 私塾に通い始めて数か月が過ぎ、授業の進め方にはすっかり慣れてきたが、体術はなかなか思うようにはならない。いくら飾りもついていない楽な服装とはいえ、女の子の服では動きに制限があるからだ。バルトの教え方も男の子と女の子では違いがあった。


 どうしたらフェリクスたちに追い付けるのか、そればかりを考えていたリュシェンヌは刺繍を教えてくれる先生の声を聞き逃していたようだ。

「リュシェンヌ様、聞いていらっしゃいますか?」

「えっ、あっ、すみません、先生」

「今日は全く身にならないようですね。もう終わりにしましょう。次の時間までにここを仕上げておきなさい」

「うっわあ…あ、いえ、わかりました。先生」


 先生がプンプン怒りながら帰った後、リュシェンヌは窓からぼんやり外を眺めてまた同じことを考え続けていた。その時、邸で働いている少年たちが下を通る。彼らの多くは地方の地主や商店主の次男や三男である。家を継ぐのは長男なので彼らは将来兄の仕事を手伝うか、どこかに働きに出て自分で生活しなければならない。他の商店に雇われて仕事を覚え、いずれ独立して自分の店を持つ者も多いが、リュシェンヌの家のような貴族に仕えて下働きから始め一人前の召使になっていく道もあった。主人の目にとまれば家の事業に携わることもできるし、推薦されて王宮での仕事に就くことさえある。


「そうよ、これだわ!」

自分の思い付きにせかされたリュシェンヌは部屋を飛び出して階段を駆け下りた。ちょうどそこに奥から執事が出てきて見咎められてしまう。


「お嬢様…」

「わかっています、シェルドン。階段を走ってごめんなさい」

「おわかりでしたら…」

小言を続けようとした執事の言葉を食い気味にたたみかけた。

「ねえ、シェルドン、お願いがあるのよ。下働きの男の子たちの小さくなった服が欲しいの。多少汚れていたってかまわないわ、どうせ汚すのだもの。お願いよ、私が着られそうなものを持ってきて」

「お嬢様が?いったいどうなさるのです」

執事は言われたことが咄嗟に理解できず、目を丸くしている。

「動きやすい服が欲しいの。でも男の子の服なんて買いに行けないし。あの子たちに頼もうかと思ったけれど、お仕着せの服を取り上げてしまったらあの子たちが叱られてしまうでしょう。だからあなたに直接頼んだ方がいいと思ったの。だめかしら?私どうしても欲しいのよ」

執事は呆れて声も出ないようだ。


「お願い!!」

リュシェンヌはここで断られては大変と必死に頼み込んだ。執事は普段冷静沈着でもちろん彼女が生まれる前から侯爵に仕えているし、リュシェンヌの性格はすっかり飲み込んでいるが、さすがに男の子の恰好をしたいと言う言葉にはすぐには反応できなかった。だが、この邸の者は皆リュシェンヌに甘いのだ。たまに子供らしい我儘を言うこともあるが、下の立場の者に対する思いやりにあふれている。子供だからと侮れない頭の良さも、表情豊かで明るい性格もすべてみんなの「お気に入り」なのだった。


 彼はひとつため息をつくと、奥から繕いに出そうと思っていた服を2、3着持ってきた。

「今回だけですよ。それにお屋敷の中では絶対に着ないでください、よろしいですか」

「充分よ!ありがとう、シェルドン」




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