第1話 序章 深淵
未だ星々もまして大地もまるで灰色の煙のような存在だった頃。上も下もなく、手前も奥もわからない無限とも言える砂地のような空間から「それ」は現れた。どこから来たのか、「それ」は黒くごつごつとした塊だった。まだ何も存在しない空間を、「それ」は飛んでいく。もし誰か「それ」を目にする者があれば、信じられないほどの高さを瞬きするほどのほんの一瞬で駆け抜ける、細長い尾を持つ赤黒く光った球体にしか見えないだろう。しかし、今は誰も見る者がおらず、その存在すら知られていない。
「それ」自体に何の意思もなく、ただひたすらに飛び続けている。どれほどの時が経ったか、灰色の煙があちらこちらでぶつかり合い、吸い寄せられ、固まって無数の星になった。星々の間をまだ、「それ」は飛び続ける。尚も時が過ぎたころ、「それ」の向かう先に一つの青い星が現れた。まだその星には広大な水面しか存在しない。「それ」は徐々にその星に吸い寄せられて行った。
ついに「それ」の永劫とも言える旅が終わる。その星の薄い大気に触れた瞬間、「それ」は今までより更に赤く、次いで白い灼熱の塊となり、あっという間に燃え尽きようとする。しかし、あと少しで消え去ると思われた瞬間、「それ」は星の海に衝突した。
星はとてつもない衝撃に震えた。大量の水が瞬時に蒸発し、幾度も爆発が起きる。空を覆いつくす暗灰色の雲が沸き上がり、雷が落ち大雨を降らせる。空に届きそうなほど高く沸き上がった大波がぶつかり合った。衝突によって砕けた「それ」の大部分が、塵や目に見えない微細な粒子となって星全体に降り積もる。更にまた時が経ち、最初の混沌が収まりつつあった頃、最初に「それ」が落ちた場所は水が干上がり、水底だった部分が深くえぐられていた。
そして、「それ」はまだそこに存在していた。しかし、凄まじい衝撃と熱に溶かされて、柔らかくうねる黒いものになっていた。「それ」はそこから動くこともなく、大きくなることも、小さくなることも、消えることもなかった。周りがその存在に気づかずに急激に変化していく中、「それ」はそこにただ在り続けた。