第6話 シャンテの願い
記憶を取り戻した後のシャンテは『ザ・レム一族』といった感じになりますね。
◇ウィル視点◇
街で巨大な魔獣が暴れている。
その言葉を使用人から聞いたシャンテは制止を振り切り外へと飛び出していった。
脚が不自由な彼女は空飛ぶ絨毯型の魔道具に乗って猛スピードで街へと飛んでいく。
俺はその後を馬に乗って必死に追いかけた。
そして街の入口でようやく追いつくがそこで見た光景に愕然とした。
それは街を破壊する巨大な異形の龍の姿であった。
「あれは……そんな、邪龍だと!?」
4つの目を持ち爛れた様な皮膚。翼膜は所々に穴が開いており空を飛ぶ機能は失われている。
左右非対称の腕を持つ醜悪極まりないこの怪物はかつて俺が『メメント・モリ』でマクベス達と共に対峙、封印したモンスターだ。
「シャンテ……本当に生きていたんだな……」
呆然とする俺達に一人の男が近づいてきた。
「リーガンさん!?」
こいつがマクベスの子孫。確かに顔つきが似ている。
「リーガンさん、これは一体……?」
「お前のせいだ。お前が生きていたってギルドから連絡があったんだ。お前にしたことが知られたら俺達はもう終わりだ。お前はどれだけ俺達に迷惑をかければ気が済むんだ!!」
勝手な事を言ってくれる。
そういう所はマクベスそっくりだ。
「ふざけるな。シャンテにひどい事をしたのはお前達の方だろうが!」
「うるさい!いいか、俺達はな、俺達の一族は成功することを常に期待されているんだ。皆が英雄マクベスの子孫として見てくる。失敗は許されないんだ。なのに、なのに……」
勝手な奴だ。
だがこいつ自身、英雄とあがめられる者の子孫として生まれたことで背負った苦しみがあったのか。
「あたしだって、みんなが大賢者のひ孫って目で見てくる……それが辛い時もありました。あたしは才能がないから……それでもあたしは、あたしだから。あなただって同じですよ。あなたはリーガンさんです。先祖の方がどんな方であってもあなたはあなたんですよ!」
「シャンテ……俺は……」
リーガンが顔を歪めた。
「やっぱり、あんたは綺麗ごとが好きなのね」
建物の陰からひとりの女性が乗っていた。
「ゴルネリさん?」
ゴルネリ。
そう、リーガンのパーティーに属するヒーラーだ。
「気にくわないのよ。あんたのそういう真っすぐな所がね!」
「ゴルネリと言ったな。お前はメンティスの子孫だな?」
「ええ、良く知っているわね。私の先祖は英雄マクベスの仲間。マクベスの子孫の繁栄を陰で支え続けたわ。必要ならば邪魔者だって始末していった。マクベスの子孫には繫栄してもらわないと困るの。それなのにこの男、どんどんヘタレていってね。それもそこにいるシャンテのせい」
「ゴルネリさん……」
「そそっかしいけど真っすぐなあんたにリーガンも感化されてダンジョンで名声を上げるより人助けの方にシフトしだすものだから困ったものよね。だから、あんたには消えてもらうことになった。それなのにこうやってしぶとく生き残って。ギルドから報復されるのは時間の問題だわ。それならいっそあんたごと全部壊しちゃえばいいと思ってね。先祖が封印していたこいつの復活を解いてやったのよ」
これってつまりはリーガンはこの女に裏から操られていたって事か?
もしかしてマクベスが急に俺を目の敵にしたのも本当は……
「あたしは、あなた達を憎んでなんかいない。だからこんな事は止めてください!無関係の人を巻き込まないで!!」
「残念だけどそれは出来ない。一度封印を解いたが最後。あいつはここら一体を焦土と化すでしょうね。私は今の内に逃げさせてもらうとするわ。まあ、せいぜい人生最後の時間をかみしめておきなさい」
煙幕を張り、ゴルネリがその中へと姿を消す。
「ま、待ってくれゴルネリ。俺は、俺はどうなる!?」
「わからないのかお前、あいつはお前を置いて逃げたんだ。見捨てられたんだ」
「そんな……」
リーガンが膝をつき項垂れた。
情けない奴だ。俺はこんな連中に人生をかけて復讐しようとしていたのか。
「シャンテ、逃げるぞ。残念だが俺達ではどうしよう……」
「若様はリーガンさんと街の人達を避難させてください。あたしがあいつを何とかします」
「シャンテ?」
待て。今こいつ、何と言った?
あの化け物を、邪龍を何とかするだと?
「バカな事を言うな。あいつはお前なんかにどうにかできる相手じゃない」
「それでも止めないと!みんなが逃げる時間を稼がなないと!!私だって冒険者の端くれです!だから……」
「シャンテ!!」
俺はシャンテの腕を掴む。
彼女の身体は震えていた。
「お前……」
「思い出したんです。あの言葉を。ひいお祖母ちゃんが教えてくれた言葉を。あたしの原点を」
彼女は小さく息を吐き、そして言った。
「優しさを決して無くさないで。弱い者に手を伸ばし互いに助け合う気持ちを忘れないで。たとえその想いが何百万回裏切られたとしても!!」
「その言葉……」
そうだ、あいつが言っていた。
レイナが……
『私は弱い人たちに手を伸ばして助け合いたいな。何百万回裏切られたって、私はその気持ちを忘れないよ。君に出会えて、あたしはそう思うようになったんだ』
俺と出会い、レイナは変われたと言っていた。
そう。こいつはきっとレイナの……レイナに連なる者なのだろう。
「だからあたしは行きます。あたしは、レム・シャンテだから!」
「ダメだ。そんな事は……」
行かせてはダメだ。
こいつは間違いなく無理をして、今度こそ命を落とす。
木に登って降りられなくなるとかそんな次元じゃないんだぞ?
だから……
「若様、あたしみたいな子をずっと気にかけてくれて、短い間だったけどありがとうございました」
そう告げるとシャンテは俺の方を向き俺に唇を重ねた。
「ッ!」
「大好きでした。それじゃあ……」
手の力が抜けていきシャンテが離れていく。
そして……
「さようなら」
そう告げると彼女は走り出した。
あまり自由の利かない脚を引きずりながら。
「何をしているんだ。待て、行くな。行くんじゃない!!」
こんな時に俺は何をしているんだ?
動けよ。追いかけろよ!
「もうダメだ。何もかも終わりだ……」
リーガンがうわ言の様に呟いていた。
そうだ、あんな化け物どうしようもない。
剣王と呼ばれた前世とは程遠い力しか持っていない。
だから立ち向かっていくなんて死にに行くようなものだ。
なのに彼女は……
「違う!まだ終わりじゃない。終わらせはしない!!」
後悔しない生き方をしたい。
ならば俺に取って後悔しない生き方とは……
『ダンテ……』
声がした。
炎の中に立つ幻影のレイナだ。
「俺は行く。後悔はしたくないからな……」
ふと、何かが足に当たる。
奇妙な形の石、いつもシャンテがお守り代わりに持っている石だった。
「……あいつ、こんなものを落としていって。そそっかしい奴だ」
拾い上げた瞬間、石が七色に輝き砕ける。
その粒子が俺の中へと入っていく。
「何だ、力が満ちてくるだと?これは……」
ウィルの身体にかつて剣王と呼ばれていた頃の力が溢れていた。
『君が転生する際に忘れていったもの。あの子が拾ってくれたみたいだね。さぁ、行って!』
「ああ……おい、マクベスの子孫。剣を借りるぞ!」
その言葉と共に、俺はリーガンから剣を奪い取り走り出した。