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第5話 後悔しない生き方を

◇ウィル視点◇


「大変な無礼を働いてしまいました。まさかレム家のご令嬢だったとは露知らず……」


 親父殿が平身低頭してそそっかしい侍女ナナシもといレム家令嬢、レム・シャンテに詫びていた。

 ナナシ……いや、シャンテはソファに腰掛け困った様な表情でこちらを見る。

 いや、俺の方を見られてもな。


「か、顔を上げてください旦那様。戻りつつある記憶もおぼろげですし、それに野垂れ死にしそうなところを救っていただきこうやって置いていただいたのですから。あたしの方こそお礼を言わないと」


「は、はぁ……そ、そうですか……」


 まあ、しかしまさかこいつがレム・シャンテ本人だったとはな。

 冗談とはいえこいつに夜の相手をとか言っていたなど背筋が凍りそうになる。

 もう少しで俺の方が詰むところだった。


 とりあえずあの後、記事などを見せてみたところ、こいつは自分の名前がレム・シャンテであることをしっかりと思い出した。

 まだすべての記憶は戻っていない様だが段々と戻って来るだろう。

 

 黙っていても仕方が無い事なので親父殿に報告するとそれはもう血相を変えてこいつに新しい服を用意させ応接間でもてなしているというわけだ。

 まあ、ここはシャンテの出身であるナダ共和国ではないがそれでも外国の令嬢を使用人扱い、しかもそれが『レム一族』ともなればとんでもない事だ。


「それで、お前は何であんなところで倒れていた?」


「ウィル!お前口の利き方を……」


 まあ、大体はわかっている。

 どうせマクベスの子孫にあの迷宮へ突き落とされたからだろう。

 だがそれは前世での俺も同じ。

 俺の場合は生還することが出来なかったがこいつは違う。

 運がいいのか、それともそれが『レム』たる所以なのか……


「あっ、いいですよ。今まで通りの感じの方があたしも気が楽です。うーん…………よくわからないです」


 まあ、そう言うと思った。


「とりあえずギルド経由でお前の国に生存と保護をしている旨を伝える様にしている」


「えへへ、良かった。お母さんやお祖母ちゃん心配してるだろうなぁ」


「数日中には迎えが来るだろう。家族の元へ帰ることが出来るな」


「えへへ、あっでも……」


 彼女は何かを言おうとして、そして黙る。


「まあ、それまでお前は客人だ」


 とりあえずこいつを保護したという事でレムとのコネクションは構築できただろう。

 後はそれを利用してあいつらを追い詰めれば……


「チッ……」


 何だかもやもやした気持ちだ。

 取り合えずこれでシャンテは家族の元へ帰ることが出来俺の復讐計画も進んだ。

 なのにこのイライラする気持ちは何だ?



 妙に心が落ち着かずシャンテをもてなす夕食もほとんど口にせず俺は自室へ戻った。

 想定していたものとは違うが計画は上手く進んでいる。

 もうすぐ俺はマクベスの子孫に復讐が出来る。

 だが……


『信じていた人から裏切られたら、凄く辛いです。心が張り裂けそうになると思います。それでもあたしは……許すかもしれません』


 シャンテの言っていた綺麗ごとが蘇った。


『優しさを決して無くさないで』


 いや、綺麗ごとだ。

 俺はマクベスからひどい裏切りを受け、あの大迷宮で命を散らした。

 憎しみから俺は転生までしてここにいる。

 そんな俺の復讐を否定出来るものなど……


 コンコン。

 ドアがノックされる音が響く。

 誰だ?


「あの……若様」


「!!」


 聞き覚えのある声だ。

 その悲鳴が響けば剣の訓練も復讐計画も放り投げて飛んでいった声

 ナナシ=シャンテが扉の向こう側にいる。


「開けてください、若様……」


 さて、どうするか。

 別に開ける必要も無い。

 目的は達しているのであと数日すれば出ていく女。

 別に眠っているという事にしておけば……


 するとしばらくガチャガチャと音がして……鍵をかけていたはずの扉が開いた。


「失礼します。外から何度も声をかけたのに出てくれないなんて……」


「待て。カギをかけていたはずだぞ?」


 ベッドから身を起こし俺は抗議した。


「あたしにかかればこれくらいは」


「そうか、お前は魔法使いだったな。鍵開けの魔法か」


「いえ、安っぽい鍵だったのでこうガチャガチャして開けました。鍵開け魔法なんてあったら侵入し放題ですよ?盗賊がはびこる世ですよ?」


「……」 


 いや、才媛ぶりをそういうところで発揮するな。

 この女どちらかというと盗賊の素質があるのではなかろうか……いや、トラップに引っかかりまくるのが目に見えているな。


 シャンテは俺の許可も取らず椅子に腰を落ち着ける。


「……何の様だ?まさか夜這いでもしに来たか?」


 いつもの調子でからかう。


「はい。夜のお相手でも、と来ました」


「……いや、待て。何故そうなる?」


「ナダ女は積極的なんですよ?」


「いやいや、いくら記憶が戻ったからと言ってそれはいかんだろう。自分を大切にしろと親からは教わらなかったのか?」


 慌てる俺を見てシャンテが少しいたずらっぽい笑みを浮かべた。


「……と言ったら若様は慌てるかもと思いまして」


「…………」


 やられた。

 こいつ、今朝俺にされた事への意趣返しを。


「若様とお話がしたくて来ました。焼き菓子は無いですけど……」


「何か話すことがあるのか?」


「大事な事です」


「……そうか、なら少し待て」


 ならばベッドに寝そべりながら聞くのも失礼な話だ。

 俺は起き上がりベッドから脚を下ろした。

 この部屋唯一の椅子はシャンテが使っているからな。


「……それで、何の話だ?」


「あたしが何であんなところに倒れていたか、です」


「よくわからないんじゃなかったのか?」


 シャンテは目を閉じると静かに首を横に振った。

 こいつ、あの時は隠していたのか。


「かつてあたしは『黄昏の轍』というパーティの一員でした」


 調査報告書にもあったマクベスの子孫、リーガンのパーティーだ。


「あたしは彼らの期待に沿えるような魔法使いではありませんでした。初級魔法くらいしか使えず武器に関する適性も大したものではありませんでした。ダンジョンではトラップをよく発動させてしまいみんなの足を引っ張っていました」


 まあ容易に想像がつく光景だな。


「だから、あの日。あたしは『メメント・モリ』というダンジョンでパーティーから追放されました。そして……」


「地下の大迷宮へ落されたんだろう?」


 俺の言葉にシャンテは静かに頷いた。


「あたしはお母や祖母の元へ帰りたいという一心で大迷宮をはい回り続け奇跡的に脱出することが出来ました。その後、若様に保護していただいたのです」


「そうか……それで、お前は何故その話を俺に?リーガンを糾弾したいならギルドの連中に言えばいいだろう?」


 いや、俺は何となくわかっていた。

 何故こいつがここに来たのか。それは……


「あたしはリーガンさん達が自分にしたことを許そうと思います」


 ああ、やはりそうか。


「それで……自分がそうだから同じ様に誰かに復讐を考える俺を諫めに来たわけか」


 そう、こいつもまた信じていた仲間に裏切られた。

 奇跡的に生還を果たしたが、条件は俺と同じ様なものだ。

 だから、こいつには俺の復讐を否定する権利がある。


「そういうわけではありません」


「何だと?」


「若様とマクベスという人の因縁がどの様なものか、あたしは知りません。復讐は悲しいものだとは思います。でも、若様の怒りは若様のものですから、あたしなんかが軽々と否定出来るものではありません」


 意外な事を言ってくれる。

 何故だ、何故否定をしない。


「俺の怒りは俺のもの、か……お前は相変わらず綺麗ごとが好きだな」


 思わず挑発的な言葉を投げかけてしまう。

 それでも彼女は……


「はい。あたしもそう思います」


 俺から目を離さず言い切る。


「……チッ、お前は!!」


 俺はベッドから立ち上がるとシャンテの胸倉を掴んでいた。


「何でお前はそんな風に思える!あの暗闇に、絶望の中に叩き落とされてなぜそこまで」


「あたしは後悔しない生き方をしたいだけです。だからあたしは誰かに憎しみを向けたりしたくない」


「止めろ!お前がそんな事を言ったら俺は…………」


 復讐の意味を無くしてしまう。

 転生して19年。マクベスの子孫への復讐を考えていた。

 だが同時に思う。果たして顔も合わせた事の無い子孫に復讐をする意味などあるのか?

 彼らが俺に何をした?

 

 だから理由を探した。

 そこへ現れたのがシャンテだ。

 マクベスの子孫からごみの様に捨てられた。

 そのせいで生死の境をさまよい、脚も不自由になった。

 身体にも心にも大きな傷を負った少女。

 そんな所業をする男だ。 

 復讐をするに値する存在なのだ。


『もう止めていいんじゃない?』


 不意に、聞き覚えのある声が聞こえた。

 俺に胸倉を掴まれながらも俺から目を離さない少女の後ろに立つ女性が居た。

 いや、これは恐らく幻だ。だってこの時代に彼女が居るはずがない。


「レイナ……」


「レイナ?その名前……」


『本当はわかってるだよね、どうするべきか。もう、手放していいんだよ』


「俺は……」


『もうすぐ『選択』が来る。間違えないで。目の前のその子を見てあげて。その子はあたしの……』


 そこまで言いかけ、レイナの幻影は姿を消した。


「くそっ!」


 俺はシャンテから手を離す。


「すまん、乱暴な事をした」


「大丈夫です。もっと吐き出してください、若様の心を。あたしは、それを受け止めたい」


「お前、何でそこまで……」


「ナダ女は積極的です。特にウチの家系はね」


 舌打ち交じりのため息と共に口の端が少しだけ上がった気がした。

 後悔しない生き方……か。


「記憶を失くしてても取り戻しても世話が焼ける女だな」


 シャンテも小さく微笑む。

 こいつは思った以上に強い女だ。


「茶でも用意させよう。お前とは話すことがたくさんありそうだ」


「ええ、望むところです」


 それにそう、さっきの幻影の言葉。

 きっとこいつはレイナの……

 

 ドォォォォン!!!

 突如と爆音が響き渡る。


「何だ!?」


 街の方を見ると火の手が上がっていた。

 一体何が……?









 






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