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第4話 猫舌の侍女と大賢者のひ孫が同一人物かもしれない件

◇ウィル視点◇ 


 俺から少し離れた所に座ったナナシは俺が淹れてやった紅茶に口をつけ……


「熱っ!若様、熱いです……」


「……いや、冷ましながら飲め」


 湯気が上がっているのだから熱いに決まっているだろう。


「あの、若様が先ほど口にされた『マクベス』という方ですが、どういったご関係なんですか?」


「そうだな。古い因縁……でも言っておこうか」


「因縁ですか……何だかかっこいいですね」


 何が格好いいのだろうか?


「格好良くもない。俺にとって奴は許せない存在、だ」


 その言葉を聞きナナシは首を傾げ……


「大喧嘩でもされたのですか?」


「……喧嘩、か。お前は面白い事を言うな」


 あいつはかつて俺を慕っていた。

 だがいつしかその気持ちに影が差し、そしてやがて『あの出来事』が起きた。

 ある意味では『大喧嘩』なのかもしれないな。

 まあ、かなり物騒だが。


「若様はマクベスさんとその……仲直りでもしたいんですか?」


「仲直りか……気楽な事だな。俺はそう、復讐をしたいだけだ」


「復讐……ですか」


 ナナシはその言葉にうつむき肩を落とした。

 こいつは本当にわかりやすい。


「若様にとって何か事情がおありなのでしょう。だけど復讐って……何だか悲しいです」


 何も知らずそんなよくそんな綺麗ごと言えるものだ。まあ、予想はしていたがな。

 少しイラっとしたが不思議としかりつけて追い出すよりも話をしてみたいと俺は思った。

 何故か不思議と彼女に対してはそういった感情が湧くのだ。


「綺麗ごとだな。例えば、だ。信じていた人からひどい裏切りにあって大切なものを奪われたとしてだ。それでもお前は相手を許せるのか?」


 そう、俺はこの女に問答をしている。

 ナナシはしばし考え、口を開く。


「信じていた人から裏切られたら、凄く辛いです。心が張り裂けそうになると思います。それでもあたしは……許すかもしれません」


「ほう、許すというのか?」

 

 ナナシは頷き返す。


「あたしは……自分が誰かもわかりません。だけど、覚えていることも少しあるって言いましたよね?私は手を握っていたんです。大切な人、多分家族です。その人が言っていたんです。『優しさを決して無くさないで』って……」


「優しさを無くすな……」


「本当はその後に言葉が続いたはずなんですが困ったな……それが思い出せなくて」


 頬を掻きながら苦笑する侍女。

 一部を忘れてはいるが恐らくそれが彼女の信条なのだろう。

 だが……


「やはり綺麗ごとだ。お前の言葉は一度も裏切られたことが無いような人間の台詞だ」


 俺はそんな彼女の信条をばっさり切り捨てた。

 しかしその事に気を悪くする様子もなく彼女は苦笑。

 

「そうですよね。あたしって能天気だから……」


「まあ、その能天気がお前の取り柄かもしれんな。面白い問答だった。礼を言うぞ」


「ん。ありがとうございます」


 まあ、出来る事なら誰かに裏切られて心に闇を落とす様な事にはなって欲しくないものだ。

 そう、俺みたいにな…… 


 俺は机の上に置いてある調査報告書に目をやる。

 レム・シャンテの生い立ちについて記されていた。

 そしてページをめくるとある新聞記事からの抜粋もあった。

 どうやらシャンテという少女の祖母が彼女の人柄について触れたものらしい。

 歳を重ねまさか孫に先立たれる事になるとはこの老婦人が哀れだ。


『シャンテは明るく心優しい子で焼き菓子づくりが得意でした。特にシャルールとい焼き菓子が得意で我が家に伝わるキノコを隠し味に入れていました』 


 キノコを使ったシャルールか……

 俺は自分がつまんでいる焼き菓子に目をやる。

 まあ、焼き菓子が得意な女くらい山ほどいるか……キノコを入れるのがよくわからんが。

 

「そう言えば若様、今日作ったシャルールですけど自信作なんです。隠し味にキノコを入れているんですよ」


「ほう」


 どうやら俺は菓子作りの事をよく知らなかった様だ。

 意外と隠し味にキノコを入れるの奴は多いらしい。

 俺は更に読み進める。


『そそっかしい子でよく木箱に引っかかってこけたりしていました』


 ちょっと待て。木箱でこけるだと?

 何だかそれは日常的によく目にする光景だぞ?

 いや、待て。意外と若い娘にはそういう奴が多いのかもしれない。


『猫を助けようと木に登り降りられなくなることもしばしばありました』


「…………………」


 なら登るなよ。

 というか今の所この条件をしっかりと満たす女が正に目の前にいるのだが……だがなぁ……

 シャンテという少女は大賢者のひ孫。

 恐らくは才媛の誉れ高き者であったに違いない。


 俺は紅茶に息を吹き冷ましながら少しずつ飲んでいる記憶喪失の侍女に目をやる。

 ……うん、そうは見えない。

 

『お茶を淹れる時に最初の一滴以外を全てをこぼすという離れ業をやってのけたことがあります。そそっかしさが過ぎましたがとても優しい孫でした』


 ああ、これはもう否定できない。

 こんなことが出来る女がこの世に何人も居るはずがない。

 というか居てたまるものか。


「おい、シャンテ。レム・シャンテ!」


 猫舌の侍女に向かって『シャンテ』の名を呼んでみた。

 すると、だ……


「あ、はい。どうしましたか若様……ってあれ?今、あたし何で返事を……?」


 首を傾げながらもこいつはしっかりと反応した。


「チッ!」


 ということで俺は死んだと思われていた令嬢レム・シャンテを発見した。

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