第2話 そそっかしい侍女にはどうも鍋が爆発する記憶があるらしい
◇ウィル視点◇
俺を陥れたマクベスの子孫への復讐。
それを遂行するにあたって幾つかの懸念点がある。
まずは俺の戦闘能力だ。
奴らを絡め手を使いながら陥れるつもりではあるが戦闘になる可能性も考えられる。
俺は前世では剣王の称号を持っていた。
これはソードマスター、または剣聖とも呼ばれる剣の達人の中でも更にほんの一握りの者に与えられる。
かつての俺はドラゴン族の硬い鱗をその剣で斬り裂き打倒すほどの強さを誇った。
ならば何も問題ないでは無いか……と言いたいところだが問題だらけだ。
剣王だったの頃の記憶や感覚はしっかりとある。
問題は転生先の身体がそれについていけていないという事だ。
ドラゴンを斬ろうとしても間合いを詰める前に炎で焼かれるだろうし剣が届いても鱗を断つほどの闘気を出すことも出来ない。
生まれ変わったはいいが意外と面倒だな。
利点と言えば復讐の機会が与えられた事と前世からの知識があるので勉学には困らなかった。
欲を言えば長男に生まれればもう少し色々便利だったのだがな。
とは言え、前世では親兄弟も早くに亡くなっていた身だ。
そんな俺にとって『家族』が居るというのも悪くない。
ただ思う。
本来ならこのウィルという男は死産になるはずだった。
俺はその器に魂が入り込んだ存在である。
ウィルであって剣王ダンテでもある。
本当の息子では無いのに家族面をしているというのも何だか悪い気がする。
気持ちがもやもやした時、俺は庭で剣を振る。
こうしていると頭もすっきりして来るし元の肉体に少しでも近づく為に必要な鍛錬だ。
後、身体を動かしているとこの後の『あれ』が楽しみだ。
とりあえず時間がかかる事なので体を鍛えつつ作戦を練っていく。
我ながら完璧な……
「きゃーーーーっ!!」
突然響き渡る聞き覚えのある悲鳴で俺は手を止め……
「チッ、またあいつか。いや、今回は知らんぞ………知らん………………チッ!!」
俺は剣を放り出すと声のした方向へと走っていった。
□
「お前は静かに仕事が出来んのか」
厨房に行くとやはり思った通りの人物が大体想像していたのと同じような状態になっていた。
頭を押さえうずくまるナナシの傍には金属製のボウルが転がっていた。
「すいません……ボウルを取ろうとしたら落ちて来て脳天に直撃しました……」
器用な奴め。
「すいません!まさかうっかり高い所に置いてしまって……大丈夫、ナナシ?」
同じように駆け付けた厨房担当の使用人が申し訳なさそうな顔で謝っていた。
「えへへ、ドジっちゃった」
まあ、ガラス製でなくてよかった。
「……お前は下がれ、元はと言えばこいつに『あれ』を頼んだ俺のせいでもある」
厨房担当を下がらせ俺は落ちていたボウルを拾い上げた。
「それで、何が必要だ?」
「へ?」
「必要な調理器具や材料を言え。俺がとってやる」
「そんな、自分でそれくらい出来ますよ!」
「何を言っている。そう言っておいてこの始末だぞ?」
こいつのそそっかしさ、もしかしたら何かの『呪い』でも掛かっているのではないか?
「ぐうの音も出ません」
呆れ返った俺の言葉にナナシは顔を歪めた。
「でも、用意はやっぱり自分でさせてください。あたし、これしか取り柄が無いですし」
「……だがなぁ」
「こうやって料理をしているとちょっと思い出すんですよ。小さい頃の事」
「ほぅ、記憶が少し戻ったか。それでどんな記憶だ?」
「そうですね……厨房で鍋が爆発していました」
「……何故そうなる?」
ロクな記憶が戻っていないではないか。
もう少し自分の正体に繋がる記憶が戻ればいいものを……
「あ、断っておきますけどあたしがやったんじゃないですよ。記憶の中では年老いた女の人、多分あたしの親族だと思うんですがその人が厨房でため息をついていました。それで他の家族に怒られていました」
「……そいつは間違いなくお前の親族だな」
今の所、こいつが鍋を爆発させたことは無いが間違いなくその女の血を引いているのだろう。
「そうですね。あたしはきっとその人に似たんでしょうね」
「その人の旦那も大変だっただろうな」
「あはは、かもしれないですね」
全く。何だかその年老いた女の旦那に親近感が沸いてしまったでは無いか。
……いや待て。その理屈で行くとこの女が俺の妻という事になるぞ?
俺は粉やら砂糖やらを混ぜ作業を始めた侍女を見る。
……いや、考えるのは止めておこう。
「あの、若様。ただ腕組みしながら見られてると、落ち着かないのですが……」
「お前が一人で作業していて厨房が爆発しては困る」
「させませんって…………その、多分」
そこは自信を持って否定して欲しかった。
俺は作業をする彼女の顔を見ながら思う。
こいつはどんな人生を歩んできたのだろうか?
剣王だった時代の俺はただ戦いの日々だった。
若い頃、俺はナダ王国という国に仕える剣士であった。
戦争に駆り出され敵国、それこそ今いるエルピス王国と戦った。
多くの兵士を斬り捨てる日々。
やがて戦争が終結した時、俺は疲れ果て冒険者となり死に場所を求めダンジョンへと潜っていった。
その中で出会ったのがマクベス達だった。
出会った頃のマクベスは俺にあこがれる可愛らしい後輩だった。
様々な仲間達と出会いと別れを繰り返す中、奴はずっと俺の後ろをついて来た。
やがて俺達はひとりの女魔法使いに出会った。
彼女は非常に高い魔力の持ち主だったが冷たい目をしていた。
他の人間を信じない。そんな感じだったが成り行きでパーティーを組みダンジョンを踏破。
その後も度々出会う事があり気づけば正式なパーティーメンバーになっていた。
その頃には俺達にも少しずつ心を開いてくれるようになり自分の身の上も話してくれた。
元々は山奥の小さな村に住んでいたが幼い頃に人攫いに遭い売られてしまったらしい。
売られた先はとある独裁国家の研究機関。
そこで受けた人体実験により高い魔力を得たらしい。
そしてその魔力を駆使して研究機関を脱出し大絶賛逃走中だったという事だ。
『ん。大丈夫。もう昔の事は気にしないことにしたから。あたしは前を見ていきたい』
彼女の言葉が蘇る。
そういう奴だった。
辛い過去があったがそれでも前を向いて生きていこうとしていた。
俺は彼女を好いていた。
同じ様にマクベスもまた彼女に惹かれていた。
その想いが暴走した結果があの事件だ。
あの後、俺が大迷宮へ消えた後彼女はどうなったのだろうか?
マクベスが彼女に何かをした可能性は捨てきれない。
想いを伝えることも出来ず、守ることも出来なかった。
だからこそ許せず、俺は復讐を誓った。
たとえ本人への復讐が果たせなくともよい。
子孫への復讐をしてやる。
八つ当たりと言えばそうなる。
それでも裏切りの末、俺の心に差した光を奪った者に報いを与えねば気が済まなかったのだ。
だが思う。
その子孫が仮にマクベスと彼女との間に出来た子から連なるものとかであったら、俺はその時にどうするのだろうか?
「あの、若様?」
気づけばそそっかしい侍女が俺の顔を覗き込んでいた。
「……何だ?」
「えーとですね、作業は無事終わりました。後は焼きあがるのを待つだけですよ?」
「何も失敗しなかったようだな。よくやった」
「ん。ありがとうございます」
「…………」
そう言えばこいつは時々彼女と同じ様な返事の仕方をするな。
そそっかしさは全く似ていない。
それでも笑った時の顔などどこか似ている所がある。
まさか……
「……お前、マクベスという名前に心当たりはないか?親族、例えば祖父辺りにそんな名の者がいたとか」
「マクベスさん……ですか?うーん、無いですね。すいません。引っかかるものも無いです」
「そうか……」
がっかりする気持ちと安堵する気持ちの両方が入り混じる。
一瞬、実はこいつは彼女とマクベスの子孫などでは無いだろうかと思ったが違ったようだ。
「……書斎にいる。焼けたら持ってこい」
「かしこまりました」
これでいい。
俺は子孫に復讐をする。
その為に転生を果たしたのだから……