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第1話 復讐に燃えている割には結構お人好しな若様

割とお人好しな若様になってしまった……

 アーサル家の次男坊ウィルは昔から粗暴な性格だった。

 常に何かに苛立っており強烈な殺気を放ち人の心を開かなかった。

 彼付きの使用人は長く続かなかった。

 だから自然と身の回りのこと全て自分でするようになった。


 そんな彼が何を思ったか身元不明の少女を拾って来た。

 記憶喪失で自分の名前も思い出せない状態だった。

 余程悲惨な目にあったのだろう。

 そのまま住み込みの侍女として雇う事にした。

 しかしこれがまたそそっかしい女であまり役に立たない。

 

 拾ってしまったものは仕方ない。今更追い出すのも忍びない。

 適当に結婚の世話でもしてやろうかと当主が思っていると次男坊が自分付きの侍女にしろと言って来た。


 何故か次男のウィルは彼女を気にいっていたのでそれならばと彼専属の侍女にした。

 もしかしたら息子は彼女をお手付きにでもしようと考えているのかもしれない。

 まあ、それならそれでウィルの嫁として迎えてもいいかもしれない。

 そそっかしいが誰かと争う事も無く心の優しい女だ。

 働き者でもあり使用人の間でも可愛がられている。

 教養もそこそこあるのでもしかしたら以前はどこぞやの没落貴族のご令嬢だったのかもしれない。

 この家の親はいささか能天気なのでその程度に考えていた。

 実はこの女がとんでもないコネクションを持つ令嬢とは露知らず。


◇ウィル視点◇


「うひゃぁぁぁっ!!」


 盛大に誰かが転倒する音と悲鳴が聞こえた。

 またか、とため息をつきながら声のする方向へ行くと水の入ったバケツを盛大にひっくり返して水浸しになった赤毛の侍女が居た。

 まあ、予想通りの光景だ。


「ナナシ、またお前か」


「す、すいません。若様」


「…………」


 この侍女、ナナシは俺が山中で保護した少女だ。

 行く当てもなく放り出すわけにもいかないという事で我が家でメイドとして雇うことにした。

 ただ、あまり優秀では無く失敗ばかりするので放り出そうかとも思ったが何となく思うところあって自分専用の侍女として傍に置くことにしたわけだ。


「あれほど掃除をするなと言っただろう……お前は余計に広げてしまう」


「で、でも……あたしはここで働かせてもらっている身です。お役に立たないと……」


「ならば別の分野で役に立て」


「……と言いますと?」


 何だろうか?

 言っておいて頭に疑問符が浮かぶ。

 正直、彼女はおっちょこちょいがやや過ぎるので得意分野と言われると悩む。


「そうだな、夜の相手でもしてもらおうか?」


「よっ………」


 その言葉にナナシの顔が耳まで真っ赤に染まる。

 面白い反応をするやつだ。


 まあ、本当に何の役に立たないのならそういう風な扱いでもしてやろうと自分専属の侍女にしたからな。

 そそっかしいが決して頭が悪いわけでも無い。

 それに顔も悪くない。体つきの方もまあ良い方だろう。


「そ、その……そんな形でも若様の役に立てるなら……置いて貰っている身ですし……」


「待て冗談だ。本気にするな」


 そろそろネタばらしをしないと本当に寝間にやって来て服を脱ぎかねない。

 まあ、それならそれで楽しませてもらおう……と言いたい処だが……


 正直なところ前世を含め女を抱いたことなど一度たりともない。

 女の扱いなど当然の如くわからないから困るでは無いか。

 

 いや、それならそれで経験を積む練習台にでもしてやればいいのだ。

 好きな様に自分の欲望のまま扱ってやって飽きたら金でも握らせて放り出せばいい。

 と考えてみたはいいのだが……何かそれも悪い気がするな。

 そうだな。もしそういう事になったら妻として娶ってやるくらいにしておこう。

 

 しかしこの女、当初の思惑とは違い何というか……目が離せない。

 狡猾だとか野心があるだとかそういう話ではない。

 すぐに木箱やらにひっかかりこけるわ猫を助けようとして木に登り自分が降りられなくなるわ。


 まさかこんな手が掛かる女とは思わなかった。

 もしこいつを放り出せばそれこそ野垂れ死にしてしまうでは無いか。

 それはとても寝覚めが悪い事だ。


「じょ、冗談でしたか……そ、そうですよね。あたしなんかに若様のお相手が務まるわけありませんから」


 こいつ、自分がどれだけ俺を悶々とさせた気持ちにしているかわかっているのか?

 本当にこのまま寝室に連れ込んでやろうかという気持ちが沸くが……


「チッ……!」


 片づけを手伝いながら俺は舌打ち交じりのため息をつく。

 復讐の計画を練るのに忙しいというのに毎日この調子だ。


「お前は本当に何者なんだ?」


「それが思い出せればいいんですけど……」


 空のバケツを手に歩く彼女は脚を少し引きずっている。

 保護した時、彼女は片脚の骨が変な形でくっ付いていた。

 恐らく骨折してろくに治療もせず放置していた結果だろう。

 そのせいで彼女は脚が不自由であった。

 数々の失敗はおっちょこちょいによるものもあるがこの脚も影響している。


「無理をするな。俺が持つ」


 彼女から奪い取る様に掃除道具を取り上げた。


「む、無理なんかしてません。いくらあたしでもお掃除道具の片づけくらい出来ます」


「うるさい」


 舌打ちしバケツと掃除道具を片付けに倉庫へと向かった。

 彼女の脚を見ると思いだす。自分も前世で同じ脚を折ってあの迷宮をさまよった。


「くだらん事を気にしている暇があったら『あれ』を頼む」


「あ、はい。『あれ』ですね。かしこまりました!」


□□

◇ナナシ=シャンテ視点◇

 

 目が覚める。

 時計を見れば起きる予定の5分前。

 よし、今日も目覚ましに設定した時間より早く起きられた。


 あたしは素早く着替えをすまし仕事の準備に取り掛かる。

 不自由な足を引きずりながら台所へと向かう。


 あたしは記憶を失い山中で行き倒れになっている所を若様に助けていただいた。

 どうやら足の骨が折れたまま治療せず放置していた為変なくっつき方をしてしまっておりそのせいで歩くのがやや不自由だ。


 それでも身元も知れない自分を雇いお屋敷に置いてくれている。

 恩義に報いる為にもしっかりと働かなくては。

 記憶も名前も失くしたあたしに便宜上つけられた名前は『ナナシ』。

 若様が付けてくださったものだ。


 旦那様達は『女の子にその名前は……』と難色を示したがあたしは気に入っている。

 何だかどこかで聞いた事がある名前だった。

 自分の縁者にそういう名前の人でも居たのかもしれない。


 幾つかの記憶は残っているが断片的だ。

 ベッドに横たわる誰かの手を握っていた記憶。

 それと壁に飾られた絵。椅子に座る3人の女性とその後ろに立つ男性が描かれていた。

 

 あたしは一体……誰なのだろう?

 

□□□


「うひゃぁぁぁっ!!」


 何てことだろう。

 掃除をしようと思ったら躓いて転び、盛大にバケツをひっくり返してしまった。


「ナナシ、またお前か」


 この家の次男、ウィル様が呆れた表情であたしを見ていた。


「あれほど掃除をするなと言っただろう……お前は余計に広げてしまう」


 ぐうの音も出ない。

 自分でもわかっているがあたしはそそっかしい。

 今だって若様の言う通り、余計に広げてしまっていた。


「で、でも……あたしはここで働かせてもらっている身です。お役に立たないと……」


 正直、あたしはあまり侍女として役に立っていない。

 使用人仲間たちは温かい目で見守ってくれているが迷惑ばかり掛けたくはない。


「ならば別の分野で役に立て」


「……と言いますと?」


「そうだな、夜の相手でもしてもらおうか?」


 若様の口から出た言葉にあたしは思わず口元を押えた。 

 夜の相手とはつまりあれだ、若様の部屋へ行きあんなことやこんな事をして慰めろというあれだ。


「よっ………」


 失敗ばかりのあたしだが若様はそんなあたしを自分専属の侍女にしてくれた。

 それはやはり……そういう意味でもあるのだろう

 恩情で置いて貰っている以上、求められるのなら拒否できる立場ではない。

 主人が使用人に手を出すというのはまあ、ごく普通の事だと認識している。

 この家の奥様も元は使用人だったというからそう言う価値観なのだろう。


「そ、その……そんな形でも若様の役に立てるなら……置いて貰っている身ですし……」


 別に若様の奥方になろうとかそういう気持ちはない。

 だが若様が望まれるならこの身を差し出す事も仕方が無いだろう。

 将来、若様の奥方様に相応しい方が現れた時はお暇を頂きどこかへ消えることにしよう。


「待て冗談だ。本気にするな」


 冗談?

 えーと……あー、冗談かぁ。

 あーもう恥ずかしい!

 一世一代の覚悟を決めたというのにからかわれただけだった。

 

「じょ、冗談でしたか……そ、そうですよね。あたしなんかに若様のお相手が務まるわけありませんから……」


 一応胸はそれなりにあるはずだしスタイルもそこまで悪くないと思うのだけど……ってこれじゃまるであたしが若様のお相手を務めることを望んでたみたいじゃない。

 違う!あたしは断じてそんなふしだらな娘じゃない。

 天上の女神様に誓ってそんな不埒な真似を望むような娘じゃないから!


「チッ……!」


 舌打ちしながら若様が片づけを手伝ってくださる。

 何ともまあ我ながら情けない侍女だ。

 

「お前は本当に何者なんだ?」


 本当、それな。

 あたしって何者なんだろう?


「それが思い出せればいいんですけど……」

 

 使用人仲間には『どこかのご令嬢だったりして』とか言われているが……いや、あたしに限ってそれは無い。

 せいぜい貧しい村に住んでいて役に立たないから口減らしで山に捨てられたとかそういうオチだと思う。

 空のバケツを持ち上げ片付けようと歩き出すが……


「無理をするな。俺が持つ」


 若様は私からバケツを奪い取る。

 そこまでしなくても……これじゃあ本当に何にも役に立たないじゃないですか。

 

「む、無理なんかしてません。いくらあたしでもお掃除道具の片づけくらい出来ます」


「うるさい」


 結局、舌打ちと共に若様は掃除道具を片付けるべく倉庫へ向かう。

 恐らくこの脚が原因。不自由な脚の事を気にかけてくれているのはわかる。

 でもあたしは客人じゃなくてここの使用人。

 それこそ本当に夜の相手をするくらいでないと存在意義がないと感じてしまう。


「くだらん事を気にしている暇があったら『あれ』を頼む」


 若様がふと呟く。

 どうやらあたしが活躍できる場面が到来した様だ。


「あ、はい。『あれ』ですね。かしこまりました!」


 あたしは踵を返し目的地へ向かい駆け出し……


「きゃーーーーっ!!」


 全力で転倒した。


「バカ!だから廊下を走るなと言っているだろうが!!」


 若様の怒鳴り声が屋敷に響き渡った。








 





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