5話 終わりの9人②
老人が話を始めようとするとゼクサスが止める。
「クロノス様、その話は少々……」
クロノスと呼ばれた老人はまたもハッとする……
「いかんいかん!この話をこの場で話すには少々人が多すぎるの……ワシが話せる事は全て話すと約束する。
じゃが、ちと話が長くなるんじゃ。色々あって疲れたじゃろう。体も汚れておるしな。一度体を綺麗にして少し休みなさい。」
シエンが口を開こうとすると、すかさずゼクサスが口を開く……
「小僧、逸るな!安心しろ!お前達にとってここは安全だ。家族を心配するお前達の気持ちは良く分かる。だが、こちらにもこちらの都合というものがある!
見たところ、一番冷静な頭を持っているのはお前だ。我々に敵意がない事は言わずとも分かるはずだ……
“命の恩人”の言う事は聞いておいてもいいと思うが?」
グッと口をつぐむシエンの裾を軽く引っ張り、ユウマがなだめる。
「シーちゃん……」
心配そうな顔をみて、深い溜め息を吐くとシエンはユウマの頭をクシャクシャと撫でた。
「……分かったよ!だから、そんな顔すんな。」
ソラの体に手を回していたダイチが、ヒョコッと顔を除かせる。
「んーっと……つまり、クロノス?さんは僕達の味方で、とりあえずシュウ達もあそこにはいなくて……。でも、無事かどうかは分かんない!って事だよね!!じゃあ、焦っても仕方ないよ。
でも、クロノスさん……今はこれだけ教えて?
お母さんは…………死んじゃったん………だよね?」
その問いに対し、クロノスは少しだけ苦い顔をして答える……
「あの場所に君たち以外の者が立ち入れたと言う事は…………そう言う事になってしまうの……」
四人は再び曇った表情を浮かべる……。ゼクサスは少し肩で息を吐くと口を開く。
「……家族の死とは辛いものだ。彼女は君達を愛し、15年間その愛を注ぎ続けた。彼女の愛を無駄にしない為にも君達には生きる義務があるはずだ。
この世界で君達が生きていく為には、君達は“全て”を知らなければいけない。
クロノス様の仰るように話は長くなる。心身疲れた今の君達では話も頭に入らないだろう。だからこそ、一度身を清めて少し休みなさい。君達の部屋も用意してある……。
ダイチ、ソラ、ユウマ……シエン。大人の言う事はほどよく聞いておくものだ……。」
そう言うと、ゼクサスは少し不器用に笑って見せた。
― ― ― ― ― ―
「ふわぁぁ~~~。」
四人が入るには広すぎる浴槽に浸かりながらダイチは至極の声を出す……
「お前こんな落ち着かない状況でよくそんなにくつろげるな!?」
ソラは自分達の周りを見渡して顔を赤らめてブクブクしながら口まで浸かる。
「まぁ、落ち着きはしねーわな……」
そういいながらも両腕を浴槽の縁にかけ、シエンも至極の声を吐き出す……
「……な……なんであの人達、僕達のお風呂見てるのかな??僕、女の人に裸見られるの……恥ずかしいよ……。」
ユウマも顔を真っ赤にしてブクブクと口まで浸かる。
広い浴場内、壁側にはメイド服を着た女性達が沢山立っていた……
「俺なんか、至るとこまで洗われたよ……」
ソラは尚も顔を真っ赤にして、両手で顔を隠す。
「皆一緒だよぉ~。女の人に体触られるのってなんか………すっっごくいいねぇ~。」
「“普通”ってスゲーよな!」
「……これ……“普通”……なのかな?」
子供達の恥ずかしさを横目に、キャッキャと騒ぐメイド達……
「あの黒い子……中々だったわ~~~」
「青い子だって可愛い顔して中々よ~~~」
「え~いいなぁ~~!私赤い子だったけど、堂々としすぎててつまらなかったわ~~~」
「私の担当した子なんて、反応からナニまでもう……カッワイイのなんの……」
なんにせよ、思春期の男子には少々、辛い状況のようだった。
四人は暫く黙ったまま、温かいお湯にその身を預ける……各々、何かを思いながら。
「……皆、大丈夫……だよね……。」
ユウマは心配そうな声で沈黙を破る。
「まぁ、ダイチの言う通り焦ってもしょうがねーよ!今はあいつらの事を信じるしかねー!なんたって俺達は母さんの子供なんだ!そう簡単には死なねーよ……」
そう言いながらもシエンの目は遠くを見つめる……まるで、自分に言い聞かせるような言葉だった。
「なぁ………もしかして…………体も拭かれるのかな……。」
浴室にメイド達の黄色い声とソラとユウマの悲鳴が響いた……
色々な意味で温まった四人は、用意された服をやはりメイド達に着させられた。元々、自分達が来ていた服とは少し違っていて、落ち着かない様子でいると……
「さっ!あんた達!!体はしっかり温まったかい?ご飯の用意は出来てるわよ!!なんにしても、しっかり食べて栄養つけて、とにかくゆっくりするんだよ!!」
メイド長のスーザンと呼ばれる、ふくよかで気立ての良いその人は、モッチリした頬がつり上がる程の笑顔で、四人を食堂へと案内する。
どうやら、ここはクロノスが所有する屋敷らしい。
食堂へ向かう廊下の壁には、様々な人物画が飾られており、どれも勇ましく、強そうな面持ちで、中には人のようで獣のような人の絵もあり、まだまだ知らない事だらけの四人には目に写るもの全てが新鮮に見えた。
食堂に着くと長いテーブルを囲う様に数名のメイドが部屋の隅に立っている。その様子を見てソラは嫌そうな顔をしながら
「おいおい……まさか、飯まであの女達に食べさせてもらうとかないよな??」
どうやら、浴場での事でソラはメイド達への恐怖心と苦手意識を持った様子だ。スーザンはその言葉を聞いて……
「なぁにを甘えた事言ってんだいこの子は!?ご飯くらい自分でお食べ!この、おませさんが!」
と、呆れて大笑いする。
「ユウマ……“普通”って難しいな……」
シエンは小難しそうな顔で呟く……ユウマは苦笑いを浮かべる。
四人は席に着くと、テーブルの上に並べられた見た事もない豪華な料理の数々に胸踊る。
「……もう食べられないよぉ~。」
ダイチは満腹感で満足した様子でテーブルの上に顔を埋めた……
今まで食べ残した事がないダイチは、食べきれない料理を眺めて申し訳なさそうな顔をしている。
他の三人もぐったりとした様子で椅子の上で項垂れていた。
「さっ!あんた達!!しっかりお腹にブチ込んだかい??じゃあ、部屋に案内しようかね!」
一段落する暇もなく四人はスーザンに連れられて、用意された部屋へと案内された。部屋は人数分用意されていて、今まで一つの部屋で皆で寝ていた子供達は少し戸惑う……
「あっ!部屋は別々なんだね……」
ダイチは少し不安そうな声を漏らす……
「まぁ、気持ちを整理するにはちょうど良いんじゃないか?」
ソラも少しだけ不安そうだが、数時間の間に色々な事が起こり過ぎたせいか、少し一人になりたそうだったので、ダイチはソラの顔を見ると少し無理に笑って見せた。
「そう……だね。」
スーザンは心配そうな顔をしながら
「さっ!ちょっと部屋でゆっくりしてな!クロノス様はまだ戻られていないからね……もうすぐ屋敷にお帰りになるはずだから、その時までしっかりと体を休めておくんだよ。
あんた達…………よく頑張ったね。ここは安全だから心配しないでゆっくりするんだよ。
例え何があったとしても、あたし達があんた達を守ってあげるからね!!」
そう言いながら、不安そうな顔をしているダイチとユウマは背中をバシッと叩かれ、各々部屋へ入っていく。
四人が部屋へ入ったのを確認すると、スーザンは五つの空き部屋を見て、俯き、少しだけ不安そうな顔を浮かべた……