4話 終わりの9人
光に包まれる……
不思議な感覚だ……
まるで浮いてる様な……
急降下してる様な……
意識がボヤける……
…………ドサッ!!
「いっってぇーー!!」
まばゆい光で強く目を閉じた瞬間、急に地面にその身を放り出されたソラは、目の前にある死の恐怖のせいか、大きな声を出す。
「ん?あれ??」
目を開くと、先程まで目の前にいた異常なピエロは姿を消し、それどころか、全く知らない見た事もない景色が目の前に広がっていた……
他の子供達も、突然の状況に驚きと疑問を浮かべた声を出している。
地面に寝そべっていた子供達の、少し上の方から聞き覚えのある声が聞こえてくる……
「子供達よ、よく頑張ったのぅ。とりあえず……じゃが、ここは安全な場所じゃよ。本当によく頑張ったの……お疲れ様!というやつじゃな。」
子供達が声の方に顔を向けると、先程ピエロから自分達を守ってくれた老人が立っていた……
その老人は、胸の辺りまで伸びた白いアゴ髭の先に結んである、小さな宝石達をクリクリと触りながら、ニコニコと皆を見下ろしていた。まだ、上手く状況が飲み込めていないダイチは
キョロキョロと辺りを見渡すと、その風景に驚きを隠せない様子だった。
「……うわぁ……人が………沢山いる……」
ダイチが驚きの声をあげると、その少し後ろから
何かに気付き、不安で今にも泣き出しそうなユウマの声が聞こえてきた……
「………シュウ君が……いない!ハルも……エレンも……リンも……モモも!」
その言葉を聞き、三人は慌てて周りを確認する。
突然投げ出された場所は少し暗がりだが、床に大人100人は入れるであろう、大きな魔方陣が白く光輝いており、まるで照明がわりの様に部屋を照らしている……
広い部屋の壁際には、ローブの様な衣服を身に纏った大人達が、自分達を見守るようにズラリと立っていた……
狂ったピエロから逃げられたのは理解できた。
少なくとも先程よりは安全な事も理解できた。
しかし、肝心の家族が五人足りない……
「み……皆は!?どうして僕達しかいないの!??」
焦った様子で立ち上がりながら、ダイチが老人に詰め寄る……
その言葉に続ける様に、ソラが老人の肩を掴みながら強い口調で問いかける。
「おいジイさん!あいつらをどこにやった?」
老人に掴みかかったソラを見て、魔方陣の外にいる
腰に二つの剣を差し込んだ男が声を荒げながら近づいてきた。
「ッオイ!!小僧!無礼だぞ!!!」
カシャカシャと二つの剣を鳴らしながら、強い歩調でこちらに向かってくる男を、眉を下げながら申し訳なさそうな表情で老人が止める。
「ゼクサスいいんじゃ……ワシが悪い。」
そう言うと、老人はより申し訳なさそうな表情を四人に向け、床に方膝をつき深く頭を下げる。
「……転送している途中で宝玉を破壊された。
そのせいで、他の子達がこちらに来れなかったんじゃ……本当にすまない事をした。守りきる事が出来なかったワシの責任じゃ。」
「なッ!じゃあ!!他の奴等はまだあのイカれた奴のとこにいるって事かよ!?戻せ!!さっきのと……」
「転送の途中って事は、転送自体は始まってたって事か?ジーさん……」
ソラの言葉を遮る様に、意外にも冷静な様子でシエンが口を開く。その言葉を聞き、けっして大きいとはいえない目を見開き老人が話し始める。
「ウム。他の子達があの場にいる事はまず……ないじゃろう。
“こちら側”に来ている事は確かじゃが、どこに召喚されたかは……すまぬ。ワシにも分からないんじゃ……
じゃが、助けに入ったワシが皆を守れなかったのは事実……この子の怒りはもっともじゃ!」
そう言うと、ソラの肩にソッと手を添えた。
「………なんだよ!じゃあ。守れなかったってのはちょっと違うだろジーさん!少なくともあんたが来てくれなかったら、あの時……確実に俺達は全員死んでたんだろ?
どのみち、今はあの場にはいない…………って事を信じるしかない。
まぁ……なんにしても、あんたは俺達の“命の恩人”って事だ!
ありがとな!ジーさん。」
老人は少し驚いた表情でシエンを見る……
(……聡明な子じゃ)
シエンは少し眉を下げながらソラをチラッと見る……
「んーー。ありがとう……ございました。その、怒鳴って、悪かったよ……ジイさん……。」
ソラはバツが悪そうに頭を掻きながら謝る。
「ぶッ!ほほほほ……。」
恥ずかしそうに謝るソラを見て、老人が吹き出す。
「………!なんだよジイさん!謝ってんだから笑うなよな!!」
「いやはや、素直ないい子じゃな……と、思っただけじゃよ。」
老人は笑い続ける。笑いながら髭をさすり、改めて四人を見る……
一人は、あの状況だったのにも拘わらず、初めて観る場所、人への興味と好奇心が先んじ…
一人は、自分の安堵よりも、真っ先に家族がいない事態に気付き、他への配慮と優しさが先んじ…
一人は、行っても殺されるだけと考えず、危険を省みず家族を助けたいという、正義感が先んじ…
一人は、あの場で真っ先に殺されそうになっていたのにも拘わらず、冷静な頭と聡明な判断をもつ…
(ルーイン……よい子達へと育てたの……お前さんは立派に役目を果たしたんじゃな……。)
「じゃあ、皆も無事?……って事でいいの……かなぁ?おじいちゃん……」
ダイチは老人に対して近すぎるソラの体を、両手で優しく自分の方へ引きながら、クルンとした目で老人へ問いかける。
「うーーむ。とりあえずは無事……という事しか言えんのぅ。
場所……という点では、お前さん達がいた場所が一番安全ではあったんじゃよ。先程の状況は別、と考えての……
本来じゃったら、全員がここに来るようになっていたんじゃが、宝玉が転送の途中で破壊された事により、他の五人は別の場所へ、引っ張られるように召喚されておるはずじゃ。
これも、情けなく申し訳ない話じゃが…………五人が一緒。とは限らん……もしかすると全員バラバラになっとる可能性もある。」
四人の顔が曇る……
「俺達がいた場所が一番安全って事はどー言う事なんだ?」
少し眉間にシワを寄せながらシエンが問いかける。
「人口じゃ!お前さん達がいた場所は、九人の子供とその子供達を育てる役目のあったルーインしかおらんかったじゃろ?お前さん達がいた場所には、強い結界が張ってあったのは知っておると思うが……
気付いておったかは分からんが、結界の外は大地もなく、人もいない。広い……広い広い、隔離された空間じゃった。
云わば、お前さん達だけがとても特殊な環境で暮らしておったんじゃ。今、ここにいる世界こそが“普通”で当たり前の世界。
お前さん達からすると想像を絶する程の……
人、動物、精霊、神獣、魔物、大地、理が存在する。」
驚きの表情を浮かべ、言葉が出てこない四人を見据えながら、老人は続ける……
「それだけ多くの生物と土地があるという事は、その多さに付随した危険や、思想も存在するという事。悪意ある場所に召喚されれば、安全とは言えぬ。そして……更に言うなれば、お前さん達の“立場”これも相まってなんとも言えんのじゃよ……」
情報量が多くて思考がショートする三人を見てシエンが老人の話を遮る……
「ちょ……ちょっと待った!!一回ストップ!!」
シエンの言葉で、ハッ!となった老人は申し訳ない表情で髭をさする……
「まとめると……この世界が“本当”で、この世界に沢山生き物がいて、俺達は多分“普通”じゃない。ジーさんは“母さんを知っている”
聞きたい事が多すぎるけど、とりあえずこれだけ聞かせてくれ!
母さんが俺達を育てる役目って言ってたよな!どういう意味なんだ?」
老人は髭をさするのを止め、ポソッと呟く……
「“終わりの9人”」




