私たちは、ただ気持ちい事をいたします。
左、右 エラの世話係の双子
上、下 ベンジャミンの世話係の双子
左右と上下の二組の双子、計四人の侍女。
ベンジャミンがどうなったのかわからないまま、案内されたのはさっきとはまた別の部屋だった。窓柵はあるものの、内側からなら開けられる仕掛けがあった。広さは倍ほどでベッドとは別に細く硬いベッドと横には大きなバスタブがあり、既に湯が張られていた。
「こちらでお待ちください」
案内の侍女がすっと下がる。ふと、ミサを思い出し胸が苦しくなった。王を追われたことは無論ショックだった。それよりも、親友だと信じていた相手がその裏切りをしたことにいいようのない苦しみがある。
飾り織りのソファに腰開け天井を見上げた。
あまりにも目まぐるしく変わり過ぎた。何とか置いて行かれない様に気を張って、努力して耐える事を学んだ。未だに右も左もわからない。ジェゼロに戻り、儀式の不成立を認め、議会の判断を受け入れる事が本来の役目なのかもしれない。もし、納得がいく形で自分が王であった事は間違いだと示されていれば、受け入れられたのかもしれない。けれど、あれはあまりにも一方的で、何もできないままに悪者にされた。だから無様にも足掻くのだ。
どこかで、産まれで決められたものではない、自分で事を決めて進んでいることに充実感もあった。不安もあったがそれでもやっていけた理由を今更痛感している。だから、助けになど来てしまったのだ。当の本人はそれすら怒ると分かりながら。
「失礼いたします」
一つの声が二つ重なったような不思議な音の反響がした後、戸が開く。
二組の双子つまりは四人の侍女と、ベンジャミンが立っていた。もう拘束衣ではない。
「殿方は上下とあちらの部屋へ、お嬢様は私ども左右が担当いたします」
先ほどの侍女とは違う、可愛らしく且つ動きやすそうな格好をした双子がベンジャミンと話す間もなく、別室へ押しやってしまう。部屋どうしを行き来できる作りで、続きドアから見えた部屋はここと似た作りだった。ベンジャミンは何か言いかけて、口を噤み、あっさりと従ったのが意外だった。直ぐに叱責も出ないほど呆れられているのだろう。それでも、無事だと安堵する。
「なにをする」
よかったと感慨にふけっていた中で、ブラウスのボタンに双子のどちらかが手をかけるので慌てて後ろに下がった。双子は不思議そうに互いに顔を見合わせて、まるで同じ脳でできているように同じタイミングで口を開く。
「お嬢様に極上のリラクゼーションを提供し、旅の疲れを癒して頂くようフィカス様よりご命令を受けております。服を脱がなければお風呂に入れませんよ?」
一言一句違わぬ言葉に物の怪の一種かとすら思う。ジェゼロにも双子はいたが、個性は別にあった。
「風呂は一人で入る主義だ」
「お恥ずかしがらずに、同じ女性ではありませんか」
「言いつけを守れなければ私たちは罰せられてしまいます」
次は順番に言葉を話す。
「それに、私はベンジャミンと先に話をしたい」
「私どもの仕事が終わりましたら、お会い頂けます。それまではご遠慮いただくようにお願いいたします」
「早く会いたいのでしたら、さあ、湯あみから始めましょう。お嬢様はただ心地よく休んでいただくだけで結構です」
ぐっと、押しの強い二人組に言葉を失う。まだ、安全だと分かった状況ではない。ただ、先にベンジャミンを見せたのは、安心させる魂胆か。それに、服を剥がれては逃げようにも逃げられない。何よりも、知りもしない相手に肌を見せろと言うのか。あの男は何を考えている?
「さあさあ」
二人口を揃えて女どもは言う。
「……くそっ」
行儀の悪い言葉を吐いて、潔く服を脱ぐ。
「湯加減は整っております」
諦めてバスタブに足を入れる。湯あみはしても風呂に入れたのは何日ぶりか。擦り傷はもうほとんど治っていて痛みはしないが芯に染みるような熱さがある。
湯の中に左右のどちらかが薄紅色の液体を注ぐ、毒ではないかと身構えたがバラの香りがふんわりと広がる。
「髪を洗わせていただきます。不快な場所がありましたからお教えください」
「手のマッサージから。失礼します」
もう抵抗するのを諦めた。皮を剥ぐにしても首を切るにしても、ここでの権限は所詮あの男にある。
人の手で髪を洗われるなどどれだけぶりか。他国は知らないが、ジェゼロでは自分でできるような事で侍女を煩わせたりしない。
髪を洗いあげると、頭にタオルを巻かれ、風呂から上がれと指示される。身体を拭かれるのは流石に阻止するが次は裸のまま何に使うかわからなかった細いベッドにうつぶせ寝を強要される。寝てから尻を細いタオルで隠す程度の配慮はあった。四本の腕が体のあらゆる個所を揉んでいく。初めは他人に触れられる感触に緊張感があったが、すぐに慣れてしまう。
「随分お疲れだわ。お若いのに」
「疲労物質を流し、血行を促進することで痩身効果はもちろん肌が明るくなります」
疲れは確かにあった。もうどうでもいいと意識が遠のく。湯に何か眠くなる薬でも入っていたんだ。きっと。
知らぬ間にあおむけで寝ていた。起こされて、一瞬ここがどこかわからなかった。なにか夢まで見ていた気がする。とても久しく、それは悪夢ではなかった。
「お召し代えのお手伝いを」
「服くらい自分で着れる」
知らぬ間にソファにドレスがかかっていた。
「まさか、あれを着ろと言うのか?」
もし裸でいろと言われるのとどちらが嫌か、問われれば答えに悩むだろう。
「ですので、お手伝いを」
胸元が随分と開いているし随分と細いコルセットで縛っている。今日着たあの服ですらかなり違和感があったのに。
「……ぐっ」
「早く終わればそれだけ早く」
「わかった。わかったから……」
渡された下着すらレース素材だ。今、切実に家に帰りたいと願った。着方もわからない服に言われるがまま袖を通す。背中も肩甲骨が見えるほど開いているが、前は乳房が明らかにはみ出ている。おまけに胸に手を突っ込まれて横から下からと寄せてあげられた上にぎゅっと固定され、貧相な胸ですら立派な谷間が浮き上がる。派手に動けば乳首が出そうでもう泣きたい。拷問の様に胸の下でコルセットを絞められる。女はなぜこんな拷問を受け入れなければならないのか。
「こちらにお座りください。私はお綺麗な髪を」
「では私は愛らしいお顔を」
「まだ続くのか……」
「左右の魔法には時間がかかります」
またハモって言われる。
もうどれだけこの二人に遊ばれているのかもわからない。一人は髪を丁寧に梳いた後、何かしていたが鏡がないのでわからない。もう一人には顔に化粧を塗られている。
「あまり濃くしないで、ドレスに合わないわ」
「髪はやっぱり上げた方がいい。綺麗な背中が隠れてしまうもの」
「なんでもいいから早くしてくれ」
「動かないでください」
二人の人形遊びに付き合わされている気分だ。お人形遊びがようやく終わったころには日が変わっているのではないかと思う。
「私たちの仕事は完璧ね。右」
「こんなお仕事なら毎日でもいいわね。左」
やっとどっちが右で左か分かったが、目を瞑っている間に入れ替わったらわからない。
「……マッサージは心地よかった。ありがとう」
少なくともその分の回復は吸い取られた気がするが、仕事とはいえ中々の重労働だとは察する。礼を言うと二人は鏡の様に対称にお辞儀を返す。
「満足頂いて光栄です」
「終わったのならベンジャミンを連れて来てくれ。それと、そのタオルは貸してくれ」
娼婦だってもう少し節度ある服を着る。
「お呼びしてきます」
「タオルはお渡ししません」
もう嫌だ、この二人。
首筋に刃物を当てられる恐怖を覚えつつ、髭を剃られ、臭いと罵られて風呂に入らされ、髪を整えられ服を着替えさせられた。動きにくい格好だ。ナサナの正装だろう燕尾服はあまりにも自分には場違いだ。
支度が済んだと言うのに二時間は待たされた。その間双子がここは特別なお客様の為の部屋で、夫婦や家族で利用され、部屋同士をつなぐ扉には鍵がかかっていないと聞く。
自分が何者であるかなどどうでもよかったが、エラ様の助けになるならば何にでもなろう。ジェゼロのベンジャミン・ハウスである限りは援助をすると明言を受けた。もし、ナサナ国の者になるときは、エラ様を敵とすると釘を刺されたが。
「はぁ……」
「ご婦人の支度には時間がかかります」
「ですから、マッサージを勧めたのです」
双子は手が余って掃除をし始めていた。接待の道具だろう二人は仕事を拒否されたのが余程気に食わなかったらしい。
「お待たせしました。どうぞ」
隣の部屋に続くドアがやっと開く。隣から話し声が時折聞こえていたが内容までははっきり聞こえてはいなかった。悲鳴や大きな声はなかったが、気が気ではない。すぐにエラ様の元へ行く。何か間違いがあればどんな目に遭っていたかもわからない危険なことをしたのだ。よくよく言い含めて置かなければならない。二度と、こんなことをしてもらっては困る。
「……」
エラ様を見て、言葉通りに息を飲み、言葉を失った。
「あまり見てくれるな」
不服そうな顔をされていても、あまりにも……神々しい。
空色のドレスに黒のコルセットがよく映える。ふんわりとした立ちあがりのスカートは空色から足先に向かうにつれて濃い藍色に変わっていた。薄い水色の肘上の絹の手袋。それに、黒い髪は三つ編みを交えたまとめ髪だ。瞳と同じ緑の宝石飾りが彩を加えていた。
ぐっと持ち上げられた胸の谷間に目が行くが、できる限り見ないようにする。というか、エラ様はすぐに手をやって隠してしまう。
「……その、お綺麗です」
いわなければならない言葉は、二度と、あんな事をしないで欲しいと、エラ様はご自身を最優先に考えていただかなければと、苦言を呈すはずだった。出たのはありきたりな間抜けな感想だった。
「上下の仕上げも中々ですね」
「左右ほどフルコースで堪能できませんでしたから、次は交換しましょうね」
二組の双子がそれぞれのセットでいう。
「悪いが、席を外してくれるか? 二人で話がある」
「かしこまりましたが、もう直に御夕食会に出ていただきますので、服や化粧が乱れる行為はお控えください」
仕事を終えた双子は四人揃って部屋を出て行った。
「……」
何を言えばいいのかがぽっかり抜けて、沈黙が流れた。
「お前のそんな格好は初めて見るな」
グレーの上流階級が着るスーツを渡された。髪型もいつもに比べれば気障たらしい。そんな自分の姿など、エラ様に比べればごみのようなものだ。
「……その、すまなかった。無理をした自覚はある」
先に、視線をそらしてエラ様が言う。
「エラ様を見たとき、生きた心地がしませんでした。今回のことは私の失態です。その責を、あなたに負わせたのかと……何も、何もされていませんか?」
はたと、恐怖が沸く。
「大丈夫だ。手荒なことはされていない。まあ、さっきの双子には色々と勝手をされたが」
エラ様の手が伸びてきて頬を撫でた。
「殴られたのか?」
目立つほどの痣ではないが近くによれば流石に隠せないか。
「無様に捕まってしまった時のものです」
もし、あのナサナ国王が言うことが事実ならば、自分はどんな扱いになるのか。それによってエラ様の処遇は変わる。ベンジャミン・ハウスから変わるつもりはない。それをどこまで信じるかはまた別の話なのだ。
「お前が負けるとは、余程の手練れがいるのだな」
伏し目がちなまま、エラ様はいう。どこか落ち着かない様子だ。
「男の格好ばかりだったから知らなかったが、女性にこのような格好をさせる事は法で禁じるべきだと実感した。言っておくが、この格好は拷問みたいに苦しいのだからな。高いヒールも足を蝕むだけのものだ」
いつもより目線が少し高いのはそのせいかと間抜けなことを思った。
「いつでも、エラ様はお綺麗ですが、たまにならば、こういった格好も趣が変わってよろしいですね」
唾をごくりと飲み込んでしまう。その音が聞こえたのではないかと不安に思う。
ここが、ナサナ国ではなく、平和なジェゼロであったなら、理性を勝たせているのは今以上に辛かっただろう。
「お愉しみでしたら申し訳ありませんが、出てきていただけますか?」
双子が外から声をかけるので鼻からしっかりと息を吸い込んで、ため息をついた。計らずしも、エラ様が纏った花の香りが脳を刺激した。
「もう、無茶はしないでください」
視線をあげたエラ様が困ったように笑う。
メイドで双子……うっ、頭痛が……
双子設定は元々好きです。マッサージ行ったときに、二人が施術する場合1.5倍の値段だよーというのを見たことがあり、そうか、手が四本あったらやばい。と言うことで接待役でもある彼女たちは阿吽の呼吸ができるよう育てられた双子です。髪の色も見た目もほぼ同じです。
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