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国王陛下、只今逃亡中につき、騎士は弱みに付け込んだ。  作者: 笹色 恵
その感情を受け入れることは許されない。     ~ナサナ国にて~
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囚われの騎士を救う少女


 イエン宰相は国王陛下が指名手配した男が運ばれて来るのを見て嫌な予感を感じた。中々に顔の整った青年で面影がないとは言えない。

 フィカス・ベンジャミナが王となってまだ五年ほどだ。歴代屈指の馬鹿王誕生と揶揄された男に呼び出され、失敗すれば物理的に首を切る。成功すれば影の王と呼ばれるようになれぞと宰相の名を受けた。彼自身は確かに博学ではない。前ナサナ国王が親族に対して悲観の手紙を送ったと言うのは知られた話だ。ジェーム帝国の姫君襲撃など本当に救いようのない馬鹿なこともするが、国民の生活の上に王制が成り立っている自覚はある。だからこそ、自分が政治について丸投げをされるのだろう。

 そのたまに恐ろしく愚行を犯す評判に違わない馬鹿がまたしでかしたと、イエン宰相は思っていた。

 例の指輪を売ったと言う相手は、見つけ次第殺すか、その指輪を溶かすかするべきだったのだ。少なくとも、息がある状態で王城に入れていい者ではない。

 牢に投獄した男を間近で見てきたが、だんまりを決め込みただ鋭く見返すだけだった。

 いよいよ毒殺をしておくべきかと考えたが、出した食事どころか水すら飲もうとしない。身元を探れるような物も持っておらず、ただ、ジェーム帝国の姫を救った男だと言う証言と、若い女を連れていたと言う話も出ていた。その女はまだ見つかっていない。

「国王様がお呼びだ、着ろ」

 似ても似つかぬ男だったから会われる必要はないとか、酷く臭いと言ってみたが、一日面会が伸びただけだ。拘束服を看守が投げ込んでから、その中に毒を塗っておけばよかったと再度後悔した。

 抵抗するかと思ったが、従順に着ると、慣れた様子で格子に背を向け看守に背中の錠をかけさせる。手が出ない服では精々走って逃げるくらいだが、足も小さい歩幅でしか歩けない作りだ。

 警備隊が取り囲む中、男は玉座の間に入ると、ふてぶてしく座る我らの王を睨みあげていた。

 いつもはくだらない事をぺらぺらと話すその口が今日はきつく結ばれている。見下ろした相手が何者なのか見極めているようだが、到底無理な話だろう。いや、見極めては欲しくない。

「お前が売った物をどこで盗んだ」

 しびれを切らすのにそれほど時間はかからなかった。前国王が他界していたのが唯一の救いかもしれないと、今は思っている。

「口が利けぬと言うのならばその舌を捨てさせてやってもいいのだぞ?」

 轡を噛まされた相手の方が余程おしゃべりだろう。男は依然口を開かない。

「それとも、あの女の舌を切り落とせば、お前が話す気になるか?」

 王には似つかわしくないお方だが、嘘をつくことは冴えている。それまでただ敵意を放つだけの男からぴりっとした空気が流れた。武人でないイエンでもわかるほどの殺気だ。

「昔に拾ったものだ」

「どこでだ」

「昔に拾ったと言っただろう。そんな事まで記憶していない」

「ならば一日の猶予を与えてやろう。俺はとても気が長い。明日、満足のいく答えがでないのならば、盗人に相応しくその右手を切ってやろう。それでも思い出せないなら左手だ。切る箇所は有限だ。失う前に思い出すがいい」

 それに対して男は微かに笑っているように見えた。

 気味の悪い男だ。



 人生最大の汚点だ。

 エラ様は囚われていない。それは確かだろう。女としか言わず、実際に連れても来ない。何よりも、脅し文句がベンジャミン自身を痛めつけると言うものに変わった。

 手足を取られては支障が出るが、それが自分で、エラ様でないならば救いようはある。

 最大の心配は、お一人で大丈夫か。それに尽きる。あの資金があれば、単身ジェーム帝国へたどり着くまでは足りるだろう。強い方だとはわかっていても、まだ子供と分類できる歳で、何よりも女性だ。男装をしようがその愛らしさは隠せない。それだけで危険だ。

 流石に城の牢から抜け出すのには内部の手引きが必要だ。尋問が長引けば、辺りを伺う機会も増えるだろう。適当に嘘をつくか。事実を話すか。それも問題だ。できるだけ早く解放されるか逃げるかだが、逃走となればジェゼロだけでなくナサナ国からも追われることになる。そうなってしまえば、エラ様と合流できても危険を増やすような物だ。

 相手はあの指輪がどこからの物か知っているが、自分は知らない。それが最大の弱みでもある。

 攫われて捨てられたのか、親に捨てられたのかもわからない。あの指輪も持っていたとは聞かされても。幼い子供の記憶にはなかった。

 記憶にあるのは、部屋から見渡す街の景色と灰色の石壁。丁度この牢に似ているが、眺望だけはここよりもよかった。

 それも三歳のころの記憶では、事実かも怪しい。

 エラ様が言うように、売るべきではなかった。予言通りに呪いを受けた。



 指輪を眺めては机の小箱に片づける。

 一日などと気の長い話を言うべきではなかった。それも後何時間かの話。仕事さえ片付いていれば、今すぐでもいい話だ。

 あの馬鹿宰相が言うように、情けをかけるならば国外追放。徹底するのならば秘密裏に処刑するべきだ。

 自分の後釜を探している連中は少なくはない。それに対して火種を作ることは避けたいが、理性でも生存本能でもない物が燻ぶるのだ。

「フィカス様。ジェゼロ国より書簡が届いたのですが……」

 許可を受けて入室した衛兵がどこか落ち着かない様子で封書を差し出した。近寄られない限り王とは距離を開けなければならない。そんな面倒ごとに習い、部屋の者にその封書を取りに行かせて受け取る。

 引き出しから、一年ほど前、新ジェゼロ国王から王位を継いだ際に書簡が来ていたはずだと引っ張り出す。

 裏のサインは確かに同じだ。

「もういい、下がれ」

 まだ立ったままの男に鬱陶し気に告げる。

「それが……書簡を持ってきた者が、別途、国王陛下に直接伝えなければならない事があると申しておりまして」

 言葉を話しただけでも首でも切られると思っているのか、唾を飲み、意を決したように言ってくる。もしジェゼロ王直筆のサインでなければ聞き流すような馬鹿な申し出だ。

 もう一度横の者にそれを渡し封を開封させ中味を受け取る。

「………わかった、連れて来い」

 一読して言う。これはいい暇つぶしになりそうだ。



 あのアホが、いや、あの国王が勝手に使者を招き入れたと聞いて大事な会議を放り出して執務室に飛んで入った。

 既に見たことのない人物がソファで座っている。その者が急に開いたドアに驚いて振り返る。

 若い女だ。白いシャツに濃紺のプリーツがたっぷり入った長いスカートを穿いている。一見で育ちが良さそうに見える。貴族の娘といった所か。

「イエン宰相だ。国一番の礼儀を知らない男だ」

 アホが頭の軽い説明をこなす。

「はじめまして。お噂はジェゼロまで届いています。歴代きっての切れ者だとか」

 立ち上がると、スカートの端を持ち優雅に会釈する。緑の瞳がとても美しい。そう、控えめに言って可愛らしい使者にどう言葉を出せばいいか戸惑っていた。

「その、ジェゼロ国王からの使者と伺いましたが、こちらの、方で?」

「ああ。間違いなくサインが同じだった」

 それだけで入れたのかと言いたいが、言っても仕方ない。

「使者ではなく、私がエラ・ジェゼロ、ジェゼロ国国王です」

 気負うことなく堂々とした少女がいう。

「ジェゼロ王は男では?」

 いや、男装をした女王もいると聞く。だが実際のジェゼロ王の性別を確認できる立場にある者は少ない。実際帝国も婿ではなく姫を向かわせた。

「ジェゼロ国王が男装の麗人であることは箝口令ではないからな。知らなかったか?」

「どう見ても綺麗な女性では?」

 声が裏返った。わかっていてナサナの姫を嫁がせろとのたまったのか? 宰相とて見れる書簡もある。隣国の重要情報をどうして共有しないのだ。このアホ王が。

「お前は政治には長けているが本当に阿呆だな」

 うっとうしそうに言う馬鹿が王でなければ殴りたい。

「丁度お前にも話があった。こちらのお嬢さんは、正式には現在ジェゼロ国国王ではなくなったらしい。まあ、国王に返り咲く手伝いをしろと言う無茶な願いを聞き入れてくれと来られたらしい」

「それは……どういう」

 その無礼な王の物言いを前にしても、少女は顔色一つ変えずに立っていた。

「もう直に情報がジェゼロ内部から聞こえるようになるでしょう。そちらが阻止しようとしたジェーム帝国の御客人を機に少々問題が生じました。ナサナ国と同じく血を重んじるジェゼロに置いて、正義は私にあります。私が王位を取り戻すことは確かな事。ですが、今回はしてやられてしまいました。見てのとおり身一つで飛び出したような始末。復権を果たした際には、ジェゼロ国とナサナ国が長年足踏みをしていた関係も変わるでしょう」

 反乱が起きて王が逃げ出したと言う事か。隣国と言う理由だけで国交が限定的であるナサナに助けを求めに来たのか? それは些か疑問が生まれる。

「何、手助けと言っても私が求める事は簡単な事。私の従者が手違いでこちらの預かりになっているらしいので。それを返して頂きたい」

 すっと伸びた背で踵を返し、国王をまっすぐ見てエラ・ジェゼロが言い切った。

「まさか……馬鹿正直に囚人を取り返しにくる奴がいるとは」

 下品に喉を鳴らしてフィカス国王が笑う。

「つまり、あの男はジェゼロ国王の従者だと? ならば姫君よ、あれが持っていた指輪は何だ。どれほど金に困っても売る物ではないだろう」

 口は笑っていても目は笑っていなかった。当たり前だ。他国の王に仕えていたとなればそれはまた別の問題が出てくる。

「あれは捨て子だった。そしてこれからもそうであったとするために、私に返せと言うだけの話」

 威圧を真っ直ぐに受け止めて、可憐だった女性はそれまでとは違う強い語調で言い切った。

「……貴殿はあの指輪が何か知っているのか?」

 珍しく慎重な問いに対してエラ・ジェゼロは小さく笑い返した。

「さあ、是非知らぬままいさせて欲しい。それとも、今年は内乱が各国で流行るので?」

 知っている。そう確信した。

「フィカス様、二人きりでお話が」

 王であったこと、王を追われたことが事実だったとして、あの男を知った上で傍に置いていたと言うのならばナサナへの侮辱であり、そして危機だ。

「こちらのお嬢さんを客室へ、危険な目に合われぬように見守って差し上げろ」

 フィカス様が指示をする。一先ず客として幽閉されると分かりながら部屋を出る前に、彼女は綺麗な笑みをフィカス様と宰相である自分に向けた。

「サインだけじゃなく、サウラ・ジェゼロの娘だ。あの気性、それに顔立ちも似ている。立ち居振る舞いは親よりも余程常識があるようだがな」

「そんな話ではありません」

「そんな話だ。サウラ・ジェゼロの娘が別にいると言う話は聞いた事がない。もしいると言うならば別だが、そうでないなら王を差し置いてその座についた者は神が許さぬモノだ」

「……あの女性に、手を貸すと?」

 それはつまり、あの男を引き渡すと言う事か。他国の内紛に巻き込まれるほど馬鹿な話はない。

「それとあの者は別の話だ。戦争をせずとも恩を売り、誓約書を書かせ、王位を取り戻した暁には我らの属国となるとさせればよい」

 ゲスで馬鹿で阿呆な王に涙が出そうだ。

「共にいたと言うのが同じ者か確認をさせろ。他に従者なく来たと言うのなら、閉じ込めておけば話は漏れない」

「それだけの証言では不十分です。例え国を追われたと言えども、他にも従者はいるでしょう。女の付き人は最低でも一人は。男と二人でなど、ありえない話です。きっと何日か戻らないならば、噂に尾鰭がつくかもしれません」

「そうなれば殺せばいい」

「ジェゼロの国王に対する忠誠は愛着に近いと聞きます。王位を追われたとしてもその者がナサナで殺されたと少しでも噂が立てば、戦争の口実に。いえ、それよりも祟りが恐ろしい」

「次は皿でも割れるのか?」

 うんざりと返されるが、そんな話ではない。



 ジェゼロよりも内装は凝っていた。調度品の金もかかっている。ジェゼロは簡素な美しさと機能性を好む。それは城内でも同じだった。

 天蓋の付いたベッドの置かれた部屋は確かに客室だ。だが窓の外には鉄柵が嵌められている。外敵の侵入か内部からの逃亡を防止しての事か解った物ではない。

 今更指先が少し震えて来た。

「……」

 待ってもベンジャミンが合流しなかった。帽子を買って髪を中に入れて少年のような服を買い着替えてから、昨日のあれは何だったのかと聞いて回った。直ぐにベンジャミンが剣技で負け、王城に運ばれたらしいと判明した。戻ったころには自分を探してはいたようだが兵の数はわずかだった。目的は明らかにベンジャミンだけだ。

 これは酷い賭けだった。手紙がはたして国王に届くかもわからない。届いても本物と認定されるか。既に王でないと知られていないか。不安は山ほどあった。

 そもそも、ベンジャミンは無事なのか。既に殺されていたら勝手をしたことを祟られそうだ。生きていても怒られてしまうだろう。身なりを整えるために何日かの生活ができる資金も使ってしまった。以前の王として振舞うだけではならない。相手が気を許し、少なくとも敵とみなされない配慮が必要だった。

 森で一人ぼっちの時と同じ恐怖と孤独感が襲う。一人が心細いのもある。でも他の誰かでいい訳ではない。

 しばらく部屋で待たされて、呼び出される。何時間か待っただろう。

 案内されたのはジェゼロの王の間よりも広く王座も高い位置にある。それに金の装飾が眩しい。

「こちらにどうぞ。エラ様」

 イエン宰相が落ち着きを取り戻して案内をする。

「ここはナサナ国だ。どこの国の王であってもこの国にいる限りナサナの法の許にある。ナサナの法とは国王自身だ。エラ・ジェゼロに一つ法を言い渡そう。お前が取り返したい従者に許可するまで口を開くな。あれと話すのは私だ。いいな」

「私はジェゼロの王だ。どこにいようとそれは変わらない。だが、この茶番には付き合おう。ただし、私の物を傷つけるのは誰にも許しはしない」

 まっすぐと目を見て自分の言葉で返す。もう、女としてナサナ王と対峙する必要がないと感じた。既にフィカス・ベンジャミンは自分をエラ・ジェゼロと認識した。

 それまでよりも不躾な言葉遣いに気を悪くする事なく歪な笑みを返される。

 フィカス・ベンジャミナが階段を上がり、少し高い位置に置かれた玉座に腰かける。自分はナサナ国王とベンジャミンが連れてこられるだろ場所の両方から顔が見える場所に座らされる。そして宰相は自身の王ではなく自分の近くに立った。さっきは携えていなかった剣が腰にかかっている。

 観音開きの扉が開き、手を服の中で拘束する嫌な染みのある拘束着を着た男が入ってくる。髭剃りができずに無精ひげが生え出している。風呂にも入れなかったのだろう髪も油っぽい。その目がこちらを見た時に息を飲むのが遠目でもわかった。

 声を出したいのを堪えた。

 ベンジャミンを放り投げるように置くと、連れて来た者は出て行く。この空間には四人しかいない。それだけ、あの指輪について聞かれたくないのだ。

「さて、名前を名乗ってもらおうか」

 こちらをじっと見ていたベンジャミンにフィカスが尊大な態度で問う。

「……ベンジャミン・ハウス」

「歳は? それに、ハウスとはどこの人種だ」

「22か3だ。正式にはわからない。ハウスは孤児院で育ったものにつく姓だ」

 淡々と感情を出さない様に、ただ簡潔にベンジャミンは答えて行く。

「あの指輪はどこで手に入れたか、いい答えが見つかったか? 約束通り、お前の腕と考えていたが、女の舌を先にくれてやろうか?」

「あれは森に捨てられた時に持っていたものだ。今更、家族など必要はない。だから売った」

 挑発にも淡々としていた。内心は勝手をした自分に怒っているだろう。

 ここは確かにナサナ国のど真ん中だ。だが、指示に従う必要があったのか。これで、本当にベンジャミンを助け出せるのか、今更戻れないのに不安が過ぎる。

「拾ったと言うのは嘘だったのだな」

「私は持っていた。だがそれを持った私ごと拾われたのだから拾ったも同じだろう。どこで拾ったのか正確な場所を覚えているほど繊細な拾い主じゃなかったからだ」

「屁理屈だな」

 フィカス王がそれに鼻で笑う。

「……ベンジャミンと言ったな、名前は誰が付けた」

「サウラ・ジェゼロ様が、指輪に刻まれた文字からそう付けられたと。今見ても、掠れてわからないだろうが」

 名前の由来は初めて聞いた。

「それがいると随分と口の動きが良くなるようだな。女を先に尋問する必要はなかったか」

 あの下卑た笑いが演技だと今更わかる。だがベンジャミンは信じたようだ。

「何をした……」

 それまでの淡々とした声が一転して震えていた。これ以外、手は思いつかなかったのだ。単身で侵入し、助けるなど無理な話だ。これが自分にできる唯一の策だった。

「イエン、お嬢さんを別室に案内しろ。これとは二人で話すことがある。もちろん、これが俺に何かすれば、そちらに相応のペナルティを差し上げる」

 胸に息を吸い込みフィカスを見る。

「話が違うぞ」

「約束をお忘れかな?」

「私はお前と話している。これ以上茶番を続けろと?」

 フィカスは従者と話すなとしか言っていない。そもそもこれも策の内か。

「まさか、エラ様がご自分でここに?」

 ベンジャミンの悲痛とすら言える声に言われていなくても言葉を返せなかった。

「イエン、お連れしろ。誰も入れるな」

 命令に従い、イエン宰相が腕を掴もうとする。それを振り払い立ち上がる。

 ベンジャミンを見ると言われなくともなぜこんなバカな事をしたのかと考えているのがわかる。

 例えこれが馬鹿な行動でも、見捨てるなどできるはずがなかった。



 どういう状況か。

 この男はエラ様がエラ・ジェゼロだと知っている。ならば、王ではなくなったことは? そもそもどうしてエラ様はここへ入れた。

「あの女はそれ程大事か?」

「……何の話をしたい。護衛も付けずに」

「俺の名前は、フィカス・ベンジャミナ。ベンジャミンと言う名は少なくはないが、ベンジャミナは王族のみに継がれる名だ。あの指輪には、そう書かれていた。ベンジャミンではない」

「……」

「あの女は、お前がナサナの王族であると知りながら、自分の従者だと言い切っていたぞ」

 驚きを隠すため心を静めるような息を付く。

「そんな冗談を今話して何になる」

「いや、確信した。お前はベンジャミナの血を継いだ者だ。お前の親類でありナサナで最も尊いナサナ国王にこのような形で会えるとは、尊い経験をしたな」

 嫌味っぽく笑い言う。その意味を理解して反吐が出そうだ。

「例え知っていたとして、エラ様への忠誠は変わらない。自分が何者かなど興味もない。言ったはずだ」

 答えにつまらなさそうに肘掛けを指で叩く。

「お前が、あの女がされたことをしないと言う保証は? あれが命じればやりかねない。別の国で王ではなく妃になれば満足かも知れないぞ。一人では何もできない卑しい女だ」

 挑発だ。言っていることが事実であるかもわかった物ではない。自分がそれだけ身分の高い者である可能性は有り得ないほど低い事だ。あの指輪だけでは言い切るには証拠として乏しいはずだ。

「エラ様は正式なジェゼロ国王だ。それ以外は有り得ない」

「……お前の情報を売る代わりに力を貸せと言ってきた。お前はもう邪魔なんだ。なぜわからない」

「……」

「私に忠誠を誓うなら、お前を殺さず、あれに力添えをしてやってもいい。どうだ? 安い話だろう」

 それに笑いが漏れる。安い? ナサナ国にとって敬愛と忠義はごみほどの価値しかないと言うのか。

「私の命でいいならば使うといい。ジェゼロ国国王のエラ様以外に誓いを立てるくらいならば死を選ぶ。私の親が見つかれば伝えてくれ、よくぞ捨ててくれたと」

 万に一つがあったとして、この国で育てば得られたものは多かったかもしれない。だが、そこにエラ・ジェゼロはいない。

「そこまで、あんなちんちくりんに惚れているのか? 救いようがないな」

 それまでよりもトーンを上げて呆れた声が帰って来た。

 立ち上がると、階段を下りベンジャミンの背後に回る。剣を抜く音がした。この距離ならば、脚だけで首を折ることは不可能ではない。だが、それでエラ様に何かあればどうする。

 首筋に剣の切っ先が当たる。自由にない腕に鳥肌が立つのを感じた。恐怖はある。だが、エラ様はこの男の手の内にある。

 首筋から縦に入った剣から布を裂く音がした。拘束衣が外れ、腕が動く。そして後ろからは剣が柄に戻る音がした。

「あの女はお前がナサナの出だと知っていたとしても、ベンジャミナ王家とまでは知らん。捨てられた哀れな子がここまで来たのは何かの導きだろう、しばらくここにいるといい」

 さっきの暴君が芝居か、交友的に振舞うギャップで気を許させるつもりか。

「望みはエラ・ジェゼロの援助か?」

「ああ」

「その為に自分が国王になれるかもしれないチャンスを捨ててもか」

 目の前に来たフィカスが見下ろして聞く。椅子から立ち上がり馬鹿らしい質問に答えを返す。

「そんなものにエラ様の隣より価値があると考えるならば、頭がイカレている」




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