王は騎士の弱みに付け込んだ。
三カ国会議が終幕した日の夜中に、ミサ・ハウスが急死した。ハザキが死亡確認をし、罪人とはいえ罪状が確定する前であったため一般的な火葬の処置が行われた。朝には二か国の賓客が帰国するため、内々に処理が行われた。
火葬場で見事に骨だけになったミサ・ハウスを骨壺に入れた。帝王とナサナ王が国を出てから開かれたジェゼロの議会院で、既に死んだミサ・ハウスの死刑宣告が正式になされた。死人を死刑にはできない為、一度収めた遺灰は無縁墓地ではなく森にうち捨てられた。つまりはそれが本当に人の骨であったのか、今後知ることはできない。棺に入れられたミサ・ハウスをジェゼロ王が確認した以上、誰がそれを再び開けられるというのか。エラ・ジェゼロ陛下が出発間際のフィカス王とジェーム帝王に贈られた交友の証の中身を、誰が検閲できるというのか。
「なんだベンジャミン?」
「………いえ、なんでもありません」
ジェーム帝国へ着きもしない数日後に帝王から文が届いた。それを見ていたエラ様はとてもほっとした嬉しそうな顔をされた後、難しい表情をしてこちらを見られた。
ミサの不審な急死で察してはいた。知っているのはハザキと帝王、それにエラ様だけなのだろう。その中に自分が入っていない事が純粋に寂しく嫉妬していた。
ミサ・ハウスが死刑にした神父についてハウスの子供が証言をした。ジェゼロに置いて子供への犯罪はより罪が重い。場合によっては殺人を行わなくても死刑もありえる。それを考慮してハザキはエラ様との共謀を受け入れたのだろう。だが、虚偽の王として君臨した罪もまた死刑に相当するものだ。エラ様の優しさは魅力だが、時に心配でもある。
「随分静かになったな。ようやく落ち着いたともいえるが、仕事が山の様にあるからな」
執務室のご自身の席で王としての責務と、新しい同盟やロミア様が残した機械についての課題に取り組まれている。ベンジャミン自身もエラ様の後ろではなく応接用のソファとテーブルを借りて付き人の範疇を超えた雑務をこなすようになっていた。議会院はしぶしぶ許容している。頭の固い年寄りでは難しいことも多くあるのは事実だから仕方ない。
「休日は取るようにエユ様からも言われています。あまりご無理はされませぬように」
「……ああ」
普通の事を返しただけだが、目が合うとエラ様が何度か瞬きをして目を逸らす。
「左右からエラ様の外交用の召し物を作るために採寸をしたいと申し出がありました。装飾様式はエユ様をはじめとした女性陣が確認をしてジェゼロらしい且つ国王の威厳ある物を監修するとのことですが、陛下御自身でも確認をされますか?」
ナサナの双子は一先ず城からいくらかの仕事を発注する形で落ち着いている。街で女性専用の洋服店も開く予定だ。何度かお疲れのエラ様へマッサージをと申し出があったらしいが、また時間ができたらと断っているようだ。
「確認はいい。私の趣向は不評だからな。代わりにベンジャミンが見ておいてくれた方がいいだろう」
「では、採寸には空きのある時間を伝えておきます」
「ああ」
目を合わせないまま返事が返る。
「どうかされましたか?」
「いや、何でもない」
ついさっきのやり取りを取り換えたように返される。
「……エラ様、何か心配事でも?」
「いや………」
日も暮れ、夕食もすました後にいくらかの書類仕事を済ましていたが、手紙を読んでからはどこかそわそわしていた。予想とは別に何か書かれていたのか。悪い知らせではないようだったが。何を考え込まれているのか。
「本日は、もうお休みになられますか?」
「そう、だな……」
どこかぎこちなく立ち上がるとばらばらと書類が崩れ落ちてエラ様が慌てて拾う。
「やはり、明日は休日にしてもらいましょう。国王にも休息日は必要ですよ」
書類を拾うのを手伝いながら言う。実際に忙しい日々と心労もあるだろう。
「お前は別に仕事をするだろう……」
しゃがみ込んで書類を拾っているエラ様が小さく言う。
「では、私も休暇にしましょう」
「それで私に構っていては、結局お前は休めないだろう」
「お傍にいない方が、よろしいですか?」
「………」
覚悟はどこかでしていた。あれは国を追われ頼る者がない緊急時だった。国に戻り本来の正しい場所に戻られた今、ナサナの血筋まで入っていると発覚した自分は近くに置くには厄介な存在だ。それに、重い質だと自覚している。距離を取り最終的には栄誉だけ与えナサナに送り返される可能性もあった。告白された時も、エラ様が自暴自棄になっていて、あの男よりも自分の方がましだと、そして帝王への当てつけだったのかもしれない。自分のような者が、エラ様に愛して頂けるなど、きっと妄想と夢の中だけのはずだ。
ふうっと息を吐き落ち着くよう努める素振りを見せた後、エラ様がしゃがみ込んだまま、両の指を絡めて握り、もじもじと人差し指で遊んでいる。膝を付く自分の目の間近で例え残酷な話をされる前であっても、そのお姿は愛くるしい。
「少し……少し待ってくれ」
ぐっと目を瞑りもう一度息を整えると、次はしっかりと目を合わせてくれた。
「会議だ何だと、国王に戻ってからも色々やる事や心配事があって保留していたが……お前との、ベンジャミンとの関係もちゃんと考えなければならないと思っている。国を出るのに付いてきてくれた前から、想いを寄せていたのは本当だ。旅をして……その、一層お前の存在の大きさを知った。それに、いや……それと同じでジェゼロ王の最大の責務も考えていた。これから、色々と大変な時期が予想される。ならばいっそ、今の間に責務を負えた方がいいと。もちろん、男児だった場合、責務は続くが、初めない事には何事も終わらないだろう。別に、元気ならばどちらでもよいめでたい事だ。だから…………その……」
真面目に話していたエラ様の顔がみるみる赤くなる。終いには可愛らしい顔を両手で隠してしまう。
「は……初めてなんだ。や、やさしく、してくれるか」
震えるようなか細い声が下半身にダイレクトに響くようだった。
「エラ様っ、お気持ちがお決まりでしたら今すぐにご寝室へ……今ならば邪魔は入りませんからっ」
愛らしい顔を隠してしまう手を取る。オオガミはロミア様と帝国へ向かった。ハザキ議会院もエユ議会院長も今日は自宅に戻られた。一瞬で今夜どこにも障害が今ない事を頭の中で確認していた。
エラ様が他者の気持ちを弄ぶような方だと、思った自分が情けない。ああ、本心から好いて頂けていたなら、御覚悟ができているなら。自分は一秒も待てそうにない。待つ必要が、いまここにはもう、どこにもない。
「え、あ、ああ……え、今からか!?」
「機を逃してお心変わりがあってはことです」
「ま、まだ湯あみもしていないぞっ」
手を引き立ち上がらせる。手を握り、その手首に口付けを落とす。
「エラ様……明日は休みにしていただきますので、ご安心ください」
「いや、話を聞いているかベンジャミン」
堂々と入れるようになったエラ様の寝所の鍵を開け、エラ様を引き寄せる。
もう一度、目を見る。自分が急いているのはわかっている。すぐ近くに、エラ様がいる。まやかしではない。匂いだけでも近いと分かる。そう、エラ様の熱と匂いを感じる近さだ。
「………あの、キスを……ご許可いただけますか?」
緑色の輝く瞳に吸い込まれてしまうのではないかと思う。唾を飲み込み伺う。拒否されたらと妙な緊張があった。目を瞑るよりも先に、エラ様が背伸びをしてそっと口付ける。はにかんだ笑みが見上げてくる。これ以上、可愛らしい姿は見たことがない。
「愛しています……その」
言うべき言葉は夜通しでも余るほどあるはずだった。なのに、言葉に詰まる。
「案ずるな、私も、愛している」
腕を摑まれて、王の寝室に引き込まれる。
如何なる時もエラ様は自分にとって王だった。
エラ様は王として次の王を授かる事も重大な仕事だ。それを、自分以外の男となされるのが耐え難かった。エラ様と離れて生きてもいけなかった。だから、何も捨てずに諦めない。それを、エラ様に誓った。王に対して欲動しい事だが、自分が求めているのはそれだけなのだ。
「お前が、私の闇閨なら……自分の子も………ちゃんと愛せると、思うのだ」
ドアが閉まる。エラ様と自分しか今ここには入れない。二人きりの空間だ。
「エラ様、不安になる必要などありません」
指先に口付ける。
「政治には参加できませんが、国王付きとしてベンジャミン・ハウスは、ジェゼロ国王様の尊き賜りもののお世話をできます。おしめでも何でも言いつけてください。二人で、育てることに、許可は頂きませんよ」
「ああ」
エラ様が笑う。次は許可を得ずに、口付けを交わした。今までで一番長く、深く。
「申し訳ありません……とても、優しくできる自信がありません」
以前のように、自分を止める必要がないならば、どう欲望を抑えればいいと言うのか。
「焦らずとも逃げはせんよ」
はにかんだ笑みに胸が詰まる。
「お前の弱みは私に惚れた事だな。安心しろ、王の騎士の弱みに死ぬまで付け込んでやる。だから、私の弱みの面倒もちゃんと見てくれ」
夢ならばこのまま死んでしまいたい。だが、現実であるならば、その命令をエラ国王陛下の騎士として遵守しなくてはならない。自分の命がある限り。
おわり
一先ず、おしまい。
二人の話は続きがあるので、完成見直しが済んだら載せます。
中々に長い話でしたが、最後までお付き合いしてくださったあなた! ありがとうございました。
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