最後の手紙
エピローグ
目を瞑って考えていた。
すべての仕事を終えた。始まったとも言える。
執務室と応接室は使用人が掃除をしてくれている。寝室は自分で掃除をして新たに国王専属の掃除人を作っていない。とても個人的な場だ。ジェゼロの者を信じていないわけではないが、一番信頼している者でなければ入れられない。
今後は、多くの機密を抱えることになる。新しい技術、オーパーツはとても楽しい。だが、問題が多いことくらいよくわかっている。だから最初に法の整備を呼び掛けた。
客人がみんないなくなって、どこか寂しさを感じていた。ほっともしている。自分のやることは単純だがいくつもある。
目を開けるとベンジャミンがいる。足音で戻ってきていることはわかっていた。手に手紙を持っていた。早馬が届けた物だろう。
「お疲れですか?」
「……少しな。帝王からの手紙だな」
「随分お早いですね」
「ああ」
帝王の蝋印が押された封書を受け取る。
自分は、あの人を父と認める以前に、サウラ・ジェゼロを母と認めきれていないところがあった。神への生贄のように国を継がせるためだけに子供を産む制度。それを守るためだけに、私を産んだのだろうと思っていた。周りからはそうでないと言われても、自分が接したあの人は、自分をいつも離れた場からしか見てはこなかった。
ロミアが目覚めた今、自分に、歴代の王が背負ってきたほどの意味があるのかがわからない。彼の為の王はもう必要ないのだ。次代には、国王制もなくなっているかもしれない。それが悪いことだとは言わない。もともと、ジェゼロの王の権力は他国より弱く象徴的なものだった。今後は外交が再開される。国の象徴として王族は利用価値があるだろうが、それ以上を担っていいのかは疑問だった。歴代のジェゼロ王すべてが、適していたわけではなかったから、議会院が実権を握ったのだ。自分も、全てを掌握し独断するには向かないと理解している。
ペーパーナイフで封を切る。帝王の手紙とは別に小さな紙が入っていた。
自分がジェゼロ王と言う立場から逃げることができないのはわかっている。時代が変わっても、ジェゼロ王が消えるのは自分より後になってしまうだろう。自分は、あの逃走は追いやられた物だと、王座を取り返そうとした。だが、あれは、唯一自分に与えられた自由を掴むチャンスだったのかもしれない。そんな事を、戻ってきたからこそ考えてしてしまう。戻れなかったら、追手を恐れ、ミサたちを恨み、国をただ案じるだけだった。ベンジャミンが、ジェゼロを捨てたただのエラでも一緒にいてくれると申し出てくれていたのは、彼にはそれが分かっていたから、最後の機会としてその選択肢を提示してくれたのだと、今更になって気付く。
目の前のベンジャミンを見る。
国を追われる前に、彼から閨の話をされた時、苦しさを覚えた。その頃には自覚もあった。不遇の相手に恋をしていると。王であるからこそ、自由にならない事に恐ろしさを覚えていた。
今抱えているのは恋しさとは違う。ただ見つめて焦がれるのとはもう違う。
彼が、自分の従者であることは変わらない。不自由も多くさせるだろう。ベンジャミンがナサナへ行くと言い出す日が来るかもしれない。自分よりも、余程素晴らしい女性が現れて、普通の夫婦になってしまうかもしれない。これだけ尽くしてくれているからこそ、見限られたらと恐れが生まれていた。
もう一度、手紙に目を落とす。
自分を陥れ、ある意味で鳥籠の鍵を開けていた友人からの最後の手紙はとても短かった。みんながあなたを愛している、と。
帝王の文の方はやたら長く、ほとんど無意味な内容だったが、最後には親愛なるエラへと書かれていた。
確かに、多くの人に助けられた。これからも多くの手を借りていくだろう。その者たちに、自分はできるだけ返そうと思う。
もう一度、ベンジャミンを見上げた。いつもと変わらない優しい笑みだ。
多くの者に感謝はしている。だが、愛しているという言葉に、私もだと返したいのは、今目の前にいてくれる一人だけだった。恋しさでも焦がれるのとも違う。対愛する関係が欲しいのだ。




