呪いの指輪
首都の南の街より早馬がやってきた。夕食の時間に呼び出され余程の用でなければ殴ってやろうとフィカスは部屋に入った。
「フィカス国王。この指輪を今日売りに来た男がいたと」
小さい布切れを広げる。その中には女ものの指輪が光っている。宝石など大して興味がないと言うのに何事かとそれをつまんで近くで見た。
「……これを売ったバカがいるだと?」
「それも、二十代前半の男で、薄茶の髪にアーバンの瞳をしていたそうです。いかがしましょう」
いかがしましょう? 馬鹿か、決まっている。
「連れてこい。抵抗するようならば、生きていれば多少傷がいっても構わん。ただし、殺すな。絶対に殺すな、何があっても俺の前に連れてこい」
指輪を持つ指に力が入る。
盗人ならば両腕を切り落としてでも盗んだ相手の話をさせよう。だが、盗んだものでなければ、事は問題になる。
自分でも幼稚だと自覚している。それでも、大人の対応をどうしてもできなかった。高が髪の毛で体を売ったわけではない。いや、食うに困って女を売るはめになっていても可笑しくはなかったのだ。
ベンジャミンは生き延びる事と捕まり連れ戻されない事を第一に、その上で復権のために慎重な行動をしなければならないと、一度だけ戒めるように言った。その優先順位はベンジャミンも同じだと勝手に思っていた。彼自身が生きるのではなくエラ・ジェゼロを生かすのが彼にとっての重要事項なのだ。そんなの、求めていない。
「エラ様、朝食はとれますか? 医師には診せる事は難しいですが、ご気分がすぐれないなら」
「食べられる。食べればいいのだろう」
今回はベッドが2つの部屋だった。今は有り難かったが、もっと安い宿でよかったと思ってしまう。
「……昨日、エラ様の髪を私の物だと、失礼な事を言ってしまいました。お怒りはごもっともです。どうかお許しを」
そんな事で怒ってなどいない。怒りがあるとすれば自分自身で、それよりも無力感や自分が役立たずであると言う事実が悔しいのだ。
「私は……お前の身を削ってまで生きたくはないのだ。あれは、お前にとって、唯一家族が分かるかもしれぬものなのだろう? そんな大事な物を……売らせてまで、パンを買わせるわけにはいかない。私は贅沢をしたい訳ではないよ。日雇いでもなんでもする。ジェームまでの道は野宿でいい。私は……私の髪なんかより、お前の売った物の方が大事に思えて仕方がないのだ」
目を見て話せず、ベッドに座ったまま膝に置いた拳を見ていた。吐露に対してベンジャミンが横に腰かける。
「お優しいエラ様。お気持ちに感謝します。ですが、私を思っての行動ならば、髪を売ったり怒るよりも、笑っていただきたい」
寝起きでほつれのある髪をベンジャミンが手櫛で柔らかに梳かしていく。
まただんまりの子供を見かねて、ベンジャミンが小さいため息を落とした。
「わかりました。今日、買い戻せるか聞いてきます。できなければあの指輪との縁が切れただけの事。それ以上は言っても仕方のない事と、ご容赦ください」
こんな場所まで着いて来てくれたベンジャミンを、どれだけ大事に思っているかをやっとわかってくれたと小さく頷いた。
買い戻す気などさらさらないが、ああでも言わないとエラ様は引けないだろう。
午前中には町を出たいので買い戻すふりをして宿を出た。
街の雰囲気が昨日と違う。ジェゼロの兵は少なくとも来ていない。兵服を着ていなくとも、ジェゼロの者ならば見覚えがあるか雰囲気でわかる。ナサナ国の兵士が増えている。そう気づいたのは例の店が目と鼻の先に来た頃だった。
普通の服を着ていても腰に両刃のナサナの剣を携えていれば私服兵だと察することができる。
横道に入り、宿へ戻る。ジェゼロからの追手には細心の注意を払い情報収集も行ってきていた。ナサナ国についても多少は情報を入れるように心掛けてはいたが、この増員は全くの想定外だ。
宿に戻る道でも気を配ればそれらしい人間がいる。明らかに誰かを探している。店員に話を聞いている素振りがあった。できる限り早く戻り、すぐに馬を出すべきか。それでは目立つか。
エラ様がもっとも安全な策を考える。自分達を追っているならば厄介だ。無関係の事案であればと願う。
話を聞く際に似顔絵を使っているがそれを見られないかとあたりを疑う。兵の一人が裏路地に入るのを見てそっと続いた。小便を下品にも壁に向かって垂れ流す相手のズボンのポケットに紙が挟まっている。近寄りざまに軽くぶつかり慌ててへこへこと頭を下げて奥へ進む。抜き取った紙にはあまり似ていないが自分の顔と特徴が書かれていた。問題は共に行動していたのがエラと言う名だとはっきり書かれていたことだ。理由は書かれていないが、ジェゼロから要請を受けたと言うのか。いや、探すならばエラ・ジェゼロのはず。おまけでしかない自分が探される理由にはならない。それにジェゼロ国からならば人相書きももう少しマシなものを用意できたろう。
「……」
無意識に舌打ちをしていた。妙に時間をかけて見られた指輪が原因か。ほかに思い当たる節はない。
宿にたどり着くと馬の世話を暇つぶし代わりにしているエラ様が見えた。隙あらば蹴ろうとするキングだが、エラ様に対する忠義は人間より確かだ。
「エラ様、移動します。申し訳ありませんが別行動に。次の予定の町へ、夕刻までに合流できなかった場合一つ先の町まで進んで一日お待ちください」
「何があった」
「はっきりとは。荷物は私が、キングの鞍付けをして置いてください。直ぐに戻ります」
宿に戻り荷物のいくつかを手早く持つと窓からあたりを確認し直ぐに馬小屋に戻る。
「服の中にこれを」
指輪で得た金をスリに遭わぬようエラ様の首にかける。鞍の左右の鞄に荷物を詰める。今はキングが至極大人しい。馬の分際で人の言葉だけでなく空気まで読める頭のいい、性格の悪い馬だ。
「人目のある間は走らずに進んでください。いいですね」
「……わかった」
今回はへそを曲げずに素直に聞いてくださる。エラ様を乗せたキングは町から出る道をだらだらと歩き出す。追手が付けば走ればいい。それまでは焦った素振りは厳禁だ。
ベンジャミンも手早く馬の用意をするとエラ様とは真逆の街の店道を、鞭を打ち走らせた。
指輪を売った店の前で例の店主がこちらを指し示すのが見えた。
馬に乗っていた兵士は一人か二人しかいない。直ぐに追ってくるがホルーが育てる馬は確かに質がいい。キングほどではないが、足が速く丈夫だ。
街の外れまで馬を走らせ、このまま林に入り遠回りをしていけば移動の都度決めている有事の際の合流場へ行けるだろう。
安堵しかけた時、風を切る音がした。反射的に手綱を引くと馬の鼻先をナタが飛び地面に刺さった。興奮して高く足を上げる馬をいさめようとしたが駄目だ。振り落とされる前に飛びのく。
「あの人相書き、どこかで見たことがある顔だと思ったんだ」
兵服の中でも上の階級服を着たいかにも柄の悪い武闘派の軍人が剣を携え立っていた。見覚えはないがむこうにはあるらしい。
「西の街道だ。忘れたか?」
「……その件は、何もなかった。お互いにそうした方がいい話では?」
刀は抜きたくはなかったが、相手はジェーム帝国の姫君を襲ったのは、やはり唯の野盗ではなくナサナの兵だったらしい。通してくれと言っても、無理だろう。
「つれない事言うんじゃないぜ」
あからさまな大振りをかわすが逆手で確実に腹を狙った振りが直ぐに襲ってくる。思ったよりも余裕なく避けてしまい、服を切られた。
「あれを避けるか? ジェーム帝国の軍人は強いやつが多いな」
自分を帝国軍人と思っているならば身元はばれていない。それは有り難い。横目で見ると馬はナサナの兵が捕まえたらしい。奪い返すのは困難か。多少の危険は覚悟していたが、これは運のない相手に見つかった。
街中よりは兵は少ない。目の前の相手をやれば、後は何とかできるか。馬は必要だが、どこかで盗む手もある。
「やっと、やる気になってくれて嬉しいぜ」
オオガミの家に明け方やって来た兵士から奪った刀を抜く。愛刀ほど期待はできないが、鈍らではないことを祈る。
ハザキ議長とやり合ってもいい線を行けるのではないかと言う太刀筋だ。流派が違うだけに剣筋の読みにくさはハザキ以上か。でかいわりに動きは速い、その癖一撃が膝に来るほど重い。
何とか裁いていた剣先も、目が追いつくようになった。だが刃は確実に消耗し時間がたつごとに切れ味が削られていく。
相手の懐に入り、覚悟を決めて振り下ろす。その瞬間、しまったと本能が告げ、後ろに飛びのいた。
この男にはあまりにも似合わない短刀が目を確実に狙って振り上げられた。引いていなければ、ジェーム帝国の隊長殿の二の舞になっていた。彼を相手したのはこの男か。
「あれを避けられちゃー仕方ない。まあ、剣は貰ったからいいとすっか」
体勢を犠牲にして後ろに引いた。その時に刀を叩き落とされ今では相手に踏みにじられている。
「にいちゃんよ。足叩き折られて連行されるか、大人しく捕まるか、どっちがいい」
「何の罪で、どこに連れていかれる? まさか野盗から人を救うことがナサナ国では罪に問われるのか?」
この男の口振りからして、ジェームの姫襲撃の件ではない理由で探されていた。むしろ、そちらの罪の方がましだったかもしれない。
「さあ、国王からのご命令だ」
今更、記憶の沼から浮き上がって来た言葉がある。その指輪を金に換えると呪われるぞ。そう言ったのはサウラ・ジェゼロ様だった。
バトル物ではないですが、
戦闘力フル装備の場合
ベンジャミン90 刀装備
ハザキ95 刀装備
オオガミ96 素手か短剣 刀でも
な感じです。
捕まえた相手85 大ぶりの剣と小刀装備
エラとフィカスは後ほど数値だすかもしれません。
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