フィカス・ベンジャミナはただのシスコンではない。
清々した。あのキツイ母親が腹違いの姉の死に対して言った言葉の意味を今更正しく理解した。
母は、権力闘争の火種になりかねない腹違いの姉の死を喜んだのではない。愛人の死を、本当の意味での火種になりかねないそれが消えた事を喜んだのだ。
ベラータ姉様の母は前国王の親戚であった。そして何よりも、姉は父の子にしては美しすぎた。それを父が知っていて手を出していたのか知らぬ上で手を出すという屑であったのかは墓に入られた後では知りようもない事だ。いや、娘をあんな場に入れられて何も言わなかったベラータの母を思えば、知ったことだったのか。
前国王の墓を暴いてでも毛をむしるべきだったが、自分の母は権力と寝る女だ。自分を産んでから遊ぶ可能性はあっても、王の子を疑いなく生むまでは馬鹿なことはしないと妙な確信がある。ならば自分の父親とベンジャミンの父が同じであればそういうことだ。
こんな場まで来て、姉を死に追いやった者を知ろうとした。復讐の為だ。本人だけでなく男の家族、一族全てを滅ぼす心積もりだった。だが、それは自分を含んだ王族とは、笑えない。
「フィカス陛下。ご要望の料理を作ってまいりました」
ジェゼロに渡した双子が入って来て、料理をテーブルに置く。
ジェゼロの飯はまずくはない。だが、ナサナの飯が一番だ。だから双子に昼食を任せたのだ。あれらは一通りの接待ができるよう仕込まれている。歳的にも、男の相手もしていい時期だったが、エラたちの後に付けた貴族の客に酒に酔い襲われたと聞く。幸い未遂で済んだようだが、それが嫌で亡命などしたのだろう。上下が上手く相手の怒りを鎮めたが、使用人は所詮ナサナ国ではその程度の立場だ。
「ジェゼロではやっていけそうか?」
「はい、ナサナの美しい物と、フィカス陛下が授けてくださった技術がございます」
「エラ様の外交用のお召し物をフィカス陛下が贈られた布から作る仕事を頂きました」
ナサナでは同じ服を着ていた左右が違う服を着ていた。
「あまりハイカラな物は作るな。ジェゼロの芋ではナサナの繊細で美しい物を理解できんだろう。合せてやるのも重要だ。商売を始めるならば、ナサナの商人に話しを通すように手配をしてやる」
「私たちがどの地にいようとも、フィカス殿下がナサナの王である事を誇りに思い、敬愛いたします」
二人揃って言われる。無論安い言葉を信じてはいない。
「皆が、ベラータ・ベンジャミナが真の王だったと思っているがな」
つい、口に出た。一番そう思うのは、自分だ。
「私どもは、ベラータ様を直接は存じ上げておりません」
「ですが、フィカス・ベンジャミナ様は直接存じております」
この二人に知られている面など大したことではない。わかっている。自分は、自信がないのだ。もし、王になっていたのが姉ならば、自分よりも上手くやり成果を上げていただろう。いや、そう確信している。ならば、その子ならば同じ結果になるのではないかとありもしない事までが頭を過ぎる。
「旨いな」
ナサナのスープを一口飲む。やはり、ジェゼロの味付けより自国の方が良い。
「国王陛下は直接スープを作ることはなくとも、それを作っています。ここではジェゼロの食材ですが、ナサナで食べるものは、あなた様が国を治め仕上げたスープです。それが美味であるのならば、フィカス陛下は立派な王です」
長い言葉を一語も違わずに揃って言う。
「いい人材をジェゼロにやってしまったようだ。私を後悔させぬよう、大成をして見せろ」
復讐はもう叶わない。ベラータ・ベンジャミナから子を奪い捨てたとは考えにくい。何故ならベンジャミンが指輪を持っていたからだ。それも、前国王が渡した指輪を。それは罪の証明か子供への慈愛か。どういう思いで、父親とされた男の子を産み、幽閉され、子を逃がしたのか。
姉の死に様は相応しくないものだった。美しくないものだった。姉は、ベンジャミンを逃がした頃から食事を摂らなくなった。食べなかったのか与えられなかったのかはわからないが。餓死に近い状態まで痩せ心不全で死んだ。実際の死因はわからない。だが、埋められる前に見た姉は、既に骨と皮だけになっていた。
わかっている。自分は何かできたかもしれない。だが自分はまだ子供だった。もう二十年は前の話だ。どう言い訳を並べようとも何もできなかったのが事実だ。それはしなかったのと変わりがない。そして、結果は最悪だった。
何もせず後悔するくらいならば、やって後悔をしたい。そして今、目の前には自分の手だけでは明らかに足りない歴史的問題がある。
「シィヴィラを呼んできてくれ」
「かしこまりました」
ふたりが軽やかなお辞儀をして出ていく。
どこまで信用できるかもわからない。シィヴィラと言うナイジアナの、ナサナの神を利用しなければ、後悔するのは明らかだ。




