王達の食事
これでも神官様から歴代きっての寵愛を受けていると噂される身だ。それ故にジェーム帝国から出る事はなかった。首都近郊から離れたことも少ない。そんな中これほど遠い場にやってきたのはエラ殿を心配してだけではない。今回の提案を予測され、あらかじめナサナ国をテーブルに着かせるようにも言われていた。
「その、エラ殿……」
「ベンジャミン、賢人御一行の料理は私が頼んでこよう」
「かしこまりました。お二方を先にご案内しておきます」
すっと立ち去ったエラ殿の背中を呼び止める事も出来ず、呼びかけに上げた手だけが虚しい。黙ってついて来たことを、リンドウから既に酷く叱られている。さらにエラ殿まで態度が冷たい。正体がばれた後、何度か二人で会おうと試みたが全て多忙につきご遠慮いただいておりますと返答がきた。しかも毎度ハザキ殿から。
ハザキ殿からは正式に謝罪があったが、サラ殿の中庭を案内してもらっていた時に、正体を知る前にたった一発とはいえ殴れてよかったと真顔で言われている。まあ、自分が悪いのだが。
「ジェゼロとジェームが不仲とは意外だな」
フィカス君が鼻で笑い言う。
「お二方ともどうぞ」
ベンジャミンの案内で夕食を頂いたのと同じ部屋に案内された。城自体がとても可愛らしい大きさだから中の作りにも制限があるのはわかるが、かなり小さい部屋だ。
「上座がどうと言うのも面倒ですからどうぞお好きな席へ」
「それが賓客への持て成しか?」
「どちらを優遇しても面倒ですので」
ベンジャミンがにこやかな表情のまま、ナサナ国の王へ言う。エラ殿と共にナサナ国に立ち寄ったのは知っていたが、思った以上に親しげだ。
「先に茶を貰って来た。どうされた? 椅子に毒は塗っていないが」
戻って来たエラ殿が女中の様にわざわざ飲み物を盆にのせてやってきた。すっとベンジャミンがそれを受け取る。
フィカス君の斜め前にエラ殿が座ってしまう。その隣にベンジャミンが待機してしまうのでエラ殿の前となるとフィカス君の真横だ。仕方なくフィカス君から一席開けて腰かけた。席が決まると、ベンジャミンは手際よく配膳する。
「本当にあんなものを作り広めるつもりか?」
「どうせ特権階級だけにはできないだろう。産業革命はもちろん、農耕の安定化にもなろう。それに、先の映像で、死の地がどんなものか分かった。浄化方法が分かれば、人の活動場所も増えるだろう」
「まあ、二か国がその方向を賛同するなら我々は流れに乗るほかないだろう。ジェームの帝王もその方針なのだろう?」
「元々人間が作った技術だからね。それに昔も数十年ほどで発展と普及が急速に進んだものだ。ああいった娯楽的要素の強い機械の前に交通網とインフラの整備が先だろう。ここからジェームの首都まで、一日とかからない日も直ぐに来るだろうね」
そうなれば、今より気兼ねなくエラ殿に会いに来られるだろう。
「……一歩間違えば、人は本当に滅びるな。人間なんざグロいしエグい生き物だぞ? 剣を持てば斬り付けたくなるし、ペンを持てば中傷したくなる。そのうち民主主義だと国王は不要になって馬鹿な愚民が口だけが上手い馬鹿を選んでさっきの話のように世界を壊す。個人としては金になるだろうし生活も豊かになるだろう。良くも悪くも歴史に名も残る。だが、毒性が強すぎるな」
フィカス君は頭が悪い王として評されているが、イエンを宰相に選出するなど、自分が遊んでいても国が回るようにしている。今のナサナをジェームは比較的好意的に評価している。そうでなければ、今頃ナサナ国はジェーム帝国領だったろう。ナサナを取れば、ジェゼロは隣国になるのだから。
「ベンジャミンは随分静かなんだね」
「エラ様の付き人としているだけですので。私の事はお気になさらず」
「なんだ、つまらん奴だな。女の尻に敷かれるより男なら自分の力で大成したいと思え」
「まさか、エラ様のお傍に仕える以上の大成があるとお考えで?」
相変わらずのベンジャミンの答えにフィカス君はかわいそうなものを見る目をしていた。ここまでくると言葉に一切の偽りがないのではと感心すらする。
「人の寿命には限りがある。小難しい問答をする前に前進あるのみだろう」
「エラ様はオーパーツを昔から集めるのが趣味でしてので、ジェゼロ王は総じて趣味に命を懸ける性質ですから」
ベンジャミンにとっては重要な事だったのだろう。エラ殿の発言に補足した。
「まともそうに見えて、流石は先代の子だな」
「……」
フィカス君の言葉に、そうなんだ、サラ殿に似てとても可愛らしくて美しくて堅実でとにかく可愛らしいところがそっくりなんだと返したいのを止めた。
少しして運ばれてきたのは一皿に盛られたの食事だった。夕食は一応数皿で出てきたが、質素だった。ハザキ殿の嫌がらせかとも思ったが、これがジェゼロの一般的なものなようだ。サラ殿がジェームの食事は味が濃すぎると不平を言っていたのを思い出す。確かに素材の味を大切にした薄味だ。
ここにきて、見るものすべて触れるものすべてにサラ殿を感じる。帝王としての務めよりも、彼女の暮らした育った場に来られたことがとてもうれしい。これでエラ殿が自分に対し不機嫌でなければいいのに。
「美的感覚には劣るが味は悪くないな。料理の面でもジェゼロは発展が遅いようだ」
「香辛料で誤魔化さずとも食材がいいからな」
昨日はマスだったが今日はラムだ。
「ジェゼロは水が豊かなだけあって、野菜もおいしいね」
「……」
エラ殿にフィカス君と似たように言うが、回答にとても間があった。
「食事よりも今後の話をしなくてはな」
「あー……オオガミ殿は、ロミア様の補佐をされるのかな」
「私もついさっき知ったことだ。弟子になったらしい」
次はちゃんと返してくれた。
「さっきのでかい男か? 何者だ」
「隠していることではないが、あれはサウラ・ジェゼロの兄に当たる。この国で男が王になることはないから、世捨て人として暮らしていたんだがな……」
フォークを思わず取り落とす。皿が強かに鳴る。
「さ……前王の兄上だって!?」
「ああ、もともとは山で狼犬と暮らしていた」
淡々と返される。流石はサラ殿の兄、自由な生き方をしている。そうと知っていれば先に挨拶をしておいたと言うのに。
「………トウマ・ジェゼロは死んだと聞いたが。一時期異例として男が王になるのではと噂があったはずだ。確かジェゼロの神童と呼ばれていた天才だろう」
「はは、まさか」
首を傾げるエラ殿の横で、ベンジャミンが言う。




