オーパーツ
左右の二人が来たからにはそれなりに手をかけられたエラ様が見られるのではないかと思っていた。
いや、そもそもエラ様は息をしているだけ十分美しい。
「ナサナからお前の入室も許可されたそうだな」
三国会談に出向く前にようやくお会いできたエラ様は、着飾ることもない質素なお姿だった。それこそがジェゼロ王らしいともいえる。
「ジェーム帝国からも快諾頂きました。発言権はありませんので議会院での立ち位置と変わらないかと」
「後ろにいてくれるだけでも心強い」
緊張されているエラ様が甘い言葉を言ってくださる。いつもと変わらないようにされていても、不安を感じ取ることができた。
会談は滅多に使われることのない晩餐室だ。ジェゼロ城の中では一番美しい部屋だった。本来ならばエラ様が儀式を終えた後にここで晩餐が行われるはずだった場所でもある。
中にはハザキがいつもの厳しい面持ちで待っていた。例のロミア様と何故かオオガミ、それにシィヴィラもいた。
「オオガミはロミア様のご希望で同席を……」
ハザキが厳しい顔を更に顰める。同世代であるはずだが、自由人のオオガミの方が余程若く見えた。髭も沿って服もまともに着ていると別人のようにまともな人間に見えて不気味だ。
「オオガミ、こんな場に出てくるとは珍しな」
人嫌いと揶揄される元王族はロミア様と楽しそうに談笑していた。ただ内容が何を言っているか理解できない。
「彼はねぇ、僕のお弟子さんとして参加だよ」
「ついに就職した!」
「……相変わらず、お前という奴は……」
ハザキが頭を抱える。歳が近いだけに、昔は仲が良かったとも聞くが二人が並ぶ姿は今まであまり見てはこなかった。サウラ様に頭を痛めるだけでなくオオガミにまでとは、彼も相応に苦労人だ。
「その方に認められるとは、やはりオオガミは凄いな」
エラ様は素直で可愛らしく優しい言葉をかけるに留められた。
「なんだ……それがジェームの者か?」
次いで入ってきたのはナサナの二人とナサナの警護の男が一人だ。
「いや、そちらは別口だ」
「……大事な場だというのに、相変わらずジェゼロの王は逃亡中か?」
「拷問のような服では物も考えられぬからな。一度コルセットを巻かれてみるといい」
相変わらずのフィカス様に対してエラ様は気に留めた様子もない。横のイエン宰相はいつもよりもそわそわしている。会談内容が隠されていることもあるだろうが、まだこの場に居ないジェーム帝国の姫を待ちわびているようだ。
警備がドアを再び開けるとリンドウ姫が身綺麗な格好で現れる。ナサナのような華美なドレスではないがロングスカートのすらりとした紫のドレスだ。それを見てイエン宰相が赤面した後、後ろからついて来た白髪の男を見て顔が土気色に変わる。フィカス様は驚きを隠しているのか想定内か、眉を顰める程度だ。
「やはりジェーム帝国の帝王殿も片田舎へ避暑に来られていたか」
あえての嫌味に対してリンドウ姫が噛みつくかと思ったが素知らぬ顔で席に着いた。ナサナと違いジェーム帝国は二人のみで護衛も付けていない。
「フィカス君が来るかは賭けだったけれど、ちゃんと来てくれてよかったよ」
帝王も円卓の席へ着くと軽い調子で返して見せる。
ロミア様を見ると面々を見渡して堪え切れない笑みを見せていた。
「始める前に、此度はジェゼロの問題に手を貸して頂いた事感謝したい。個々の国との対話を始める前に、ジェゼロ国の守り神の希望もあって集まっていただいた。勝手な申し出であるというのに席についてもらった事、重ねて感謝を」
エラ様の言葉に帝王だけが拍手した。
「前置きはもういいだろう。それで、守り神とやらは何とお告げをした?」
「お告げじゃなくて起きて来たんだよ」
ロミア様がフィカス様に対して変わらぬ口調で言う。それに対して帝王の時と違い眉根に深く皺が寄る。王という立場でない者が発するにはあまりに非礼だったのもあるだろう。
「えーっとね。じゃあ初めまして僕はロミア。最近までジェゼロの地下でジェゼロ王の家系を見守っていたよ。起きたからにはパンドラの箱を開けようかと思うんだけど、その前に準備をしないと混乱しちゃうから代表的な三ヵ国に集まって貰ったんだ」
オオガミが立ち上がり、円卓に置いていた箱を開けると中から鉄製でも木製でもない鏡のような物が貼られた板を取り出して一人一人の前に置き出す。社会不適合者がまともに働いていて妙な感じだ。元が王族だけに動きが優美でいつもの姿を知る身としてはただただ気味が悪い。
「お前はもういい、下がっていろ」
フィカス様が連れてきていた護衛に声をかけるとその者は一礼をして去っていく。ベンジャミンもオオガミからそれを渡されていたが、ナサナの警護にだけは配られていなかった。これがどれだけの場か、察したのだろう。
「ベンジャミン・ハウス。ジェームの神域に入る事を許されたことのある者ならこの場にいる事を許容しましょう。参加者として席に着きなさい」
リンドウ様が言う。ナサナ国が異議を唱える事はなかったが、ハザキは一瞬顔をしかめたが小さく頷く。エラ様の横と言う恐れ多い席に着くと、エラ様と目が合った。対等な立ち位置などは求めていないが、より近い位置は願ってもない幸運だった。
「ではオオガミ君、よろしく」
ロミア様が言うとオオガミが本のようなものを取り出して開いた。本とは違い横に寝かせて開くと何か触っている。
「ん!?」
ハザキが珍しく驚きの声を漏らした。手にしていた薄い板が光を放ち、何かの記号が現れる。
「これはタブレットと言う小型のコンピュータ、オーパーツの一種です。今はこちらの別の機械に連動させているので個々での操作は不要です。モニターには有機LEDを使用しており、大変細かい映像を投影できます。それでですね、今からお見せするのは三百年前の同じこの地球の映像になります」
オオガミが説明を始める。彼には小さいころから色々と教わって来た。犬笛に狼犬の扱い方。遭難した時の対処法に悪餓鬼を対峙する方法。だが、こんなにも意味の理解できない単語ばかりで話すのは見たことがない。いや、彼の倉庫にはそもそもオーパーツが置かれていたのを思い出す。エラ様のオーパーツ好きはオオガミが原因でもあった。
画面に馬のない馬車だけが現れる。まるでこの薄い板の中に閉じ込められているようだが、水面や鏡に景色が映るように、板の中で記録が動く絵として映されていると解釈する。
ナサナの城よりも高い建物が映し出される。歩く人々の格好は同じ人間の着る物であるので多少理解はできるが、農作業に従事するには向かないものだ。それに耳に何か当てたり小さい板をいじっている。おまけに巨大な鉄でできた鳥の中に、人が入り、空を飛んでいった。
「これは何ですか? これは何かの手品で?」
イエン宰相ゆっくりとした口調で問う。手品であればと願っているようでもあった。
「えーっとね。写真撮ってあげて」
ロミア様が言うと、オオガミがタブレットと言った板をこちらにかざすと一瞬発光した。その後板を触ったと思うと、鏡にはオオガミの位置から見た自分たちがあまりにも鮮明に時間を止めて焼き付けられていた。凄い事を一瞬で理解する。帝王が持たれていたサウラ様の精巧な絵もこういった物を使ったのだろう。そして、時を止めたエラ様がそこにある。他の者も映っているが、エラ様の部分だけ手元に置ければ、どれだけ素晴らしいか。
「こういう感じで映像が保存できるんだけど、さっき見せたのは一秒に何枚も撮って繋げた物だよ。で、本題だけど、君達の祖先は便利なオーパーツを開発してみんなが普通に使う世の中だったんだ。三百年に隕石群の落下が遭ってね、この技術を上手く使ってこの地球が壊滅する程の被害にはならなかったんだけど、その混乱に乗じて、悪い奴が隕石よりも性質の悪い爆弾を、いくつもの大都市に落として、世界を死に追いやってしまったんだ」
酷く悲しそうに、ロミア様は言う。
オオガミがまたオーパーツを触りタブレットの表面に先ほどのような動く映像と言うそれが映る。
空から降る厄災の象徴である火の玉がいくつも落ちてくる。遠くに落下し大きな閃光の後、ガラス窓が砕けて板の中の絵が勝手に反転する。
別の場所が映される。夕暮れの街灯りだろうか、それにしては随分と明るく大きな町だった。そこにさっきとは違う大きな閃光が起きる。大きな入道雲が立ち上がり、霧がかかるような砂が飛ぶような雑な物になる。それが解消され切り替わると、朝だろう。同じ場所の様だが、灰色で、遠目でも廃墟になったことが分かる。神話で神の怒りと悪魔の禍と言ったものがあったのを思い出す。
「いくつかの不幸が重なった内の一つとして、太陽からオーパーツに有害な物質が見えない雨の様に降り出してね。運悪く発射した場所は夜で、機械は直ぐに死ななかったんだ。だけど対抗する場は機械が上手く作動せず、それどころか誤爆も起きた。最終的に、機械は、オーパーツと呼ばれるような使えないガラクタになって、その頃にはあまりにも多くの被害が出ていたんだ。しかも、生き残った人間は復興を機械に頼る事が出来なくなった。それに加えて有害な光線は、生き物にも悪影響があるから、寿命が短くなっちゃったんだよね。それがある間は僕らも壊れてしまうから出てこられなかった。それが収まっていつの日か助ける事ができる日が来るまで、僕らは地下で眠っていたのさ。こんなつまらない話をしたのはね。僕の好きな人間がまたたくさん死ぬのを見たくないからだよ。ここで決断する人は知っておかないといけない。もし、国が蓋をしても、過去の遺物を利用できる人が現れるだろうから。次は、ちゃんと管理して発展させて欲しいんだ」
どこまでが事実かは知れない。だが、目の前には今の人類にない知恵が明らかにあった。
エラ様は、ジェーム帝国での終盤、神殿に出向きオーパーツの使用方法を学んでいた。機密として送り迎えはしてもベンジャミンはその場にいなかった。エラ様とジェーム帝国の二人はそれ程驚いてはいない。ハザキとイエン宰相は少し混乱していた。フィカス様は変わらぬ尊大さで椅子に深く腰掛け腕を組んでおられる。
ベンジャミン自身は、エラ様がどう思い何を決断するか、それが重要だった。神と呼ばれたものが授ける知恵は、ジェゼロだけでは溢れる物だ。溢れこぼれた物を拾われ悪用されることを思えば、初めから分ける事で混乱を防ぐ手立ては確かに有益だ。
「最初に、私から話しておこうか。我々ジェーム帝国はこの旧文明がもたらす新技術を利用し広めようと思う。ただし、大前提に、数か月はロミア殿にはジェーム帝国へ来ていただくことになっている。それは、私ではなくジェーム帝国の神官と、この方自身がされた約束を果たして頂くためだ。私の私欲ではなくね。最後に、これは大事な事だけれど、軍事利用は避けられないが、避けなければならないと思っている」
帝王は全て知っていたように言う。
「大層な理想を薄く語るのはいい。だがここに我がナサナ国が呼ばれた理由がそもそも見えん。無条件降伏の呼びかけでもあるまい。ナサナが参加すること、この場へ誘う事への二国の旨味がどこにあるのかがそもそも見えん話だ。軍事利用はこちらがせずとも反乱分子がする。それにしないと言いながら裏で進めて侵略好きの帝国が世界を掌握しようと考えていないと言う保証もない」
フィカス様は変わらぬ尊大さで言って見せる。国土も財力でも、ジェーム帝国はケタ違いだと判りながら、それができるのは才能だ。
「ナサナ国もとい、ナイジアナ国も僕らみたいな神様がいるよ。だから呼ばれたんだよ」
「ナサナ国の信仰のもとはジェゼロと同じだ」
「うん、だから、ナイジアナ国が自分たちにもって作って眠らせておいたけど、そこら辺の情報伝達をちゃんとしなかった所為で逸れ神になっちゃって色々と大変な目に遭っていたそちらの守護神シィヴィラたんがこちらに」
ロミア様の言葉にフィカス様は目じりを一度抑える。シィヴィラは黙りただそこに座っていた。
「ならばロミアと言ったな、そちらを貰ってシィヴィラをジェゼロへ代わりに渡そう」
「そのようなことができるとお思いか?」
ハザキが淡々と低い声で返す。
「できんだろうな。今更我が国に新たな神などいらぬ。だが、技術革新が起きる中、取り残されて田舎の小国になるのはごめんだ。何よりも誇り高きナサナ国が野蛮な他国に侵略されるなど尚の事我慢ができない。神や信仰よりも、今後必要になるのは技術と知恵だ」
傲慢で我が儘な王だが、フィカス様は底抜けのバカではない。ただ、強欲でないとは言えない。
「我々には、ジェゼロの力を借りずとも、新時代の幕開けに付いていけますが、ナサナ国に何があると?」
リンドウ姫が冷静に問う。
「まあまあリンドウ、神官様もナサナ国は今回の会談には重要だとお考えだからね。互いの利権、国民たちの利益を守ることは重要だ。それが国の王である最大の務めだよ。ただ、この場での話し合いは、そんな安っぽい話ではないよ。全人類の生活を変える話だ」
帝王がエラ様を見た。板を見ていたエラ様が顔を上げると周りを見回す。ジェゼロの王の発言に注目がなされる中、エラ様は口を開いた。
「まずは法律だ。三カ国いや、全世界で共通するくらいでなければならない」
眉を顰めるフィカス王だが、イエン宰相ははっとした顔をしている。
「……世界を滅ぼすほどの兵器も問題ではありますが、もっと現実味のある犯罪への利用が想定されます。発展だけでなく、使用への規制、犯罪行為への処罰は一定の統一は必要でしょう」
イエン宰相がナサナの宰相らしくまともな意見を言った。
「お前は、今は黙っていろ。ナサナ国の領内に何がある? 二か国で話を決めて押し付けられる話だろう」
「ナサナ国にある資源が必要なんだよ。もちろん、戦争で先にすべてを侵略してジェーム帝国にしてしまってはどうかと言ったのだけれど、神官様も先のナイジアナ国には親しい者もいたらしい。だから、侵略という非文明的な形をとらずに話をつけたいそうだ。私としては、ぱぱっとジェゼロ国と二国で話した方が簡単なんだけどね」
ナサナ国王とジェーム帝国帝王の話を聞きエラ様は眉を顰め二人を見た。怒りではなく呆れているように見える。
「二人とも、馬鹿らしい話をする前に、いかに安全を確保しつつ、オーパーツを使えるようにするかを考えてはどうだ? こんな楽しい話を前にして、牽制を仕合って、時間を無駄にするとは……馬鹿なのか?」
オオガミが口を押えて声を殺して噴き出している、ハザキは諦めたように口を開いた。
「危険性に対する対応。犯罪抑止についてまずは話し合い、各国で厳守できるように規約と条約の決議を希望します。幸いにもそれに適した者がこの場には各国一人ずついるようですから、各国の王には新技術の可能性を別席で話し合って頂いた方がいいかと」
「……そうですね、そのような雑務に我が王を煩わせることはないでしょう」
「ええ、私も反対はありません」
目の前に、権力を握る事もできながら薄幸な者たちがいる。この三人ならば建設的な会談になるだろう。急遽エユ様からハザキになったが、法律や細かい話は正直言ってハザキ元議会院長の方が長けている。
「では、国王陛下の方々は一度休憩を致しましょう。もうじき昼食になりましょうから別席にご案内いたします。こちらのお部屋には、何か抓める物を用意させますので」
ベンジャミンは初めて口を開き提案した。




