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国王陛下、只今逃亡中につき、騎士は弱みに付け込んだ。  作者: 笹色 ゑ
       ~ジェゼロ国に戻りて~

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ナサナの芸術品

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 やってきた。ジェゼロの美しさに感動したと言いたいが、暗くてわからない。街は明るいようだが町はずれのジェーム帝国が野営する横で止められては夜の街が美しいとも言えない。

「やってきましたね」

「遠かったですね」

 双子が馬車の荷台で口々に言う。それを聞きながら使用人と同じ馬車に詰め込まれた宰相であるイエンは、胃にムカつきを覚えていた。馬車に酔っただけかもしれないが。

 バカ王に一任するには大きな事態で、かといって王と宰相がいない城を誰かにとられかねないと言う心配があり、流行り病で部屋に籠っているという名目で着いて来た。こんな苦労をしている自分が妙に情けない。

 がたごとと馬車が動き出す。

「ほら、やっぱりここに乗っていればお城に付きますよ」

「ね? 私たちは頭もいいでしょう」

 無礼な呼び出しに対して、我が国王は意気揚々と貢物を馬車に詰め込んでいた。貢物と言うのは語弊があるか。ナサナ国の美しき物を押し売りしようと言うのだ。ナサナは衣服や美術品の聖地と呼ばれている。本当の聖地はイモくさい奴らばかりだと笑う馬鹿な王を思い出しまた酔って来た。これを機に馬鹿なりに商売を考えているのだろう。

 窓から覗くと町並みに変わっていく。しばらく石畳の道を揺られた後、急勾配の坂を馬が重い荷馬車をせっせと押し上げて登る。ようやく平坦な場所に着くと、話し声が聞こえた。見るとあのベンジャミン・なんとかが王を迎えに出ていた。



 小さすぎて笑ってしまいそうな城に着くとベンジャミンが出迎えた。本当にエラ・ジェゼロは国の王に戻ったらしい。ただ目に付くのは松明ではない不可思議な明かりだ。

「それでは中へ」

「ああ、その前に」

 自分が乗ったのとは別の馬車に向かい戸を開けた。気付かれていないと思っていたイエン宰相殿がアホ面をしている。王を馬鹿と言うが、この宰相も相応の阿呆だ。

「これの部屋も頼むぞ」

「これはこれはイエン様。それに……左右の二人も」

「む? 左右だと」

 ベンジャミンが言って初めて、荷物の奥に顔があるのに気づいた。二人は一度顔を見合わせて荷馬車から降り立つと行儀良く一礼をしてこちらに向くと頭を下げたまま二人揃って口を開いた。

「フィカス陛下への忠誠は永遠に変わりません。ですが、我々はジェゼロ国への亡命を希望します。自分たちの力を試したいのです」

 イエンが驚いた顔をしているが、フィカスはあまり衝撃ではなかった。むしろこの行動力は良い事だ。ナサナの芸術は何も絵画や彫刻だけではない。人もその一つだ。

「亡命は許可せん」

 きっぱりと言う。

「お前たち二人もジェゼロ王への祝いの品だ。自由が欲しければジェゼロの王に言え」

 二人が顔を見合わせた後、もう一度深々と頭を下げた。

「私たちは、フィカス・ベンジャミナ様を敬愛しております」

 揃った口調に対して尊大に頷いておく。別に奴隷ではなく給与も与えていた。だが実質的に職業選択の自由はこの二人にはなかったことだ。それが死刑の危険を冒してまで自分たちの技量を試したいと言うならば、止めるなど無粋だ。ベンジャミナの美徳を損なう。

「でだ、荷台に乗っていたとはいえ、貴様も亡命目的ではなかろうなイエン。俺が来いと言った時はいけませんと言っていただろうが」

「国に残っていると言う偽装です。国王陛下だけで他国と交渉されては困るのは私ですから」

 全く失礼な男だ。双子よりもよっぽど美徳のないやつだ。

「フィカス様、イエン様、お話は中で、どうぞご案内します。左右のお二人は玄関ホールで少しお待ちを」

 ベンジャミンが見かねて言う。

 一国の城の門にしては小さい、馬車が通れるかも怪しい。さらに坂を上ると一個小隊が集まったらせいぜいの広場、それに遠目でも小さい童話の中の城のようだったが近くで見ても冗談の様に小さい。中も外観同様に狭い。

「今宵は部屋でお休みを。ジェゼロ城の客室は基本的にこの程度ですので」

 案内された部屋はナサナ国で言う倉庫だ。

「イエン宰相のお部屋は続き部屋をご用意しておりますので、ジェゼロの衛兵はいますが、もちろん自国の軍の方には付いていただいて結構です」

「エラ・ジェゼロは? 会いに来る礼儀くらいあるだろう」

「正式にジェゼロ国王に戻られましたが、後始末に追われておりまして、明日の朝には。お二人も長旅でお疲れでしょう」

 相変わらずのすました男は言う。

「本当に、ここにあれはいるんだろうな?」

「私がここに居ると言うことはそう言う事です。及びたてしたジェーム帝国の方でしたら先にお会いできますが、お呼びしましょうか?」

「帝王のサインがあったあれか、まさか本人が来ているなんて言うまいな?」

「おや、リンドウ姫が送ったものではありませんでしたか」

「リンドウ姫がここにっ!」

 悲鳴に近い声を上げたのはイエンだった。

「はい。ジェゼロまで同行してくださいました」

「随分大物が出て来たな。そこまでジェーム帝国が小国の御家争いに手を貸すとは、余程の土地でも売り渡したか?」

「全くの無償ではありませんが、明日の話し合いもその一つでしょう」

「会談の議題を詳しく話せないと言うのは、些か不穏であり不敬だとは思わないのか?」

「直前になってナサナ国から使者が来ると伺いましたもので、検問でのやり取りで察しておられるとは思いますが。まさか、フィカス様が直々に来られるとは夢にも」

 書簡の内容からして来ざるを得なかったと言うのもある。わざわざ宰相は置いて来たと言うのに、こそこそと着いて来た。まあ、知っていて降ろさなかったが。

「まあいい、荷馬車のそれはジェゼロ王の王位継承祝いだ。ナサナは縁ある者の祝い事にはそれなりの礼儀を見せるからな。内容は左右が把握しているだろう。それに、あの二人をどうするかはそっちで決めろ」

「かしこまりました」

 ある意味でベンジャミナの名に相応しい男が一礼をして出て行く。

「イエン、俺はお前に、来いと一言でも言ったか?」

「来るなとは一言も仰りませんでしたので。それよりも、リンドウ姫と言えばジェーム帝国の国防の要、いいえ、帝王に唯一進言が許された女性政治家です。いいえ、女性でなくとも素晴らしい功績を持たれた方ですよ! そんな人物がわざわざジェーム帝国を出てここまでやってきていると言うこと、それにナサナ国のあなたにわざわざジェゼロまで来いと言うからには、歴史に残るような事ですよ」

 興奮したアホにため息が出た。そうでなくしてわざわざ呼ばれたからとナサナの王が他国に出向くか。いや、わざわざ来たのは、別の理由ではあるが。




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