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国王陛下、只今逃亡中につき、騎士は弱みに付け込んだ。  作者: 笹色 恵
       ~ジェゼロ国に戻りて~
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過ちのはじまり


   10



「こんな生活辞めて、王になりたいと思わないか? 産まれで全てが決まるような世界を終わりにしたいと思わないか」

 そう、シィヴィラが甘言を吹き込んだ。

 孤児院での奉仕活動をする間、何度も泊まりに行って様子を見ていた。夜中に抜け出してほとりから小島をじっと見ているのを見付けて連れ戻そうとした時、彼はそう言った。

「好きなんだろう。あいつの事」

 そう言われ、暗がりでよかったと思う。顔が熱くなるのを感じた。

「あなたには関係のない事よ。国に帰れば巫女として大事にされているなら、早く戻った方がいいんじゃないかしら」

「あそこに連れ戻されるなら、その前にジェゼロ王は殺す」

「……」

「なあ、今ならまだお前が国王になれる。方法なら教えてやる」

「私が馬鹿らしいと言ったら、あなた、エラに何かするの?」

「……そう言う相手なら、今ここでお前が先に死ぬだろうな」

 街頭に近いシィヴィラの顔は表情が分かる程度には照らされていた。だから、その笑みが冗談ではないと感じた。

「王になっても、一年限りで終わりでしょうけど」

「そこは、まあ運だ。エラ・ジェゼロに子供が産まれれば、王の血として認められる」

「エラを投獄して、私の子供とすればいいのね。それなら……そうね。可能だわ」

 きっと、目の前の男は自分の事を見くびっている。女だからと易々殺せるとでも思っているのだろう。それなりの訓練をしている。だが、自分は彼を殺すことはできない。巫女と呼ばれる者は相当に重要人物らしい。それがジェゼロで殺されたとあってはジェーム帝国が黙っていないだろう。

 そんな、舌を引き千切りたくなる言葉を放つ相手は、どうしてよりにもよって、自分を選んだのか。

「一生、お前のものにできる。エラ・ジェゼロが生きている限り……なあ、お前が王になって、俺の手伝いをしてくれ。俺はどうしてもあの島の中に入りたいんだ」

 蛇の様に囁く。知られているのかとぞっとする。気付かれてはならない想いを。

 蛇の毒はそれだけではなかった。

「なあ……ミサ・ハウス、知ってるか? ハウスの中の被害者はお前だけじゃなくなりそうだ。なのに、国王は何をしている? 正しい者が、正しく力を使い、正義を執行しなければ国は腐るぞ? お前がハウスを出たから、神父は代わりを選んでる」

 唾を飲み込み、シィヴィラを見た。

「今の王が、神の子が、穢れ切った神に使える者を正しく裁けると思うか? 被害者を悪としないと言えるか? 女が誘ったと誰もが噂するんだ。お前だけじゃない、ハウスの出は皆売女と呼ばれるぞ」

 シィヴィラが子供たちに話していたのは聞いた事もない神話だった。それに出てくる知恵の実を食べるように唆した蛇は、きっと白い色をしている。

「……嫌な男。でも……そうね、私がジェゼロ王になったら、あなたを妻としてあげるわ。あなたの好きなように島にも行かせてあげる。だけど忘れないで、偽りでも、私が王になったら、例え巫女様の命令でも聞きはしない。あなたと私は、運命を共にしても、別の目的のために生きるの。だから、馴れ合いなんて求めないで。それに、エラも私が貰う」

 その答えに、あいつは厭らしい笑みを浮かべた。

 あの人に知られる事が恐ろしい。最初は保身だと思っていた。守るためだとも言い訳をしていた。なのに、友達と思う相手に裏切られて、苦しみと怒りを滲ませたあの顔を見た時、悟ったのだ。あの子を独り占めにして籠の中で飼って、ずっと愛でていたかった自分がいたと。


 牢の中で眠ってしまっていた。

 牢に入れられた自分を何度も夢には見ていたが、その牢の中で、あの日の事を夢に見るとは。

 他に方法はいくつもあった。逃げ道も戦う方法も。それなのに話に乗ったのだ、あの甘言に。

 実際に手に入ると分かった途端に、自分のしたことが恐ろしくなって、エラが逃げるのに目を瞑った。自分が何をするかわからずに怖くなった。きっとあの子を壊してしまう。それだけは避けなくてはならなかった。自分の行動が滅茶苦茶になっていたのは自覚している。理路整然と生きられるなら人に法なんて必要ない。ただ、あの子が欲しくで、その勝手の所為でエラを傷つける自分の醜さが怖かった。

 エラが無事である姿を見た時、嬉しい反面、自分が置かれた状況への恐怖と、ベンジャミン・ハウスに対する嫉妬でぐちゃぐちゃだった。こうしてあるべき場所に入れられたことで自分は安堵している。少なくとも、自分がエラを傷付ける事はもうない。自分が死ぬことは恐ろしい。それよりも、エラを一生牢屋に閉じ込めてしまう自分の方が悍ましい。

 ベンジャミンに、あの卑しい男に渡すくらいなら、そうしてしまいかねない。ずっと羨ましかった。女であってよかったことなど一度もない。自分が男に生まれていたならば、父親や神父やシィヴィラに付け込まれずに済んだ。エラをあんな男に渡さずに済んだ。

 今回、自分がしたことはベンジャミンに塩を送っただけではないか。孤独なエラに付け込んで何をしたかなど考えたくはない。だが、あの男以上に立場も生活も命まで全てを投げ出してエラの側にいられる者がいなかった。そう思うとエラはつくづく不幸だ。

 死刑台に並べたあいつたちと同じように、自分もそこに吊り下げられる。とても似合いな場所だ。その姿をエラの目に焼き付けたら、自分はずっとあの子の一部になるだろう。それはある種の幸せではないか。




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