神の名前
帝王様より賜った仕事は無事に終了した。
エラ・ジェゼロが正式な王位を継承して、後はジェーム帝国とジェゼロとの今後の在り方を話し合い、シィヴィラを連れて帰れば仕事は全て終了する。
シィヴィラをここで殺させないために来たという面もある。神官様は今でも第一巫女を大事にしている。国民もシィヴィラを神の御使いとして信仰している。理由はわかる。自分が歳を取っているというのに、あれは変わらない。帝王も歳に見合わない若さだがそれでも歳はとっているし変化もあった。あれはどこか可笑しい。
リンドウは、口にこそしないがシィヴィラは本当に神の使いか神に近い存在ではないかと考えていた。どこか狂った巫女が今回の全ての元凶だろう。エラ・ジェゼロがジェーム帝国に支援を申し出てくれたのはこちらとしても運がよかった。ジェーム帝国においてもジェゼロは特別な位置にある。神聖な国を侵略したと言われてもおかしくはない状況だったのだ。本人たちはそれほど感じていないようだが、ジェゼロを侵略すればそれだけでその国が滅びると言われている。それは天罰ではなく他の国全てに侵略理由を与えるからだ。ジェゼロを神域とする国は少なくないのだ。まるでこの国を守るように自分が知る宗教は形成されている。土着し多少の差はあれど、ジェゼロの神子は唯一その地の神と会うことが叶う存在とされている。
調査部隊が待機する場へ一度戻る。正式な客としてもてなしをと話が来たが彼らはそれらを受け入れないので感謝だけ示しておいた。町の人間が驚くからと無暗な散策は避けるようにとも要請されている。
さっき来た時よりも部隊の配置が変わり、人が少ない。
「どうしたの?」
「指示がありました。夜には別の客が来るそうです」
「客?」
「一部部隊は迎えに」
「……迎え? 誰が来るの」
「わかりません」
白装束の中の者が言う。それに苛立つ。彼らは帝王直属だ。リンドウの命令がなくても動くし、不必要と判断すれば命令にも応じない。
「……まさか帝王様がここへ?」
可能性は低いが、あの人はたまにあり得ないことをする。それに、帝王のエラ・ジェゼロへの執着は異常だった。
「帝王様の迎えではありません」
わからないと言いながら、そうはっきりと返す。
憧れのジェゼロの小島へ上陸する。船に同乗させてくれた青年はホルー・ハザキと名乗った。屈強な体ををしているがハザキには似ていないので聞けば婿養子らしい。エラ殿の愛馬の世話もしていた馬番だという。
「一度シスターたちを避難させてから戻ってきますけどあまり勝手なことはしないでくださいよ」
「ジェゼロ国の神聖なる場だ。無礼なことはしないよ」
年老いたシスターと若いシスターが船着き場に待っていた。水量の急激な増加で増水した場合の対処だろう。
「次に迎えに来るときは、もう少し大きなサイズの船で来てくれるかな。頼むよ」
「大きな船?」
「ああ」
にこりと笑うが白装束の中ではわからないだろう。
階段を登ると開けた場に教会と時計塔があった。とても美しい場所だ。
ここでサラが育ち、エラを育てた。
ずっと、ここへ来てみたかった。本当ならば20年前にサラと来るべきだった場所だ。それを拒ませてしまったのは自分に責任がある。せめて彼女が生きている時に来ていたならば、一目で彼女が姿を消した理由を理解出てきただろう。
感慨深く過ごしていると本物の調査隊が一歩前に出た。教会から人影が現れる。それは見たことのない人物だ。
「……」
向こうも直ぐにこちらに気付くとそっとドアの陰に隠れ半分顔を出してこちらを見ている。
「ジェーム帝国の神官ベリルからの伝言はお聞きになりましたか?」
声をかけると顔を出す。少年と言うべきか。エラ殿のように幼く見えるが青年か。薄茶のふありとした肩よりも短いおかっぱの様な髪に緑の目をしている。シィヴィラのような華美な見た目ではなく、人懐こそうな小動物のような雰囲気がある。その小動物が餌につられて出てくる。
「君は誰だい」
「フヅキと呼んでいただければ」
「僕はねぇ、ロミアだよ」
ふふっと笑い名を名乗る。それは神官様より伝え聞いたジェゼロの神の名前だった。