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国王陛下、只今逃亡中につき、騎士は弱みに付け込んだ。  作者: 笹色 恵
       ~ジェゼロ国に戻りて~
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正午の鐘が鳴る


 正午になる前に、言葉通りに首に縄をかけられて牢から出された。クラスが同じだったことのある男に議会院室まで引き連れて行かれたが、仕返しが怖いのか終始びくつかれていた。小さい頃に少しばかりやり返したことがあっただろうかと思い返すが、エラ様が昔から可愛かった以外特に記憶に留めておくべきことがあった気がしない。

「そ、その、中に、入っていただけますか?」

 囚人に対して議会院室を示して命じる言葉はとても弱気だった。今から殺されるかもしれない相手なのだから、恐れる必要もないだろうに。

 ノックもなく入ると顔ぶれが随分違う議会院と、エラ様の席に座る間の抜けた女がいる。

 リンドウ姫も同席していた。もちろん、リンドウ姫の護衛に白装束もついている。彼らは帝王直下だけに恐ろしく強い。道中手合わせを願ったが、軽々とやられた。リンドウ姫に何かあれば、ここは一瞬で血の海になるだろう。

「残念ね。あなたは見捨てられたのよ」

「エラ様は少しばかり時間に奔放な面がありましたから、少々遅れられているのでしょう。幸いにも、指からと伺っていたので数はあります。初めはどの指を所望で? ミサ国王陛下殿」

 言葉とは裏腹に鼻で笑い言う。残念だが、自分に何かあっても、帝国の者は助けない。わかっていて身代わりになった。

「薬指を断ち切り鋏で落としなさい」

 あのまま、ミサがシィヴィラに殺されていたらこちらの始末が楽だったと言うのに。

 腕の一本でエラ様の役に立つならば惜しくはないが、後ろにいるには相応しくはなくなるだろう。執務を手伝い有事には剣を持たねばならない。さて、どうしたものか。

 正午の鐘か鳴る。戻らないエラ様は無事だろうか。戻ることも証明することもできないだけならばいい。何かあったのならば、御側で助ける事が出来なかった自分の手足を、罰として捥いでくれるというならいっそ感謝するべきだ。

「このような馬鹿げた話があるものか」

 リンドウ姫が荒っぽく言う。

「これは、ジェゼロの事、立ち合いは認めましたが、口出しはご遠慮いただけますか」

 エユ様が助ける気などない発言をする。エラ様の付き人を選ばれた時、一番反対していたのがこの人だとは知っていた。子供が子供にそんな命令をさせる事を教育に良くないとしたのだと思っていたが、将来を不安視していたのかもしれない。もしそうなら、正解だ。

「まあ、指輪を嵌める予定のない指ですから」

 太い枝切りに使うような裁ち鋏に、止血用の紐まで用意されている。左の薬指に血が止まるほどきつく結び、誰かの手を借りる事もなく裁ち鋏を指の間に差し込む。剣は、確実に持ちにくくなるだろう。

 躊躇う方が痛いだろうと息を止め一気に、

「遅れた!」

 真後ろのドアが勢いよく開いて、びくっと力が入り中途半端に指を挟み、歯が喰い込む。

「………ベンジャミンっ、もう、指を落とされたのか!?」

 エラ様が汗だくで息も荒いまま出血する指を見て青ざめられていた。

「いえ、まだ……少し切っただけで」

 骨は切れていないが骨まで達しただろう酷い痛みがある。元々止血していたので血はさほど出ていない。そんな事は、今はいい。証明なく戻ったのではと、不安が渦巻く。自分が死ぬのはいい、エラ様に何かあるくらいなら余程いい。

「それで、どう証明するのかしら。できないなら、指をちゃんと落としなさいよベンジャミン」

 底意地悪くミサが言う。

「……ジェゼロの神殿には入れた」

「それを、誰が証明するの?」

「………」

 何か言いかけてエラ様が口を閉じる。ゆっくりとミサの横へ歩いて行く。

「神は少々寝起きが悪いらしい。それまでの時間を先延ばしして貰うのに、ベンジャミンの指よりは、私の指の方が幾分価値はあるだろう」

 エラ様が王の席まで行くと、ミサの目の前のテーブルに左手を叩きつける。右手を腰へやると、短剣を抜き、真っすぐにご自身の手へと振り下ろした。

 自分はもちろん、他の者も誰もエラ様を止める位置に居なかった。突飛でご自身を軽んじる悪癖がまだ直っていないと、何度も見て来たと言うのに、自分はなぜこんな距離にいる?

「……」

 錆びた刃が机に刺さる。磨かれていないどこかで拾ったような物だった。それでも板材に突き刺さるほど、躊躇いなければ切れ味など大した問題ではない。

「っ」

 ミサが、考える間もなくエラ様の左手を引き、エラ様自らで振り下ろされた刃から救っていた。それに、ミサ自身が一番驚いた顔をしている。

「こっ……こんなつまらない方法で……」

 言い訳がましく手を離して口を動かすが、真っすぐなエラ様の視線を受けて言葉を止めた。

「ミサ……もう、こんな嘘を続けなくていい。私は……」

 エラ様も言葉を止められる。それは外で爆発でも起きた様な音が鳴ったからだ。

 窓から、水柱が見える。それは一瞬ではなく音を立てて噴水のように噴き上がっていた。




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