あなたと私の感情は同じなんかではない。
目が覚めると医務室だった。シィヴィラに殺されたと思ったのに、まだ生きていた。
「あの子は逃げたのかしら」
エユが目を覚ましたのに気づいて声をかけてくる。首の付け根に嫌な違和感を感じるが首の骨は折れていない。
「……まだ昼にはなっていない?」
「ええ。どうせならずっと眠ったままならよかったのに」
さらりと毒を吐かれる。自分が毒殺されなかったのはエラがこの国に居なかったからだ。偽物でも王はいる。もしあのまま大人しくエラが捕まっていたら、調理場で毒入りのスープを作られていただろう。城での労働者は半数以上が辞めて行った。
ミサ・ハウスがジェゼロ王でないことなど、儀式の結果がどうあろうと有り得ないと皆わかっていただろうに。なのに、ああも簡単に行くとは。あまりにも馬鹿々々しくて笑ってしまった。
「逃げるなら手を貸すわ」
「それは、エラが失敗した時の為に私をここから離しておきたいからね」
サウラ様を唯一制御出来た女は、皆と同じでエラ・ジェゼロを可愛がっていた。エユが何かと自分の世話をしたのは妙な事をしないよう見張るためと他にその役割をしたがるものがいなかったからだ。
「……エラ様が戻られた時、辛い思いをさせたくはないわ」
自分は死刑が相当だ。無期刑よりは優しい判決だ。自分が一番恐れているのは、自分が死ぬことではない。もし、エラが失敗したら、自分はどうしなくてはならない?
「女でも父親になれたら、きっとあなたがエラの親になれたのに」
首を絞められて頭が可笑しくなったのか、そんな言葉が出て来た。サウラ様は誰が父親か酒の席でも絶対に漏らすことがなかった。わかっている。自分の父親がエラと同じであることはない。だけど、頭のどこかで、絶対ではないと思ってしまう。
「私はサウラ様の事を愛していたけれど、あの子が妹だから、可愛くて憎たらしくて仕方なかったわ。……厳格なサウラ様の御母上も唯一不義の罪を犯していた。既婚者で子供のいる男を閨に入れた」
唐突なその言葉に唖然としていた。そんな噂は聞いた事もなかった。
「ふふっ、驚いた? 冗談よ。私の妄想」
以前は良く見せていた可愛らしい笑いを漏らし悪戯っ子の様に返される。なのに、事実ではないかと勘ぐってしまう。
「あなたを見てると、若い頃を思い出す。もし国王の定めがなければ、女でなければ、法律が違ったら。……サウラ様が子を身籠った時、あの何も悩まないタイプの人が眠れないほど悩んで、それでも産んで、父親の面影が出るほどにどう接するかに困って泣きついて、なのに、遠くから見ては親馬鹿丸出しで可愛い可愛いって……」
涙を堪えて、もう一度笑う。
「神様が男と女を作ったのは残酷よね。だから、私は神なんて信じていないの。だから、神に選ばれなかったあなたを助けてあげるわ」
全てわかったように、エユが逃げ道を甘やかに提示する。
「……」
違う。同じ何かではない。了承しかけた口をぎゅっと閉じる。
「………私は、ジェゼロの選ばれた王よ………だから、あの子みたいに、この国から逃げないわ」
震える声で言うと、怒られるのではないかと思った。だが、エユは哀しそうに同情していた。
「あなたの愛し方は、とても寂しいわ」
憧れを持っていた彼女よりも、自分は余程醜い感情を抱えて生きてきた。同じなどではない。
戻ってきたエユが監守用の椅子を引き寄せて座ると膝に肘をついて項垂れた。
「やっぱりエラ様の代わりに処刑される他ないわ」
「諦めが早いでしょう」
ベンジャミンが言う。まあ、これが死刑になってもハザキとしては構わないが、それではエラ様が大変悲しまれるだろう。
「だって……あの子、国を乗っ取るくらい頑固者よ。今更私が説得しても無駄な足掻きよ」
「手足の一本や二本程度で命まで取りはしないだろう」
「……わかっていましたが、ジェゼロには私の敵が多すぎますね」
「当たり前だ」
苦々しいとはまさにこのことだ。
「不測の事態になった場合、命まで取られぬよう喰い止めましょう。それはエラ様のため、自分の手足は自分で守りなさい。ここまでの事、評価はしていますから」
新しく議会院長になったエユが言う。何人か変わってきたが、今回の事態で責任問題を避けて早々に下りた者の代わりだ。今回の議長はそうすぐには下りないだろう。
「万事うまく行った暁には、エラ様から聞き取りをしてから、場合によっては不敬罪で永久投獄にしてやりますからねっ」
「……ひとつ、エユ様に言わせて頂きたい。他の者やことに対してならばともかく、私がエラ様に対して不敬を持って接したのは物心がつく前だけにございます」
ミサに異論を言うならば、いまこれと同じ牢に入れられたことが気に食わない。真顔で言い切る悪餓鬼は今も昔も本質は変わっていない。
「これだから、ジェゼロ王は悪い男に騙される家計とも噂されるんですよ。その所為で今の制度になったなんて揶揄されるんです。あなたみたいなのがいるから」
エユの嫌味に流石のベンジャミンも口を閉じた。口で女に勝ってもいい事はないと理解しているのは賢いところだ。
「あれ、エユも牢屋に入れられるのか?」
そんな微妙な空気の中で、連れていかれたオオガミが暢気に戻ってくる。
「シィヴィラは?」
エユが立ち上がり問う。オオガミが連れ出され、しばらくして王の寝所に続く執務室でミサが気を失った状態で発見された。オオガミを使って秘密通路に入ったのだろうとは推察されていたが、それ以上はわかっていない。戻って来たと言うことは失敗に終わったのか。王の子であったことに間違いのない者だ。王になる権利はなくとも、緊急時にある程度の権利がその知には与えられている。
「エラと神域の中に入っちまった」
「エラ様をそのままにしたのか!?」
すぐさま反応したのはベンジャミンでエユとシューセイ共々反応が遅れた。
「俺はあそこには入れないからな。しばらく待っても出てこなかったからいても仕方ないだろう」
「だから、あんたはポンコツなんだよ!」
口調を忘れ昔の様にベンジャミンが罵り声を上げた。
サウラは妻を取らなかったので、エユ・バジーは妻代わりの様な事をさせられていた。一番の仕事は逃走したサウラの確保と説教係。子がいないので子育てはしていないが、エラが可愛くて仕方ないのでベンジャミンの存在が心配要素だったがサウラがいいじゃんと言うので渋々許容していた。