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国王陛下、只今逃亡中につき、騎士は弱みに付け込んだ。  作者: 笹色 ゑ
       ~ジェゼロ国に戻りて~

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予備の門



 リンドウには腹が立ったが、あの女の事はもういい。

「律義に時間まで生かすつもりか? 結果がどうなろうと、とっとと殺せばいいだろう。どっちだって見ものだろうに。それとも、やっと手に入れた想い人は殺せないか?」

 成り行きは聞いた。言うと冷ややかな目で睨まれた。

「……明日には私は王でなくなるでしょうね。何をするかは知らないけど、逃げるなら今晩が最後のチャンスよ? あなた一人なら逃がせるわ」

「偉くあっさり諦めるな。あんなに簡単に王になれたんだ。まだ手はある」

「もういいわよ。別にこんな小国の王になっても高が知れているのはわかったわ。縋りついて維持するほど価値がない。一番の目的はもう果たしたもの」

 あまりにもあっさりと投げやりの言葉を返される。

「……逃げるのはお前だろう? もし証明とやらをされれば死刑だぞ」

「人間なんてどうせ早く死ぬか遅く死ぬかだけで、死ぬのに変わりなんてないわ。あんたのつまらない目的の駒になったのは、少しは可笑しく生きられるかもって思ったからよ」

「まだエラにベンジャミンを取られたわけじゃないだろう」

 ミサ・ハウスが、あの二人が一緒にいるのを見た時に嫉妬に狂ったような顔をしたのを見た。エラ・ジェゼロの後ろに立つ顔はさめざめとした業務上の顔だ。王として自分の好きな男をそばに置くエラに恨みと嫉妬しているはずだろうに。しかもエラを逃がした上に思い人が追いかけてしまっては、いっそ二人まとめて殺したい気分だろう。

「ふっ……あはははっ、前から思ってたのよ。シィヴィラって本当に頭が悪いのね。私が? あのストーカーの屑野郎を好きですって!? 馬鹿じゃないの? あんなエラしか眼中にない変態に私が本当に惚れてるだなんて思ってたの? 馬鹿らしい。少なくともあなたと手を組むのはもうお終い。言いたければ仕掛けを話せばいいじゃない。今更魔女と火炙りにされたって後悔なんてないわよ。もし、エラが醜態をさらしたら、その時はベンジャミンの横にはあなたの首でも飾ってあげるわ。そうしたら、私が死ぬのを少し先延ばしにするわ」

 捲し立て再び笑いを漏らす。この女はもうダメだ。

「ねえ、もう出ていきなさいよ。もう、あなたの顔は見飽きたわ」

 暗闇の窓を見てミサが言う。未だに、国王の寝室ではなく、国王の応接室の隣にある掃除婦の部屋で寝泊まりをしていた。そもそも、これを選んだのは失敗だ。

「そんなつれないこと言うなよ」

「っ……」

 黒い窓ガラス越しに目が合う。髪を撫でた手を瞬時に首に巻き付け、容赦なく力を込める。生気の欠けた女の頭への血流を止める。爪を立てて、腕を掴むのを堪える。鏡のように反射した窓ガラスに見開いた目が白目を剥きぐったりと力を失った。

「……ははっ」

 笑いが無意識に漏れ出ていた。



 先に投げ入れておいた松明が頭蓋骨の眼窩部分に刺さっていた。

「おぅ」

 白骨した人の死体は思ったほど臭くはなかった。風が流れている所為だろう。狼の森にあるオオガミのゴミ捨て場は何体もの死体が堆積していたが、最近のものは例のシィヴィラを見つけた時の者だろう。錆が出ていたがその上にオオガミのナイフが落ちていた。

「エラ殿、ご無事で?」

 結局付いて来た調査隊が声をかけてくる。狼の森に入った時点で諦めて途中までの同行を許可したのだ。結果的にこの果てしなく続いた縦穴を自力ではなくロープで下ろしてもらえたのは幸運だった。

「ああ、無事についた。後は馬を頼んだ。くれぐれも降りては来るな」

 もう一度だけ釘をさす。降りる前に、ジェーム帝国の神殿に入る許可がないならば来るなと言って置いた。食い下がっていた彼らも、それで納得したらしい。

 松明を持ち、上からは見えない横穴を見つける。本当にあった事に一先ず安堵した。

 枯れ枝が折れるような音がして足元を見ると、誰かの腕か足の骨が自分の足の下で折れていた。その近くに虫の糞のような何か背筋がぞわっとするものがわらわらと落ちている。

 何も見なかったと目を一度瞑って少し高い位置にある横穴へよじ登って中を進む。最初は人が這って通るような空間しかなかったが、すぐに立って歩ける大きさの洞窟になった。ジェーム帝国の整備され美しい鍾乳石のあるような洞窟ではない。火山の噴火でできたらしく大地の面影を色濃く残し、松明の赤い炎で黒光りするごつごとっした岩々だ。所々に水の流れのような跡もある。それに小さく水の流れもあった。地下水脈が作った物だろうか。

 松明で片手を取られ、下り道だが岩を何度も登ったり降りたりと中々にハードな道だ。時折足を止めると水の滴る音と、空気の流れが軋むように揺れるだけで誰かが付いてきている様子もない。

「あつっ」

 松明が大分と短くなりうっかり取り落とす。岩の間に落ちたそれを取るのを諦めてもう一本の松明を点けようと腰に手をやる。

「………」

 ごくりと唾を飲みこんだ。

 落とした記憶が全くない。道を戻ろうにも落ちた松明は運の悪い事に拾えそうもなかった。戻るにも行くにもここに留まったとしても、待つのは暗闇だ。

 踏み折ってしまった名前も知らない白骨体を思い出してしまった。何年も下手をしたら何十年も後に、虫に食われ骨だけになった自分が発見されるのではないだろうかとそんな事が脳裏をよぎる。湿度が高いこの場なら、ミイラにはならず腐っていくだろうとも妙な冷静さで考えていた。

 後それほど距離はないはずだ。それに風の向きを考えれば何とかなる。幸いにもこの洞窟に人が通れるほどの分かれ道はないはずだった。

 諦めと覚悟を決めて、壁に手を付いて進みだす。松明の光が遠くなったころに強かに頭をぶつけた。足元ばかり気を使うと頭の守りが疎かになってしまう。こんな時にベンジャミンが居たら、こんな情けない姿にはならなかったろう。松明をなくすなどと言う情けない失敗もしなかったはずだ。

 頭の痛みが引くのを待って一息つく。わずかに届いていた松明の光がふっと消え、辺りが真っ暗になる。

 星も月も何もない。ここがどこか一瞬パニックになりかけて自分自身の体を触り、ここに自分の形があると確認する。目を閉じているのか開いているのかも分からない。纏わりつく様な空気だけがあるのを感じる。

 大丈夫だから、最悪の場合は戻ることだってできる。だけど今は、前に進めと自分に暗示をかける。パニックを起こす事が一番危険で、ここには空気がある。溺れる訳じゃない。

 時間をかけて、頭を打たない様に気を付けて、どれだけ時間をかけたか、何度か息苦しくなる。その度に大丈夫だと自分を勇めた。できるだけベンジャミン達の事は考えないように努める。自分がのたれ死ぬだけでは済まない事を考えると、恐ろしくて仕方ない。

「……」

 ぐぎっと指が何かにぶつかる。手を摩ってからもう一度確認する。そこにはそれまでの岩とは明らかに違う艶やかな人工物があった。

「よ……ょかったぁ」

 まだ序盤だと言うのに泣けて来ていた。まだこれからだとどこかにあるはずの認証盤を探す。壁に小さなドアがあり、開けると人の手が入るほどの穴が開いていた。神官に会った時と同じようなものだ。そこに手を入れてしばらく待つが何も起きない。

「……あっ、あー」

 あれから何十日もの間、何もジェーム帝国でジェゼロをただ放置し悠々自適な生活をしていたわけではない。あの神殿で魔法使いの修行をしてきた。オーパーツを扱う上で、最も注意すべきは膨大なるエネルギーをその身に受け死ぬことがないよう、使用上の注意を守る事。そして、エネルギーのスイッチとやらが入っているかをまず確認すべし、だ。

 手を入れる穴の周りを手探りで触ると、材質の違う丸い物がある。いくつかスイッチの種類も学んでいる。それを親指でしっかりと奥まで押し込み、手を離す。何秒かしてから息吹の音がした。そして、寝起きと同じで直ぐに次の行動には出てはならない。

 押したスイッチがぽぅっと緑色の光を放つ。その小さな明かりだけで安堵した。

 少し待ってから、もう一度手を入れるとびりっと吸い付く様な痛みを感じたが直ぐに止んだ。やはりジェームでのそれと同じだった。

 手を出すと、山鳥の泣き声のような高い音が短く二度鳴り、壁だと思っていた場所が開いた。持ち手がなく、こちらからでは指をかける場所もない作りだ。もし、自分が受け入れられていなかったら、ここが機能していなかったらと思うと、今更ながらにぞっとする。それこそ、明日の昼までに戻れたかも疑問だった。

 第一関門突破と言ったところか……むしろ、ここからが不安だ。

 中に入ると薄暗く電燈が点る。それでも暗闇からでは眩しくて目を細めた。天井がアーチ状のトンネルと同じ形をしているが、表面は少し黄ばんでいるようだがつやつやとした見ない材質でできていた。

 途中から入ったので、どちらが正しい方向か少し考える。緩やかな坂道になっていて、下へ続く道を選んだ。

 先ほどまでの道のりが嘘のように快適だ。

 狼の森にあるあの洞窟の話は先代から聞いていた。城での非常時の際には王の寝所にある隠し戸からそこへ行くことができると。まさかそれが儀式と同じ場へ行く手段に使えるとは思っていなかった。本来ならば寝所から行けばこんな苦労はなかったのだが、方法を知られては困る。

 随分と遠回りをしたものだ。だが、それらは無駄ではなかった。無駄にするつもりもない。


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