帝王直属組織
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ジェーム帝国の調査隊がジェゼロ入国許可を要請してきたのは、調査隊が検問所に付いた時だった。
早馬の知らせに議会員はざわつく。それよりも、意味を理解しているシィヴィラは寒気に近い恐れと高揚感を覚えていた。
「そんなの、断ればいいでしょ」
「駄目だ」
面倒くさそうなミサ・ハウスが軽々しく言うのに反応してしまった。
「……なんで駄目なの?」
そもそも、お前がエラを逃がすへまをしたからこんな事になっている。エラを投獄したままなら、ベンジャミン・ハウスを手に入れられただろうに、ミサの目的が半分も達成されず、あと半年で追われるだろう王位に対してもおざなりだった。それにシィヴィラの目的にも協力的とは言えない。妨害はしない程度だ。
折角向こうから来た調査隊を拒否するなど有り得ない。
「調査隊は帝王直下の部隊だ。妨害さえしなければ数日で消える。調査ができない場合、村人全員を殺してでも完遂する」
白い装束が赤く染まった光景が脳裏に過ぎる。
指揮官以外は顔を隠し、正体もわからない。だが、精鋭とされる奴らはそれ程大所帯ではない。確実に、自分の家族を殺した仇が含まれている。
「じゃあ、ジェームを相手に受け入れろって言うの?」
「目的が達成できないと分かれば、すぐに帰るさ」
「……わかったわ。受け入れて。ただし、こちらの指示に従うように伝えて」
「仲介役はあの元議会院長にさせろ」
「元って、もう何人も変えたわ」
ミサが最初の男は死刑執行の大役で心をやられた。選んだミサはそれすら満足そうだった。そうでなくてもコロコロと変えていた。
「最初の男だ」
「ああ、ハザキ? でも、あの男は私の言葉を聞かないわよ」
「ただ仲介に使う訳じゃない」
恰好と時期からしてエラ・ジェゼロを紛れさせている可能性もある。父親と噂すらある秋晴・八崎を餌にする。もし紛れているなら食いつくはずだ。
エラ様は悲しみに暮れている。白い頭をすっぽり隠す厚手の装束に隠れていても、未だにしょぼくれている。
ジェーム帝国からしばらくは愛馬キングに乗っていたが、流石にジェゼロに入っては馬でばれる可能性があるとジェゼロ国の前で留守番だ。キングと離れ離れになったエラ様はとても寂しげだ。
「少し離れたくらいでキングは誰を乗せるべきか忘れはしないでしょう。そう寂しがられずに」
「寂しがってはいないだろうっ」
「はは、大丈夫ですよ。距離を開けると愛がより深まると言いますし」
心の距離を開けられて闇に落ちかけた事を棚に上げて慰める。
「お二人とも、調査隊は私語厳禁です。特に、もうジェゼロの領地内。亡命するような母国に入ったことをお忘れなく」
今回同行することとなったリンドウ様が横にやってくると淡々と言う。
「不安なのはわかりますが、あなたに何かあれば、兄がお怒りになられるでしょうから」
「うむ。すまない……」
その帝王様全面協力の許と言う割に案外と安易な方法で勝負に出ていた。一番の不安要素は帝王の妹であるリンドウ様が同行している点だ。遠征にはよく参加すると言うだけに、コユキ姫の様に馬に乗れない訳でも、従者がいなければ何もできないわけでもないが、ジェゼロとしては、ジェーム帝国の政治に係わる王族に何かあってはと心配でならない。
エラ様との会話をできないまま、夕暮れ時には懐かしい街が目前となっていた。
春の芽吹きが眩しい新緑の森を見ても、まだ寒さの残る風が吹く育った国についても、それほど感慨はなかった。短期の留学から帰った時、エラ様が迎えてくださったときには言いようのない物が溢れたと言うのに。
街へ入る手前で個々の姿を隠した一行が一度止まった。
「ジェーム帝国の御一行ですな」
馬に乗ったシューセイ・ハザキが夕日を背に立ち塞がっていた。武術の師である男の変わらぬ健在に安堵はある。自分たちの代わりに処刑をされていても不思議はなかったからだ。
「この隊の責任者を務めるリンドウ・イーリスです」
「……ジェーム帝国のカナメがわざわざ来られるとは。本日は急なお話故、宿も禄に用意ができておりません」
「野営場として休耕地をお借りできればこちらで対処します。早速で申し訳ないですが、ジェゼロにある島へ行きたい。今からならまだ日が沈み切る前に行けるでしょうから」
「十名程に数を限定して頂ければ。野営にはそちらを使われるといい。食事は後程運ばせましょう」
「御配慮感謝します」
リンドウ様が一・二分で指示を下すと、エラ様とベンジャミンを含めた十一人を選出した。




