メイドは天に背いて神子となった。
3 メイドは天に背いて神子となった。
祭りの準備が始まると、うんざりすることがある。前国王が一週間は前から嫌だ嫌だと駄々を捏ねたのも今ならわかる。衣装の最終調整を終えるとそそくさと服を着る。
「サウラ様の子の割に、発育が悪いのよね」
ミサが失礼なことをしれっという。
「気にしているんだから、言ってくれるな。あんな薄い布をまとって皆の前へ出るのを考えると今から億劫だ」
秋の祭りは、最も大事な王の務めがある。それは、自分にとって初めての儀式だ。産まれた時に、祈りの間に一緒に入ったと聞くが、赤子では覚えていない。本来祈りの間には一人しか入れない。シィヴィラが興味を持ったのも気になって調べてみたが、謎が多いことくらいしかわからなかった。
去年は祭りがなかった。夏の終わりに王がお隠れになり、秋の祭りがなかったのだ。だから、二年ぶりの祭りに国民は浮かれている。初めて儀式をする王の気など知らずに。
「今日はハウスに行かれるんでしたっけ?」
「ああ、面倒ごとを頼んでしまったからな。どんな様子だ?」
「働き者。それに、知らない昔話……不思議な童話を子供たちに話してくれるからチビ達には人気者よ。ただ、ジェームの男たちがうろつくのでシスターは嫌がってますけど」
衿を綺麗に正すとミサが満足気に頷いた。二人きりだとぴしっとした仕事モードから崩してくれるので気が楽だ。休日以外のミサはこういう人目のない場以外ではほとんど話しかけても来ない。メイドが王に気安くしては示しがつかないし、公私は分けるべきだと言う。身の回りのことはほとんどミサ任せだが、何よりも、普通に話せるときがうれしい。
「ミサからそう評価されるとは、根は真面目なのだろうな」
「私はあんまり好きじゃないけど……」
ミサが小さく不平をこぼす。
身支度を整えて部屋を出るとベンジャミンが当たり前のように待っていた。シィヴィラは常に誰かを襲うと思っているらしい。
近道をして角度の急な階段を下りると、すぐに教会と学校が見える。広場では子供が遊んでいた。孤児や親が不適格と判断された子、それに捨て子が皆の支援で育てられる場所だ。ベンジャミンとミサもここで育った。それぞれ理由は別だ。自分も小さい頃はよくここで過ごしていた。だから二人をずっと前から知っている。ここは福祉的に大切なだけでなく自分にとっても思い出深い重要な場だ。
「ああ、陛下。いらっしゃいませ」
気の弱そうな男性は教会の神父であり、ハウスの守り人だ。七年ほど前から彼が就任したが、その頃にはハウスに預けられることもなくなって、あまり係りはないが良い人だと聞いている。
「シィヴィラ殿はどうだ?」
「ああ。とても素晴らしい方ですね。洗濯や掃除、料理まで手伝ってくださっていますよ」
「それはよかった」
ハウスの中は清潔だが、いつにも増して光っている。
「あー。王様。こんにちはぁ」
「陛下、ごきげんよう」
今は8人の子供がハウスに住んでする。親を事故で亡くしたものと病で亡くしたもの。それに大酒ぐらいの父親から取り上げここに預けられたもの。育てられないと放棄したものもいた。それらは一様に心に傷がある子供たちだ。それでも、ここにいれば笑顔が見られるようになっていく。
「邪魔、どけよ。掃除できない」
シスターが来たかと思ったが、白い姿のシィヴィラだ。
「これは失礼した。清掃に関しては、侍女に習わせたいくらいの腕前だな」
感心して言うと、城にいた時よりも口が悪い。ベンジャミンが明らかに警戒している。
「どうでもいいだろ」
「明後日には祭りも始まる。客人にはもう城に戻っていただいてもいいころかと思い声をかけに来た」
一晩だけ牢に入れ、頭を冷やさせた後、奉仕としてハウスでの手伝いを命じた。十日が経ったが、巫女というのは労働もしていたらしい。それとも育ちで覚えたのか。
「いや……ここが気に入った。それに子供の世話も嫌いじゃない」
「それは、構わないが……」
予想外の申し出ではあった。城には姫君とそれに例の隊長もいる。ここでは隊長を狙えないだろうに。
「祭りの式典には客人として参加してもらいたいのだが?」
「コユキも参加するのか? それにあの糞野郎も」
「……コユキ・イーリス姫には参加いただくが、あなたが嫌ならば隊長殿の参列は代わりの者にするよう頼むが?」
「自分とコユキはジェームの巫女として参加してやる。付き人はそこの男にしろ。腕は知ってるから軟弱なジェーム人より安心できる」
ベンジャミンを見るとあからさまに嫌そうだ。
「私を差し置いてジェーム帝国の客人にモテるな」
「御冗談を」
「まあ、構わんよ。これの腕は確かだ」
「それと、あの教会で一度祈りを捧げておきたい」
「それはできない。ただ、祭りの日にはご招待できるかと」
目に見えて舌打ちをされる。
「ここは昔から孤児院なのか?」
全く話を変えて問われた。
「ああ、かなり古い。昔は教会で子供を預かり育てる代わりに教会への奉仕をしていたと聞く。今では教会での労働の代わりに勉学を重要視している」
孤児だけでなく、遅くまで家の者が帰らない場合にも預かることがある。
寄付ももちろんあるが基本的には国費だ。
「用が済んだならさっさと帰れば、王様にはこんな場所は唯の国民受けの飾り仕事だろう」
辛辣な物言いは、ジェゼロではなかなか聞けないものだ。
「まあ、ここは第二の家みたいなものだからな」
「それが、嘘臭いって言うんだ」
予定よりも客人が多い中、祭りが始まり騒がしくなる。広場では音楽を奏で踊り明かす。酒も振舞われ上機嫌になる者も多いため、年回りで街の者が警邏する。酒も飲めず楽しめない代わりにその年は加護があると信じられていた。
「ご無理を、言ったんではないでしょうか」
姫君が相変わらずの態度で言う。二度ほど町の案内はさせて頂いた。襲撃のショックは完全に消えてはいないが、食事もとれるようになり笑顔もある。純真で可愛い女は苦手だからと陛下はこの婦人の対応を避けておられる。そのしわ寄せがきているのだ。
「いえ、本日国王様は忙しくお相手できず、私のようなもので申し訳ございません」
「それで、いつ島に行けるんだ?」
共に行動しているシィヴィラが完全に取り繕うことなく男言葉で言う。見た目は美少女だが、確かに中身は男だ。コユキ姫が来たことで、身元を隠しても意味がないと思ったのか。
「日が落ちる前に船が出ますので、儀式はジェゼロの中で最も神聖なものとされています。ですから、くれぐれも、お静かに。騒ぎを起こされれば、陛下の一存があっても極刑になりかねませんので」
釘をさしておくが、できればこれを島にあげたくはない。妙な事をしないと言う点だけは、まだ姫君の相手の方がいい。
うんざりと着いてくるシィヴィラと説明に対してとても熱心に聞き入る姫君に一通り祭りを案内し、夕刻になって船着き場にやってくる。
島に入れるのは祭りでも極僅かだ。議会院長と議会員が数名。それに神父様とシスターが準備のために入っている。そして今日はこの客人たちだ。ジェーム帝国で身分のあることと賓客としているため異例として許可された。ベンジャミンは二人の付き人として同様に異例の許可が下りた。本来は入れぬ立場だ。二人の案内は面倒ではあったが、陛下の晴れの舞台を間近で見られるのは幸運だった。
「ああ、私も乗るわっ」
船が出る前にエユ様が慌てて呼び止める。
「珍しいですね。お早い内に島に行かれているとばかり」
声をかけると息を整えてから答えが返ってくる。
「ミサが急病で、急遽神子様の身支度のお手伝いを」
「巫女がこちらにも? 一度も拝見しませんでしたが」
姫君がその単語を口にする。
「いえ、ジェゼロのそれはお国のものとは違います。神に仕えるものではなく、神の子という意味合いで。この日にのみ、降臨される設定です」
「エユ様、設定とかおっしゃらないでください」
「まあ、失礼。ぎりぎりになってしまったけれど、とてもお綺麗でしたから、楽しみにしているとよろしいわ」
ふふっと、エユ様が上品に笑う。このお歳になられても言い寄る男が後を絶たないのは頷ける。
十分ほどで船が付くと、日の沈みかけた島にはいつもと違う電燈がいくつも並んでいる。島は丘のようになっていて、頂上に広場と教会がある。その教会へあがる階段に置かれた光たちは既に神秘的演出だった。町からでは遠くほとんど見えなかったので、余計にそう思うのかもしれない。
日が完全に落ちると、広場からひときは大きな歓声が聞こえた。神子が登場し、唄を歌いながら、ゆっくりと船まで歩いて行くのだ。どちらを見るかとても悩ましい事案ではあったが、自分がここに入れるのは二度とないかもしれない。だから街でのお姿は来年以降の楽しみとしている。
光が点る神子専用の船に乗ると漕ぎ手もいないそれがゆっくりと、真っすぐ向かってくる。やがて姿が近づき、唄が聞こえ始める。女性らしい高い声で、優しく歌う神子様の船が着く。薄い布で光の近くを通るたびに体のラインが透けて見える。衣装と同じ薄緑のヴェールをかぶっている。神秘的な歌を歌いながら、ゆっくりと階段を上がり、教会を前にして、朗々と歌いきる。その姿は本当に神がこの世にあると証明するが如く、美しかった。
一頻りの拍手の後、神子は何かにいざなわれるように道のない裏側へとゆっくりとした足取りで降りて行く。そちらには城が見える場所になり、女神像か置かれている。
本来ならば神子はこの後、祈りの間から神域へ向かわれる。そこは、王だけが行ける神聖な場だ。だが神子に付き従った一同がざわめき出した。それは良くない種の物だと直ぐにわかる。
女神像の後ろにある岩戸が既に開いていた。
ベンジャミンは実際に見たわけではない。だがシスターたちから儀式の流れを何度も聞いたから知っている。
岩戸の奥の祈りの間に神子が入り、再び開くとそこには誰もいない。神子が神の元へ還ったと言う証拠なのだ。そして、翌朝再び開くとそこには国王が現れる。つまり、国王は神が遣わした。そう言った演出の儀式なのだ。毎年、それは繰り返され、神と通じることのできる唯一の血族が王であると知らしめ、神に神の子の健在を証明するため、この儀式は欠くことなく続いて来た。
「どうゆうことだ」
「何故岩戸が開いている?」
口々に囁き神子様は立ち尽くした後、足を一歩踏み出した。本来、女神像に触れる事で戸が開き、消えるはずだったが、最初の行為を省略して狭い岩戸に足を踏み入れる。本来、閉まるはずのドアは閉まらず、ただじっと立っている。どれほど時間が経ったのか。二人の客人の事などすっかり忘れ、ベンジャミン自身も手に嫌な汗を感じていた。
しばらく経って、ゆっくりと出てくると、女神像に触れるところからやり直そうとしているのがわかる。だが、触れる前に、岩戸が閉まった。更に、辺りがざわつき始めた。こんなことは聞いた事がない。
あるはずのない事態に動揺した神子様が振り返ると、岩戸が勝手に開く。中には、ジェゼロ国王の正装を身に着けたミサ・ハウスが立っていた。
「何を、している?」
本来、喋ってはいけないと言うのに声が出ていた。
滞りなく儀式は進んでいた。前国王から岩戸の中での作法は聞いていた。岩戸が閉まった後、別の扉が開く。そこに入り審査を受けよと。その後はお言葉に従えばよいと。抽象的表現を嫌っていたのに、そう言っていたから、言葉のまま何か声がすると思っていた。だが、最初から開いているはずのないドアは開いていて、代わりに出てきたのは体調がすぐれないと今朝から見なかった自分の友人だった。
何が起きているのか、理解できるはずがない。
「神からのお告げがあったのだ。真の王はミサ・ジェゼロであると。神の御心に従い、私は神託を得、今ここに14代目ジェゼロ国国王であると宣言する」
自分の口調と同じにミサは言い切った。
「何を言っているの、ミサ。冗談はよしなさい」
エユがすぐさま言う。
「冗談? 先代王が偽の王を作り上げたと神は仰られた。私はただ正しただけだ。その証拠に、私は今、生まれ変わり岩戸から現れる事が出来たのだ」
血の気が引くのが分かった。ミサの視線がはっきりとこちらに向き、彼女らしくない大股で近づくとヴェールを乱暴にはぎ取った。風で頬に髪が当たる。普段降ろさない長い髪が自分の心を反映するように揺れていた。
「忌まわしい偽物が」
明らかな憎悪が、薄明かりからも読み取れた。
「ハザキ議長。神託は絶対です」
神父が珍しく困惑するハザキに対して言う。それに議会院長としての責を思い出したらしい。
「……エラ様を……そのものを捕らえよ」
「シューセイっ」
エユが悲鳴に近い声を上げる。兵士が、どうしていいのかと顔を見合わせ困り果てていた。
思考が回らない。目に映ったベンジャミンは同様に驚いていた。横の綺麗な姫君も。ただ、シィヴィラは微かに笑っていた。
口が勝手に動く。
「拘束は不要だ。城の地下牢の場所は知っている。茶番が終わったら呼びに来るがいい」
自分は、最悪斬首刑か。それが実際に実行されたのは過去に2度だけだ。自分はジェゼロ国王の14代目ではなく、斬首刑の3人目になるらしい。
ようやく話しが動きます。
感想ブクマなどしていただけると喜びます。




