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国王陛下、只今逃亡中につき、騎士は弱みに付け込んだ。  作者: 笹色 ゑ
二つの感情を無視し続ける事はできない。   ~ジェーム帝国にて~

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それが事実でなくても、自分にとっては全てだ。

   8




 自分が何者なのか知っている。

 小さい頃に聞いたあの言葉で、自分が何者かが決まったのだと思う。

 死んだ母親を覚えていない。自分を何度も殺した男は父親だとは今も思えない。だから、自分に親はいない。善良と呼ばれた神に仕える者も所詮は男と言う性に堕ちていた。だから自分を加護する神もいない。

 くだらない大人をみて、大人になるのがとても嫌だった。子供のままでいたい訳ではなく、それでも、あんな汚い生き物に育つのかと思うと、ぞっとした。

 汚い世の中、不公平な世界。そんな中で、輝いたままだったのがエラ・ジェゼロだけだった。

 エラの父親だと嘯いてあの男は議会員を降ろされた。それで一層荒れた事を恨みはしなかった。自分は、エラの姉だとその時に自覚した。違う事はわかっていても、それが自分にとっての事実だった。その言葉で自分が何者かわかった。

 自分の産まれよりも呪うのは性別だった。自分が男だったなら、あの公認ストーカーの代わりになれたのに。あまりにもフェアじゃない。だから、自分はミサ・ジェゼロになってしまったのかもしれない。

 ジェゼロ王にのみ許された王の船着き場に船が止まる。

 今の自分には特別な者しか入れないその聖域に入る権利があった。エラを陥れて得たものはこんなにも価値がない。

 ここに来ると嫌でもあの日が蘇る。

 船着き場の直ぐ前にはあの窟がある。水位が下がって来たせいで船着き場には梯子をかけていた。船を下り、梯子を上って上陸する。船がまた戻るのを確認してから、開いたままの儀式が行われるその洞窟に目を向ける。

 白い妖怪は薄暗い中に立つと、より気味が悪い。

「どうせ、開きはしないでしょ」

 シィヴィラに声をかける。

「随分とまあ、丈夫に作ったもんだな」

 男の格好をして、実際に少し男に見えるようになったシィヴィラが毒づく。

「その内門は、王の血を証明しなければ開かないものよ。例え、祖国で神の次の存在でもここでは無意味。ジェゼロの神が認めないわ」

「これは神の御業でもなんでもなく、唯のDNA検査だ。女が継ぐのはミトコンドリアを残すためだ。ただのロストテクノロジーで神なんかじゃない……っても、わかる訳ないんだよな」

 諦めたようにシィヴィラが言う。頭はそれ程よくないと自覚しているが、それとは違った意味に聞こえた。

「そもそも、お前があいつを逃がすなんてヘマをするから。餓鬼を産ませて殺せば、安泰だったって言うのに馬鹿な女だ」

「何度も言わせないで、あの男が監視を気絶させたの。逃がさない様に手は打っていたわ」

「俺には、逃避行を許したとしか思えないがな。好きな男を罪人として殺すのを躊躇ったから、国外まで逃がしたんだろう」

 シィヴィラがぞっとすることを言う。彼は自身の頭がいいと思っているようだが、恐ろしく愚かだ

「エラが生きている限り、お前は真の王にはなれないし、何か月かで魔法は溶けて、ただの罪人だ。わかってるのか? 早く変わりを見つけるか、本人をとっ捕まえてこいよ。次の儀式に子供は間に合わないだろうが、それでも一年くらいどうとでも伸ばせる」

 ベンジャミンの屑がもし失敗をすれば、それこそ生きたまま皮を剥いで殺すつもりだった。

「見つけても好きにさせてはあげないわよ。あの子には家畜小屋を用意するの。闇閨なんて面倒をしなくても、誰の子かわからないほど相手も用意するわ」

「相変わらず、悪趣味な奴だ」

 いいながらも綺麗な悪魔は笑っている。自国では巫女と崇められる者も所詮は唯の男でしかない。中味のない醜い生き物だ。いや、この男は本当に人ですらないのかもしれない。何度毒殺しようとしても、その毒が効かないのだから悪魔としか思えない。

「ねえ……ここには何があるの? 何をするの」

 冬の風にコートの襟を引き寄せる。前にも聞いた事だが笑って流された問いだ。悪魔の目的は未だに知らない。ここまで手伝っておきながら、おかしな話だ。

「老いた化け物から、人類を取り戻す」

 答えは返って来たが、意味の理解はできなかった。ただ、シィヴィラがそれを成すよりも自分がミサ・ジェゼロではなくなる方が早いかもしれない。

 このまま行けば、来年の儀式を待たずに湖は枯れるだろう。この水は、自分の命の残量だ。



ミサー。

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